☆長編
□ダメなんだから!! 4
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「てやぁ!」
「隙だらけだぜ」
「なんの!」
「甘いぜ・・・よっと」
「きゃっ」
「一本、いただきっと」
乱馬くんの左腕がアタシの右肩に伸びきて、それをかわそうと気を取られた瞬間、足元がぐらついて尻餅をついてしまった。
「あ・・もう!」
ぐらついたのは、乱馬くんがアタシの足を引っ掛けたのが原因だった。
「これくらいでいいだろ?」
寒さが肌に痛いぐらいの道場で、額に汗が滲み着ている長袖シャツが微かに揺れ、息が乱れているアタシに対して、乱れるどころか、まだ寒そうにしている乱馬くんはアタシの腕を引っ張って立ちあがらせ、毎日欠かさずやっているトレーニングメニューを始めた。
「まだまだよ!」
「ムキになるなって。護身術のレベルだったら十分だぜ」
「なんですって!!そんな事は無いわ!これからが本気よ!」
小さい頃から、道場で鍛えてきたアタシに対して護身術レベルですって??さ、最近は怠けてるけど・・・
確かに乱馬くんはワタシに比べモノにならないくらい強いのは戦わなくたって判るわよっ。でもね、アタシも乱馬くんと同じフィールドに立ちたいじゃない??同じ格闘をしている者として見て欲しいじゃない?
「ったく・・・だめだ。息が乱れてるじゃねぇか」
「あと一本だけ!お願い!」
「ダメだ!無理して怪我でもしたらどうするんだ?さっきだってオレの左ストレート、見切りが遅ぇし、周りが見えてねぇからコケたんだぞ」
「わかってるわ!体が温まってなかったからよ!」
「そんな事いうと、本気でいくぞ!」
「望むところよ!」
「ばーか。やんねぇよ」
「え〜なんで??」
「ったりめぇだ。少し休んでろ。後でまた相手してやっから」
「ふん!」
まあ、息の上がった今のアタシじゃ、何も出来ないって事でしょ?悔しいわっ!!
でも、後でもう一度手合せしてくれるなら、おとなしくしておこうじゃないの。
渋々自分自身を納得させたアタシは、座って息を整えながら乱馬くんの練習をなんとなく眺めた。
「はっ!!」
指先までキレがあるのに、滑らかで優雅な動き。
「てやーっ!はっ!!」
「・・・」
凛とした冷たい空気の中を乱馬くんの闘気が徐々に支配し、滴る汗が額から髪の毛に滲みわたり、床にポタっと落ちていく。鋭く睨むその先には誰もいないはずなのに、うっすら影が見えるのは気のせいなの?
やっぱりスゴイ・・・
隙がどこにも見当たらない。
緊迫していてもアタシの胸がドキドキするのは乱馬くんの強さに圧倒しているだけじゃなくって、好きっていう気持ちがどんどん膨らんでいってるから・・・
「おい、あかね。そろそろ一本付きやってやるよ」
「あっ。う、うん」
アタシはドキドキした気持ちのまま、乱馬くんの目の前に立つと、乱馬くんがニヤリと笑った。
「じゃあオレからいくぞ。あかね」
「いいわよ・・・・?」
視界から消えたかと思うと、アタシはふわりと優しく抱きしめられていた。
「隙だらけだ」
”ドクンッ・・ドクンッ・・・”
「ら・・乱馬くん。ちょっと」
心臓が跳ね上がるみたいに速度が上がっていく・・・
好きで・・・
好きで・・・
止まらない。
「ホント、オレが傍にいなきゃダメだな」
「え?」
「なんでもねぇよ」
乱馬くんは不安なアタシの傍にいつもいてくれる。
きっとこれからもずっと一緒にいれる。
アタシはそう思っていた。
「あかねちゃん、それもっと右かしら…」
「こっち?」
「丁度いいわ。今年もこの季節になったのね」
「じゃあ、電気入れるわよ。かすみおねーちゃん」
アタシは脚立から降りて、モミの木に巻かれている電飾の電源を入れた。
「…うわぁ」
二人で頑張って、ふわふわの綿やアクセサリーを一生懸命に付けただけあって、すっごくキレイ。何もない部屋にツリーがあるだけでこんなにワクワクしちゃう。
「今年は乱馬くんもいるから楽しみねぇ」
「そ、そう?」
まさかアタシが思い浮かべていた事を、かすみおねーちゃんの口から出てくるなんて思いもしなくて、声のトーンが上づいちゃった。
だって、アタシ達の関係は家族に秘密なんだもん。なびきおねーちゃんじゃないんだし、バレてないわよね…
「そうよ、おとうさんも乱馬くんの事を凄く気に入ってるみたいだし、今年はたくさんお料理作らなきゃ」
そういえばお父さんてば、乱馬くんと朝帰りしたのに何も言わなかった。お家の前で一緒になった、なんて言ってもフツー疑うわよね。それなのに怒るどころか、安心してた。
乱馬くんてそんなに信用があるのかしら??ある意味、一番危ないと思うんだけど…
「おーいあかね…ん?なんだそれ?」
「あら、乱馬くん。クリスマスの飾りつけですよ」
「くりすます?あ、あかね」
難しい顔をして現れた乱馬くんは、部屋に見慣れないツリーに一瞬驚くも、すぐさまアタシを見つけて近づいてきた。
「なーに?乱馬くん」
「ああ、わりぃんだけど宿題教えてくれねぇか?」
「宿題?」
「ああ。これ提出しねぇと留年だとよ。ちっ。あのセンセー、オレがいつも宿題を出してねぇ事を棚に上げやがって!」
「それ、あんたが悪いんじゃないの?早くやりなさいよ!」
「だから頼んでんじゃねぇか。お前の部屋に行ってるぞ」
「わかったわ。少し片づけたら戻るわ」
「早く来いよ」
「は?ちょ…と」
ちょっとぉぉ、なんでアタシが教えてあげるのに、”早く来いよ”って言われるのよ!!折角、楽しく飾りつけをしてたのにぃ。
アタシは文句の一つでも言おうと振り返ると、乱馬くんはツリーの飾りつけを見ることなくスタスタとアタシの部屋へ向かっていった。
「だから、こうなるの。わかった?」
「あーなんとなく?」
「理解してないわね」
「いいから、次教えてくれよ!」
「もぅ!殆どアタシが解いてるじゃないのよ」
「まあまあ、そう言わず…」
結局、宿題の問題を教えることなく、アタシが真剣に次の問題を解いていると、集中力の途切れた乱馬くんが話しをそらした。
「そう言えばそろそろ、くりすますとやらだろ」
「そうよ」
「いつだったっけ?」
「ええぇぇっ!!嘘でしょ?」
「そんなに驚く事か?」
「驚くでしょ…フツー。知らないの?」
「ああ、オレそういうの興味ねぇし、で、いつなんだ?」
興味ないって、これ常識問題なんじゃない?と思いながら、ため息をついて答えた。
「24・25日よ」
「ふ、二日もあるのか?」
「25日がクリスマスで、前の日がイヴよ」
「いぶ?ってなんだ?」
「前夜祭よ」
「それって大切なのか?」
「そうね。大切な人と過ごす大切で特別な日かな…家族とか好きな人とか」
「なるほど。そういう事か」
乱馬くんは一人うなずき、何かを理解したようでニヤリとした。
「そういう事?」
「ああ、シャンプーが最近24日に大切な用事があるから会いてぇってしつこくってな」
「そう…」
そ、そりゃそうよね。シャンプーだって女の子だもん。そりゃ一緒に過ごしたいわよね。でも、それを聞いちゃうと不安になってくる。アタシと過ごすって決まってるわけじゃないもん。
「でも、オレその日予定があるし」
「予定?」
「ああ、さぁ続きしようぜ」
全く興味のなさそうな乱馬くんは鉛筆をくるっと回して、ノートに目を向けた。
「う、うん」
ど、どうしよう。アタシ今凄く動揺してる。
乱馬くんがいないクリスマスなんて、考えてもいなかった。
あんなに楽しみにしていた気持ちが冷めていく。アタシだけ期待してたみたいで、バカみたいじゃない…。
「ちょっと乱馬くん!!違うわよ」
「もうわかんねぇよ!!」
「あとちょっとなんだから、頑張るわよ!!」
それをこの場で乱馬くんにバレないよう必死で笑顔を作って、普通を装った。
「で、あかね明日のクリスマスどうするの?もしかして乱馬くんと過ごすの??」
「きゅ、急に変な事言わないでよ」
「え〜最近あかね雰囲気変わったし、てっきり乱馬くんと過ごすかと思うじゃな〜い」
町はクリスマスムード一色。スタッフがサンタさんの格好してるいつものカフェで、ゆかの鋭いつっこみに、飲みかけのコーヒーをこぼしそうになる。
「そ、そう?」
「ごまかしても駄目よ!で、どこまでいったのよ?結局?」
乱馬くんと付き合ってる事だけでも伝えたくて、ゆかには少し前に話をしてたんだけど、恥ずかしくて詳しくは言えてない。
「え〜と…」
「もうっすぐ、はぐらかすんだから!っていう事は、二人はかなり進んでますね??あかねさん??」
「それは…」
ゆかは座ってる椅子から机に身を乗り出して、アタシの顔をマジマジと見た。ホントゆかは将来、報道記者になるべきだわ。
「じゃあ、クリスマスは彼と?」
「いいえ。別々に過ごします!」
「なぁんだぁつまんない。でもいいの?初めてのクリスマスじゃない」
「別にアタシは、いいもん」
「強がっちゃって」
「…」
ゆかはその後、気を使ってか、その話には触れず次の話題に変わった。
強がってないワケないじゃない。アタシだって、乱馬くんとクリスマスを一緒に過ごしたいわよ。でも用事があるっていってたし。そんな事聞いちゃったらどうする事も出来ないじゃない?!
明日はクリスマスイブ…かぁ。
アタシはカバンの中の箱をチラッと見た。それは、さっきゆかにバレないよう、こっそりと買った乱馬くんへのプレゼント。買うつもりはなかったけど、乱馬くんに似合うかも、と思ったら手に取ってた。
”どうしようかな…”
買ったのはいいけど、いつ渡せばいいんだろ…
アタシは思わずため息をついてしまい、ハッとして、視線を戻し、またゆかとの会話を楽しんだ。
乱馬くんがクリスマスに興味が無いって事は、今までそういうイベントをしなかったから。
わかってるんだけど、なんだか複雑な気持ち。興味がないんだったら、平日もクリスマスも乱馬くんにとっては同じ”日”なんだと思うと、この気持ちの攻め所がない。
もやもやした気持ちで、家に帰るとかすみおねーちゃんに呼び止められた。
「え?乱馬くん今日帰らないの?」
「明後日まで戻らないそうよ。明日はクリスマスなのに、残念ねぇ」
”仕方ないじゃない…”
それを聞いたアタシは部屋に戻り、カバンの中に入れていた、渡せないかもしれないプレゼントを引出しに入れてた。
別にいいわ。家族みんなでのクリスマスを楽しめばいいじゃないの。
でも、乱馬くんの用事ってなんだろう?
修行?かしら?それとも、サッカー部の助っ人?あぁ、ちゃんと話しとけばよかった。
アタシの部屋にある、小さなクリスマスツリーの置物の優しい光りが妙に虚しい。
「あかねちゃん、ゆかさんから電話よ」
「あ、はーい」
かすみおねーちゃんの呼び掛けに大きく返事をして、自分の部屋を出た。
なんだろ。忘れ物でもしたかしら?
不思議に思いながら急いで電話にでた。
「もしもし?どうしたの?」
『あ、あかね。あのね、言うべきか悩んだんけどね』
「何よ?」
『落ち着いて聞いてね。私さっき見ちゃったの。乱馬くんが他の女の子と歩いてる所を』
「え?」
う、嘘でしょ…。
その後のゆかとの会話は頭に入らず、電話が切れた後もアタシは受話器をもったまましばらく立ち尽くしていた。
「朝…」
結局、目を瞑っても考えないようにしても、何しても睡魔はアタシを襲うことなく、一睡もできなかった。
乱馬くんの予定って、やっぱり他の子とイブを過ごす事だったんだ。
だったら言ってくれればいいのに。
一緒に過ごせないとか、もうそんな事どうでもいい。でもアタシ以外の子と過ごすのは辛い。
頭が重い。
喉も乾いちゃった。
水でも飲めば少しは落ち着くかと台所に立ち、蛇口をひねってコップにたっぷり水を注ぎ、飲み干した。
やっぱりこんなんじゃ、気休めにもならない。でも、喉は潤った。ただそれだけ…もう少しだけベットに潜っていよう。
思った程より心に切り替えが出来ないまま、部屋に戻ろうと台所を出ると、大きく電話の音が鳴り響いた。
誰かしら?こんなに朝早く?
アタシは受話器を取った。
「天道です」
『あかね…』
「ら、乱馬くん!」
それは、今一番聞きたくない声だった。
『丁度良かった。お前に用事があったんだ』
「アタシはあなたになんか用事はないわ」
『どうした?機嫌わりぃな』
「自分の胸に聞いてみればわかるんじゃないかしら?」
『よくわかんねぇけど、オレの部屋の机にあるモン持って出てこい』
「は?ちょ、ちょっと??アタシ行かないから!」
『時間は21時だ。いいな。場所は…』
乱馬くんは、アタシの話も聞かずに場所と時間を言うだけ言って勝手に電話を切った。