キリリク

□ジーン
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「そうなんだ」

「あ、あぁ」

持ってきていたカバンの中から、女のオレの学生手帳やら教科書やらを取り出し、有もしえぇ”女の早乙女乱馬”の作り話をしながらあかねに片づけを手伝って貰っていた。
全ておやじが用意したんじゃねぇ。
偽造された学生証や教科書は依頼者から提供され、ある程度の人物像までも用意されていた。

”天道あかね”とは違う大学に通う女子大生”早乙女乱馬”スポーツ万能であまり他人と仲良くしない性格。

今まで受けた依頼の中で、これだけしっかりしているのも珍しい。
ある意味しっかりした依頼であり、もっとも怪しい。

「あ、すいません。天道さん。それ取ってもらってもいいですか?」

「同じ部屋なんだし、あかねでいいわよ」

「じゃ、じゃあ……あかね……。」

「わかったわ。乱馬」

「……。」

写真で見た”天道あかね”は、オレの目の前で無防備な笑顔を一々見せつける。

”モテるだろうな、コイツ”

それでいて、純粋で汚れを知らねぇのが雰囲気でわかる。

正直、こんな仕事ばっかやってると、ろくな女にしか出会わねぇ。
表面じゃ可愛らしい事いってるクセに、裏じゃ自分の得になる事しか考えていないヤツなんてざらにいる。
中には依頼料を踏み潰してぇのか、オレをベッドに誘うヤツもいたな……。
そういう奴等にある特有な雰囲気を、あかねからは一つも感じねぇんだよな。

”男を知らねぇんだろうか……。”

「なあ」

「えっ?何?」

「いや、なんでもねぇ」

振り返るあかねに、オレは何を考えてんだと思い直して片づけを急いだ。

「そう?ていうか、乱馬って男の子みたい」

「な、何でだ?」

「だって、名前もだし、言葉遣いが男の子みたいだし」

「だ、だな……。ははっ」

自分の見た目は完全な女だし、バレるワケねぇと思っていてもやっぱりドキッとした。

「でも良かった……。乱馬と仲良くなれそうで」

「オ、自分もそう思うぜ」

嬉しそうにオレを見るあかねに答えた。

「よかった」

「……。」

”なんか、調子が狂っちまうぜ……。”

その後、屈託のない笑顔で疑う事なくオレの片づけを手伝いながらあかねは自分のを話してくれた。
といっても他愛のない学生生活や他の部屋で仲の良い子の話で今回の依頼で役に立つような話は何もなかった。




それからは、オレは”女”として接して、それ以外は学校に行くフリして、尾行の毎日。
同じ部屋でも、一応オレとあかねの部屋には仕切られているのもあって、風呂の時だけ気を付ければ、さほど心配な事もなく過ごすことが出来ている。初日は流石に緊張したけどおかげで、いつもの”オレ”に戻れた。




そしてこれといってたいした事は起きる事無く、暫く経った。あかねの事でわかった事といば、よくコンパに誘われている事ぐらいだ。
まあ、あれだけかわいけりゃお呼ばれされても可笑しくねぇけど、全て断っているようだった。

おやじにその報告をするのも仕事だ。
その電話をする為に、ここでは素性のバレない本当の姿の”男”で、門限近くの時間帯に近場の公衆電話に来ていた。


『もしもし』

「おやじ、オレだ」

『どうじゃ』

誰かに覚えられてもマズいここでの電話は5分程度で収めなきゃならねぇ。
だから無駄な会話は控える。
それを考えて手短に話し始めた。

「今は何の問題もねぇし、意外と快適だぜ」

『気を抜くでないぞ』

「わかってら。盗聴器も見つけたしな」

『盗聴器?』

「あぁ、誰でも簡単に手に入れられる代物だ。バレた時に足がつかない為だろ」

『そうか』

「それだけ?」

『今回の依頼はあくまでも、”天道あかね”を守るだけじゃ。犯人を探すわけじゃなないからな』

「でも、足がつけばこちも早く終わるんじゃねぇか?」

今回の話で一番の収穫である内容に、あまりいい反応をしないおやじに、反論すると意外な答えが返ってきた。


『……おそらく依頼主は誰の犯行かわかっておる気がする』

「はぁ?じゃあなんでこんなめんどくせぇ事やってんだ?そいつを捕まえりゃいいだろ?」

『それはわしらには関係ない事じゃ。”天道あかね”を守る事だけ考えておけ』

「そうだけどよっ」

釈然としねぇオレは、声のボリュームを少し上げた時だった。

「あ、あかね……?」


あかねが部屋に戻って来たのを確認して、わざわざ門限時間前を選んで出てきたてぇのに、目の前をあかねが通り過ぎていった。

『なに?』

「わりぃ、おやじ。また電話する」

『お、おい!!!乱馬よ!!!』

オレはおやじを無視して持っていた受話器を元に戻して通話を切り、あかねの後を追った。

計算外っていう場面はよくあるけど、あかねからなんらかのアクションが起きるなんざ思っていなかった。
はっきりいって、すげぇ焦った。

あかねはオレに後をつけられている事に気付かず、スタスタと駆け足でどこかに向っていた。

”どこ行ってんだ……?”

これ以上ここから離れるとどうやっても門限には間に合わねぇ。
あかねの生活態度から見て、門限を破るようなタイプじゃねぇし、オレが部屋を出る時には何も言っていなかった。

”……たっく。”

あかねは明らかに戻る様子はなく、家からは逆の飲み屋街に向っているように思えた。

清楚に見せかけてるだけで、オレの勘違いだったのか?

”……どうなんだ?”

目的地が近いのか、あかねは少し辺りを見渡し始めた。
オレはこのまま後を追うか、強引にでも見られては困る男の姿で声を掛けるかを悩んでいた。


「きゃぁっ」

それは、驚くほどの一瞬の出来事だった。

「捕まえたぞ」

オレの目の前で、あかねが黒ずくめの男に背後から口を塞がれ、どこかに連れ去られる寸前だった。

「あ、あかね!!!」

「誰だ?!」

電信柱に隠れていたオレは身を乗り出し、あかねの背後にいた黒ずくめの男に殴りかかると、その男は深く被っていた帽子から驚くもニヤリとした表情を覗かせ、あかねを掴んだままオレにハイキックをする。

「あまいぜ!!」

屈んでかわし、相手の顎をアッパーで狙う。ソイツが避けようとした瞬間に手放したあかねをオレに引き寄せた。

「大丈夫か??」

「あ、はい」

何が起きているのかわかってねぇあかねは、かなりの動揺で震えだしていた。

「オレが守るから、安心しろ」

オレの仕事はあかねを守る事。

「くそっ!」

「おい、にぃちゃん。その娘を渡してもらうぜ」

じわりじわりと近づく黒ずくめの男を睨んだ。

ここで問題になるわけにもいかねぇし、あかねにも秘密の任務なのに本人の目の前で喧嘩するわけにもいかねぇ。

「行くぞ、あかね」

オレはあかねに小声で伝えて、逃げるという選択を選んだ。
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