キリリク

□ジーン
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頬杖をついていたオレは気を紛らわすように指でトントンっと机を叩いて、苛立つ気持ちを抑えていた。

「聞いておるのか!!!乱馬よ!!」

「きいとるわい!!!」

対面に座っていたおやじは手に持っていたコップの水を飲むのを止めて怒鳴りながら、その机をドンっと叩いた。

「これはお前しか出来ない仕事じゃから、よく聞いておけ!!」

「だからっ!今回からオレは何もしねぇって言ってあるだろうが!!」

オレは身を乗り出して、おやじの胸元を掴んだ。

「大体、なんで武道家がこんなわけわかんねぇ、探偵みたいなことやらなきゃなんねぇんだ!!!」

「仕方ないじゃろぅが!!稼ぎになるんじゃから」

「けっ」

オレはおやじの掴んだ胸元を離して、イスに座り直す。
確かに、おやじの言う通り武道家としての収入は雀の涙だ。だからオレ達は色んな仕事を請け負っている。たとえば誰かの護身や、引っ越しの手伝い、中には犬の散歩なんかもあったりする。
こないだなんざ、彼の浮気を調べて欲しいというとんでもねぇ依頼があった。
そういった、めんどくせぇ依頼は全てオレに任せるおやじに、嫌気がさしてケンカしたばかりだった。

「今回は、とある女性を守る依頼じゃ」

「だからオレはやらねぇからな。大体それならおやじにだって出来るだろうか?」

「それが、わしじゃ出来んからお前に言っとるんじゃ」

「そうやってオレに任せようとしてもムリだぜ」

「そうか……。そりゃっ」

「ぶゎっ!!!!!冷てぇ!!!」

いきなり手に持っていたコップの水をオレにぶちまけた。

「テメー!!!!!何しやがるっっ!!!」

頭から滴る水を手で拭うオレの身体は………女の身体になっていた。

「その体質を生かして、その女性を守るのじゃ」

「なぁにが生かすだ。ふざけやがって」


ふざけた体質……。


これもクソおやじに連れられて行った、中国の修行での出来事だった。何も理解していなかったおやじは、有名だとか言うだけで選んだ修行場、"呪泉郷"という場所にとんでもねぇ罠があった。
それは、そこにある泉に溺れた者は皆呪われるという考えられねぇ場所だった。お陰でまんまと泉に溺れたオレは女に、おやじはパンダに、水を被ると変わる体質になっちまたった。
お湯を被るまで元通りにの姿に戻れない、すげぇふざけた体質だ。

「まさにお前しか出来ないじゃろうが」

「てめぇがパンダになって守りゃいいだろーが。ふざけやがって」

「バカモン。今回の依頼は必ず達成させるのじゃ」

「どうせ報酬額がいいんだろ?」

おやじの事だ、ここまで言うって事はかなりの額に、二つ返事で受けたに決まってる。

「それを手にすれば中国にだって行けるぞ」

「……中国」

心が動く言葉だ。

日本に戻って調べた結果、水を被っても女になんねぇようにするには、呪泉郷に戻らねぇとダメだという事だった。

「乱馬よ、どうする?」

「ったく……やってやるよ」

オレは頭を掻きむしり、渋々おやじの話を受け入れた。
するとおやじはニヤリと笑い、掛けている眼鏡をぐっと持ち上げ、懐から一枚の写真を取り出し、机に置いた。

「今回、お前が守るのはこの女性。天道あかね、女子大学生だ」

「……。」

その写真を手に取り、眺めているとおやじは更に続ける。

「とある財閥の娘らしくてな、命を狙われとる可能性が高いらしい。脅迫状じみたもんも届いとる」

「どんな脅迫状だ?」

「娘を貰いにいく……じゃったかな」

「貰う?金銭目的じゃねぇのか?」

「そこはまだわからんらしい」

「でも、別にオレじゃなくてもボディーガードは出来るだろ」

いまいち、話の筋が見えずに首を傾げた。

「その娘が現在、女子寮で暮らしとるんじゃ」

「いや、だから家に戻って、誰かに守ってもらえばいいだろ?」

「そう、そこなんじゃが、その娘にその事を知らされたくないそうじゃ」

「はぁ?何でたよ」

「そんな事は知らん。何かの事情があるのじゃろう。今回の依頼は、その娘にバレる事なくボディーガードをする事。それにはお前の体質が必要なんじゃ」

「面倒くせぇ依頼だな」

要するに、女の子になって彼女をボディーガードしろって事だったら話は簡単だ。
面倒せぇけど思っていたほどでもなく、もう一度、写真に目を落した。

何よりこの娘がオレの好みだ。

「あと、忠告しとくが絶対にその娘を好きになるんじゃないぞ。乱馬」

「それはねぇよ。なんだよそれ?」

真面目な顔したおやじに少しドキッとするも、それは流石に無いだろうと自分でも思い、鼻で笑った。

「じゃあ心配あるまい。明日から頼んだぞ。今から荷物をまとめるんじゃ」

「は?」

嫌な予感がした。
そして、その予感は的中する事になる。







「は、初めまして。オレ……わ、ワタシ早乙女乱馬って言います」

「お待ちしていましたよ。早乙女さん」

優しいそうな雰囲気で、オレを向かい入れてくれた女性は、どうやらこの寮の管理人らしい。

あっのクソおやじっ!!!!!!!!!!

女の格好で寮で暮らすんなら、最初から言えよっ!!!!!

「その娘を守るために、暫く女子寮で一緒に暮らすんじゃ」

勿論オレは断った。
でも、勝手に依頼を受けていたおやじは既に手付き金として、金を貰ってる事を白状しやがった。


中身は男のオレが女の寮で暮らさなきゃならねぇんだ!!!!!

「クソッ!!」

「どうかしたかしら?」

「な、何でもないです。おほほほほっ」

思わず口から出た言葉を濁すように、愛想笑いで誤魔化した。
管理人は不思議そうな顔をした後、辿り着いた目的の部屋の前で止まった。

「では、早乙女さんの部屋はここです。後、これが部屋の鍵と、寮の規則本ね。門限もあるからちゃんと目を通しておいて下さい」

「あ、はい」

手に持った荷物を肩に掛けて、それ等を受け取った。

「わからない事があれば、私か一緒の部屋の天道さんにでも聞いて貰えたらいいわ」

簡単な説明の後、本当の目的である人物の名前を聞かされ、部屋の扉を横目で見た。
そこには"天道"と書かれたプレートがある。

「それじゃあね」

「はい」 

去っていく管理人に小さく頭を下げて、扉と向き合った。

"さてと"

手にある鍵で部屋を開け、中へと入った。
その部屋は、お嬢様が住むにはこじんまりとしていた。
引き戸で部屋を仕切られていて、互いに机とベッドが備えてある。勿論、一部屋には生活感があるのに対してもう一部屋はそれ以外は何も置いていなかった。

"こっちがオレの部屋か……。"

何もない方の部屋に荷物を置いて、他の扉も開けてみた。
無防備になりやすい、トイレと風呂が別々に設備されていたのに、ほっとする。
あとは、食堂がある寮だけあって、台所らしいもんはどこにも見当たらなかった。

"仕事仕事……。"

一通確認したオレは相部屋の相手、"天道あかね"の部屋に入って捜索し始めた。
そして、5分程経った頃だった。

"……は〜い、発見"

イスを台にして、天井から吊るされている照明の裏に手を伸ばし、手に当ったモノをゆっくりと慎重に取り出した。

"まあ、当然だろうな……。"

その取り出した盗聴機の仕様をメモして壊さねぇようにそっと元の位置に戻した。


これがあるとなると、これからの行動がかなり狭まる。守る"天道あかね"と"仕掛けた"ヤツにバレねぇようしなきゃなんねぇんだぜ。
わかり切っていたとは言え、溜息が出ちまう。

"他には……"

何かないかとイスから降りて辺りを見渡し、タンスの引き出しに手を伸ばした瞬間玄関から人の気を感じた。

"ヤバイ"

オレは慌てて、"天道あかね"の部屋から自分の荷物のある部屋に戻ると同時に、扉の開く音がした。

「……早乙女さん?」

「……あっ。はい」

名前を呼ばれて、何食わぬ顔で部屋から顔を覗かせる。

「早乙女さんだ!!初めまして!!管理人さんから聞いてるわ」

「は、初めまして」

オレは、女を意識してしおらしく挨拶をする。

「アタシ、天道あかね。よろしくね」

"天道あかね"はオレに近寄って、嬉しそうに自己紹介をした。

「あ、あぁ………。」

その笑顔は、写真で見た"天道あかね"よりも更に可愛くて、暫く頭から離れなかった。
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