恋愛編

□三人の距離感
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ここは湾岸署御用達の居酒屋、達磨。

仕事帰りの一杯から忘年会、そして接待の二次会まで幅広く利用しているここ達磨に、初めて訪れた人物と腐れ縁二人の、お酒の席の一コマである。


「それにしてもホント良かった。今回も助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ、お陰で久瀬を逮捕することが出来た。感謝している」
「でも大変だったんじゃないっすか?流石に無免許のバスで突っ込んだわけだし。辞表も隠密に取り消ししてくれたなんて、俺知りませんでした。てっきり魚住課長で止まってるもんだと思っていたから。ほら、すみれさんもちゃんと感謝しなきゃ」
「そんなことは気にするな」
「あたしは別に辞めてよかったわよ。け・い・さ・つ」

混み合う達磨のカウンターに肩を並べて三人座り、青島は真ん中に座っていたすみれの腰に肘を突いて室井に愛想よく笑った。

「すみれさんのことで俺がお礼言ってんだからそんなこと今言わないでっ!!!す、すいません。室井さん。今日に限ってすみれさん機嫌悪くて」
「別に構わないが」
「ほーら、構わないって!!室井さんが言ってるわよ。青島くーん」
「あーあ、すみれさんてば、もう酔っ払っちゃってるよ。ピッチ早かったもんなぁ」
「酔ってなんかいないんわよぉ!!馬鹿にしないで」
「もー、ほら、声がデカイから」
「えーそぉ?大将もう一杯!!」
「程々にしてよ。介抱するの俺なんだから」

コップをカウンターに付き出したすみれに、困った顔して溜息をつく青島を見た室井は、手元の日本酒を呑みながら呟いた。

「何時もこうなのか?」
「いや、今日は荒れてます。すみれさんが辞表出す前に捕まえた被疑者が、証拠不十分で今日、釈放されたらしいんですよ。それも、かなり前から張ってた見たいで。それで……。」
「そうなのか」
「そーよ!!三ヶ月も張ってたのよ!!何よ!!証拠不十分って!!こっちはね、確信があるんだからねっ」
「こら、すみれさん。声がデカイ」

身を乗り出して会話を遮るすみれを慌てて肩を抱えて顔を覗き込み、口を手で塞ぐいだ。

「その君の言う確信とは何だ」
「刑事の感よっ!!刑事のぉぉっ!!」
「すいませーん。すみれさん、根っから刑事なもんで。普段より荒れてまーす」
「らによ!!青島くんも言ってたれしょ!!アイツが犯人らってぇ」
「わかった、俺も言ったよ。だからちょっと静かにしてってば」
「いーやっ!わかってなーーいっ!!んっっぷはーぁ」

飼い猫が暴れて謝る飼い主のように、口元を塞いた青島の手を剥ぎ取り叫ぶ彼女を苦笑いでフォローするも、怒りの収まらないすみれは手に持っていたコップの酒を飲み干した。

「す、すみれさんってば。もう。知らないからね?呂律が回ってないのわかってないでしょ!!」
「そんなことないわぁ。いいわよ、青島くんらんて……ねぇ、室井さん」
「こらっ。室井さんも困ってるでしょ?ほら、俺を指差さない」
「別に私は何も困ってなんかいないが」
「ほーらご覧なさい!!青島くんだけじゃらいのよぉ」
「ハイハイ。てか、なんで達磨で飲みたいんすか?室井さん。隣のお寿司屋さんのほうが個室もあったのに。ここうるさくて話もままならないでしょ?早く言ってくれてたら、他にもありましたよ」 

既に椅子に座っているのもやっとなすみれは、微妙に肩を揺らし始め、室井の肩に倒れそうになるのを、青島は自分の肩に凭れ掛かかるよう身体を寄せて引っ張った。
すると、すみれは小さくしゃっくりをして、その肩に顔を埋めウトウトとし始める。

「マンガかよ」

その見事なまでの酔っぱらったサラリーマンのような彼女に肩を貸したままクスっと笑ってボヤき、室井に目をやった。

「君たちがよく口にしていた居酒屋に興味があったんだが、思っていた以上に旨いな」
「でしょ。ここは庶民の見方、安くて旨いっすからね。特にシメの雑炊、ハマりますよ」
「恩田くんもここに来るのか?」
「あ、はい。まあ、すみれさんは他にも美味しい洒落た店をいっぱい知ってるから、どっちかと言うと久しぶりかも。それに、普段はここまで呑まないし」
「恩田くんとよく食事に行くんだな」
「そりゃもう、よく奢らされてますから」
「彼女はどんな食べ物が好きなんだ?」
「そうですね、旨けりゃなんでも……って、そんなにすみれさんのこと訊いてどうするんですか?」

タバコに火を付け、得意げにニヤニヤ話していた青島だったが、無表情にも照れながら気不味く質問する室井に顔をしかめた。
すると、室井は眉を眉間に寄せて、間を置き呟いた。

「青島。実はな……。」
「はい」

神妙な面持ちに、背筋を伸ばし耳を傾けると小さな声でボソリと耳を疑う言葉を口にした。





「………。」
「………はぁぁ??す、すみれさんとお見合い?」

裏返った声で大きく目を見開き動揺する青島に、室井は更に眉を寄せた。

「そうだ。まだ返事はしていない」
「な、な、なんで?」
「上層部がそうしろと言った。そして、真下くんが間を取り持ってくれた」
「真下のヤツなにやってんの?署長の仕事放ったらかして。そんなところでポイント稼いでどーすんだっつうの!!」

ヘラヘラと笑っている真下が室井とすみれを取り持つ絵柄が脳裏に浮かび、唇を噛み締め悔しがる。そんな青島を呑みながら横目で見た。

「悪い話しじゃないと私は思っている。警視庁内部の改革は始まったばかりで、かなりの覚悟がいる。そうなると、精神面や体力面を支えてくれる人も必要だと思わないか?」
「いやぁ……そうですけど、すみれさんは止めといたほうがいいですよ。室井さん」
「何故だ」
「ほら、すみれさんて気は強いし口は達者だし、室井さんを支えるより怒らせちゃうかも。それに、美味しいものには目が無いから、釣られてどっか他の所に行っちゃうかもしれないから心配が絶えないっしょ。室井さんじゃ手に負えないかも……。」
「でも、芯はしっかりしているじゃないか。そして美人だ」
「え?もしかして、室井さんってすみれさんみたいな顔がタイプ?いや、室井さんじゃ扱い切れないでしょ。彼女の全てを知らないから、言えるんですよ」
「まるで全てを知ってるような口振りだな」
「室井さんよりは知ってるに決まってるじゃないですか。何年一緒にやってきてると思ってるんです?室井さんなんかね、すみれさんと居たら3日も持たないですよ」

負けじと酒を煽りなら徐々に荒振る口調に凭れていたすみれが、うーん、とうなされる。
それでも青島は続けた。

「それに、すみれさんの気持ちだってあるでしょうよ」
「ああ、一度断られた」
「ほらね、すみれさんは……。」
「撃たれた後遺症が気になると言われた」
「え?すみれさんから訊いてるんすか?そこまで話が進んでるの?」
「ああ、訊いた。でも、私はそんな事は気にしないと伝えたかったのに、それを伝えていない。だからちゃんと話をするつもりだ」

強張ったまま手にしていたタバコの灰が、ポロリと静かに机に落ちる。
状況が飲み込めない青島は、何度も瞬きをして俯いた。

「本気なんすか?」
「ああ、勿論だ」
「すみれさん、キャリア好きだからなぁ」
「それは願ってもいない事だ」
「美味しいモンに弱いし」
「食事には困らせないつもりだ」
「……いやでも、すみれさんは子供みたいな大人がタイプだから、やっぱり室井さんじゃないかな」
「じゃあ誰なら問題ないんだ?」
「いるじゃないっすか、いつまで経っても大人になれないアイツ」
「まさか、自分だと言うのか?」
「そこまでダイレクトに言ってないですよ。でもいい線いってます」
「なんだその答えは。はっきりしないヤツだな。そろそろ彼女を送って帰りたいんだが」
「あー、いいですよ。室井さんすみれさん家知らないでしょ。俺が送ります」
「しかし、君も酔っているのでは?」
「俺は大丈夫ですよ。すみれさんの面倒みるつもりでそんなに呑んでないですから」
「だが………。」

室井は渋る青島に凭れたすみれの腕を掴もうと手を伸ばすと、おもむろに嫌な顔をした。
二人に微妙な空気が流れる。

「……あおしまくーん、もう、たべれないよぉ……。」

その空気を壊すような寝言に青島は微笑み、ヨシヨシとすみれの頭を撫でて、眉を眉間に寄せた室井に、ほらね、と言う顔をした。

「ホント、俺がいなきゃダメなんだからなぁ。すみれさんは。帰るよ」
「うーん。もうすこし、このままがいい」
「じゃあ、もう少しこうしてよっか」
「でも、うちにかえりたーい」
「ワガママだね。どーすんの?」
「あおしまくんとりょうほうがいい」
「そんなこと言ったら俺もすみれさん家にあがっちゃうよ?」
「えー、どーしよっかなぁ」
「ダメなの?厳しいねぇ。でも、俺が傍にいなきゃダメなんでしょ?」
「それはどーかなぁ?」
「冷たい事言うね」
「てかさ、むろいさんは?」
「あ、室井さん。だからこう言う事で……って、あれ?む、室井さん??」

すみれに言われて隣を見るも、既に室井の姿は無かった。

「あっれ?どーこ行ったんだ?トイレかな、室井さん?」

辺りを見渡すも、やはり見えない室井の姿に首を傾げていると、一人の店員が側に来た。

「あのぉ、お連れの方は既に帰られまして」
「え?帰っちゃたの?いつの間に?じゃあとりあえずお会計、お願いね」

そう言って、ポケットから財布を取り出そうとした青島に、店員は首を振った。

「いえ、お連れの方から頂きました。あと、伝言を預かってます」
「伝言?」
「君たちには付き合ってられない。だそうです」
「はあ……有難うございます」
「なにそれ?」
「さあ?」

軽く頭を下げた店員を見ながら、なんの事だ?と青島は頭を掻いて片眉を上げた。どっちにしても、彼女を送るのは自分の役目だと立ち上がりアーミーコートを羽織った。

「室井さんも帰った事だし、俺らも帰ろっか。すみれさん家に」
「ふぁーい」

そして、酔って甘えるすみれを肩に抱いて、達磨を後にした。

「あ、すみれさん。お見合いの話し、詳しく訊かせてもらうからね」
「えーらんのこと?」
「きっちり吐かすから」
「あおしまくーん、きもちわるーい」
「ちょ、ちょっと、ここで吐いちゃダメだって!!」
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