恋愛編

□二人の距離感@青すみ
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「冗談でしょ?青島くん」
「これが冗談に思う?」

困惑したすみれをよそに、両手を荷物で塞がれた青島は手慣れた手付きでアーミーコートから鍵を器用に取り出す。

「あー、でも、ちょっとここで待ってて」
「え?待つって」

そして、都合良く笑いながらドアを開けて、すみれの返事も聞かず足早に一人で中に入っていった。

「もーっ!!」

一人取り残されたすみれは一瞬、声を荒らげた自分の口を抑えて辺りを見渡し、耳を澄ませる。

周りは時計の秒針音が聞こえてきそうなぐらい、静かな真冬の深夜だ。
少々荒げた声で誰かが来やしないかとヒヤヒヤしながら、寒さで震える身体を擦った。

「なんなのよ……もう」

数時間前までは病院のベットで温々と過ごしていただけあって、寒さが身に染みる。

すみれが退院してすぐに向った先は湾岸署。
辞めると決めて魚住課長に渡していた辞表と書かれた封筒を手に持ち、湾岸署の屋上から景色を眺めていた。

「すみれさん、ここいたんだ。探したよ」
「青島くん」

見つけた安心感からか、青島は一息ついてすみれの隣へとゆっくりと歩いた。

「身体は大丈夫なの?」
「うん。なんとか。でもこっちはね」
「そっか」

そう言うと、すみれは後遺症の残る左胸を触った。

「もうあんな無茶しちゃ駄目だよ。今回は大怪我にならなかったから良かったけどさ」
「ホント、なんであんなに無茶したんだろ。お陰で辞表も戻ってくるし」
「まだ悩んでる?」
「うーん。働くも何も、今、住む所も無いしね」
「住む所……ん?」

ピラピラと宙に封筒をなびかせ、口をきゅっと紡ぐすみれに青島は不安げに訊くと、予想とは違う答えにきょとんとした。

「あーっ!!そうよ、どーしてくれるのよ?青島くん。辞めて大分に帰る予定にしてたから、帰るとこがないのに止めてくれちゃうから!!」
「え?アパート解約しちゃってるの?」
「そうよ。今日だって何処にも帰れやしない」
「ど、どーすんの?」
「どーすんの?って、あたしが青島くんに訊いてるの!!どーしてくれるの?」
「どーするも、そーいう事は早く言ってよ、そんな大事なこと」
「だから、今言ってるじゃない」
「そうじゃなくて、入院中、毎日お見舞い行ったじゃない?なんでその時に言わないの?」
「それを言わないで、仕方ないじゃないの。まだ悩んでるんだから」
「やっぱり、まだ悩んでるんだ」
「簡単に決めたわけじゃないのよ、悩むに決まってるでしょ」
「そりゃそうだけど……。」
「流石にね」

一度決めたら曲げない彼女の心情がわからなくもない。でも、どこかで自分が言い出せば気持ちを曲げてくれるんじゃないかと淡く期待していただけに動揺が隠せない青島に気不味く感じたのか、すみれは笑顔でその場を去ろうとした。

「ちょっと待って。すみれさん」
「何よ?」
「それ、全部俺に任せて」
「えー。いいわよ、無理しなくて。最悪ホテルにでも泊まるから」
「大丈夫。任せていいから。俺の責任でもあるんでしょ?」
「そうだけど」
「その変わり俺の仕事終わるまで、どっかで時間潰してて貰うから。宜しく」


そんな会話を交わして、今に至る。
青島の仕事は何時もながら深夜までおよび、最初に考えていたホテルにチェックインしようと携帯を鳴らすも、出ることなく、結局まあいいかと、遅くまで開いているカフェで時間を潰した。
青島くんのことだ。きっと不動産の知り合いにでもお願いしてマンスリーマンションでも用意してくれているのね。と勝手に解釈して、ホテルに泊まるプランは諦めていたのだ。
しかし、実際に辿り着いた場所は予想にもなかった場所だった。
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