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□タイムリミット
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小さな小銭入れを手にして季節が冬に変わりつつある街の景色に沈みかけた夕日を眺めながらゆっくりと歩く。
昼間より冷たく感じる空気に、あかねは身体を少しだけ擦った。

今年もあとわずかで、きっと慌ただしく新しい年になるに違いない。
その前に、クリスマスだってある。
乱馬に渡すプレゼントは一応用意した。今年こそ成功させてやる!と意気込んだから既にマフラーも編み終わったし、後はちゃんと二人で過ごせるかどうかの心配だけだ。

勿論、一緒にクリスマスを過ごしたいけど、乱馬に誘われたわけじゃない。
でも自分から誘うとバカにされるのは目に見える。”そんなにオレと居てぇのか”とか”おめぇがオレと居たいんだろ?”とか、きっとそれに似たセリフを耳にするに違いない。
だから誘わないと決めいていた。

きっと早くもクリスマスの予定を奪いあうシャンプー達が、今頃、乱馬を追いかけているわ。と嘆息を漏らし、とぼとぼ歩いていると背後から声がした。

腹が立つほどに自分の感情を左右させ、なのに優しく耳に残るその声の持ち主が誰の物なのか、振り向かなくてもわかってしまう。

「おーいあかね。あかねってばよっ」
「そんなに呼ばなくても聞こえてるわ」
「おつかいだろ?オレも付き合ってやるよ」

手を振りながら近づく乱馬に素っ気なく答えるも、全く気にする素振りを見せずあかねの隣に並んで歩き始めた。

「珍しいわね。てっきりシャンプー達と楽しくしてるのかと思ったわ」
「楽しくはしてねぇよ。追いかけられんだから」
「あらそう?アタシには楽しそうにみえるけど」
「そんなわけねぇだろ。逃げ切るにも体力いるんだぜ。小太刀とうっちゃんはなんかわけわからねぇモン投げてくるし、シャンプーは自転車で突っ込んでくるし」
「ほら、楽しんでるんじゃない」
「お前はオレの話しをどう訊いてんだ?」
「言われたまま訊いてるわよ」
「なんだ?機嫌悪ぃのか?」
「別に」
「そっか」
「そうよ」

乱馬が話をするほど、余計みじめに思えてしまう。

彼女達は乱馬を自分のモノにしようと必死だ。だからと言って、彼女達にはっきりと意思表示をするわけでもないこの現状が、この季節に一番辛く心を締め付ける。
別に誰かに何かを言われたワケじゃない。乱馬が何も言わないのが悲痛なのなんて、言えるわけもなかった。

「で、何買うんだ?」
「から揚げよ」
「から揚げ?鶏肉か」
「おいしいから揚げ屋さんが出来たから、そこでから揚げを買うの」
「あぁ、知ってる。最近出来た所だろ?うわぁ今日の晩飯あそこのから揚げかぁ。やりぃ」
「なんで知ってるの?」
「ヒロシらとよく食べたんだ。角の店だろ?」
「うん。たぶん」

それでもわざわざ、おつかいに付き添うなんて乱馬なりに何かを気付いてくれているのかもしれない。と、思っていた矢先に、食べ物の話しになると自分を置いてその店に走って行く姿に腹立ち、やっぱりかと呆れて後を追いかけた。

「いらっしゃい。あっ!!お兄ちゃん今日も来てくれたの」
「どーも。今日は晩飯分くれよ」
「いつも悪いねぇ。じゃあおまけしとくよ」
「やりぃ」
「ん?もしかして、となりのお嬢ちゃんが例のあかねちゃんかい?可愛い娘じゃねぇか。兄ちゃんもやるね。これだけ可愛いけりゃ、そりゃ毎日我慢だな」
「いや、これはっ!!まっ!!」

馴れ馴れしく交わす会話に、既に常連なの?と怪訝な顔をしていると、店主がニヤニヤしながらあかねの顔を見て冷やかした。
それに慌てた乱馬は激しく首を振って、店主を止めだした。

「まぁまぁ、わかった、わかった!!よーしっ!!今日は出血大サービス。遠慮せず持ってけ!!泥棒!!」
「いや、だから!!」
「しっかし、うちの嫁に引けを取らねぇな。お嬢ちゃんなら」
「おいっ!!オヤジっ!!」
「いやね、うちの嫁もお嬢ちゃんと一緒で強がるクセに俺が居ねぇとすぐ泣いちまうんだよ。まぁ、そこも可愛いんだけどよ。だから余計に兄ちゃんの我慢とか、色々わかっちまうんだ。男の気持ちも知らねぇで。そんな顔するからつい抱きしめて、もう……って、なあ?兄ちゃんよ」

乱馬の話しを訊く気もなさそうな店主は、嬉しそうにから揚げを袋へ詰めて、たじろぐ二人にほらよっと自慢げに見せつけた。

あかねは慌ててお会計を済ませ、袋を手に持とうとすると、乱馬が赤い顔をしてそれを奪った。

「早く持って帰ってくれ。嫁さんに見つかると怒られっから。じゃあまた頼むよ」
「あ、ありがとうございました」
「いいってことよ。兄ちゃん、彼女に捨てられねぇように大切にしなよ。じゃあな」

そう言うと、店主はニヤつきながら店の奥に入って行った。
呆気に取られていた二人は羞恥で赤らめた顔で互いを見合わせる。

「か、帰ろうぜ」
「そ、そ、うね。うん。帰ろう」
「それとだな。あ、あのだな、その……。」
「な、何よ?」
「ここのオヤジの話しは気にするな。それだけだ」

空気に耐えれず、先にそそくさとその店を後にする乱馬を追いかけ、あかねはその少し後を歩く。

意味心な笑顔で兄ちゃんの我慢がわかるよ、と言われると、気にならないわけがない。
それに、我慢の意味が知りたい。

「ねぇ」
「なんだよ」
「なにか我慢してるの?」
「なんでもねぇよ。ったく、あのオヤジべらべらと」
「我慢することないじゃない。言ってくれたら叶うかもしれないじゃない」

自分が関係しているのは明らかにわかった。ただ、それ以上は想像にしか過ぎない。
その先が知りたくて、あかねは思わず試すようなセリフを口にした。

「……。」
「言いたくないの?」
「……。」
「ねぇ、乱馬ってば……。」

口にしたばかりに後が引けなくなったあかねは乱馬の顔を覗き込むと鋭い眼差しが目に入った。その瞬間、一気に大勢が変わる。

「………なっ」

壁に身体を押さえつけられ、肩を痛いほどに掴まれていた。

恐怖さえ覚えるような突き刺す眼差しが、あかねを捕らえ動くことが出来ない。

「……訊く覚悟があるのか」
「……な、なに」
「全て受け入れる覚悟が出来て、訊いてんだろうな」

聞いたことのない詰め寄る低い声が目の前の乱馬を霞め、自分の知らない乱馬へと変わっていく。

「………ア、アタシは……。」

怒鳴るわけでもない。だから余計に言い返せず言葉を喉に詰まらせた。
震える唇を乱馬の指先がなぞり、口角を上げて微笑む。

「や、やだ………っ」

言い様の無い不安があかねを押し迫り、逃げ場無く瞼を強く瞑って訊くべきではなかったと悔んだ。

「………。」

何が起きるかわからない恐怖で暫く身を強張らせていたのに、何も起きる事なく、そっと瞼を開けた。
しかし、目の前にいたハズの乱馬の姿は見当たらなかった。

「乱馬……。」

乱馬の言う覚悟の意味。

本当は薄々わかっていた。
まだ勇気も覚悟もないのに、しっかりとした確信が欲しくて知ろうとしてしまったのだ。

まだ混乱が収まらないのか、驚くほど波打つ心臓に手を宛て落ち着けと息を止めた。


乱馬はズルい。

曖昧なフリして、すぐ出せない答をアタシに求める。

「乱馬のバカ」

今のあかねにはこの一言だけしか言えなのかもしれない。

だから、互いに強がってる。




受入れると決めた瞬間、全てが変わるから。

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