short

□DEEP
1ページ/1ページ







梅雨の季節になり、先程まで晴れていた空から、大粒の雨が激しく降り始めた。

「くっそー間に合わなかったぜ、おーい、あかねー!お湯持ってきてくれねーか?」

玄関先に女の子になったらんまが叫ぶと、呼ばれたあかねは、少し間が空いて顔を覗かした。

「おかえりー、びしょ濡れじゃない。お風呂に入れば?」
「めんどくせーよ。とりあえずお湯くれよ。」
体に張り付いたチャイナ服を鬱陶しそうに脱ぎ始めた。
「もう!男に戻って脱ぎなさい!今持ってくるから待ってて」

あかねは台所に急いで向かった。
「早く頼むぜ」
脱いだ服の雨水を絞りながら走っていくあかねに促した。
「あー気持ちわりぃ」
体をぶるっとさせ、お湯を待っていると、背後から殺気を感じた。
「この殺気・・・」

「おーらんまではないか!スイート」

何処から現れたのか、気づいたときにはすでにふくよかならんまの胸に八宝菜が飛び込んでいた。

「うぎゃー!!!!」
「ぐへへへへっ」

身の毛がたよだつ気持ち悪さに、らんまが暴れていても離れる気配がまったくない。
「ヤメロー」

「らんま持って来たわよ」

待ちわびたヤカンを駆け足持ってくるあかねにらんまは叫んだ。

「あかねー投げてくれ!」
「え?」
「早くしろー!」

急かされたあかねは訳も解らず、ヤカンを投げつけた。らんまは待ってましたと言わんばかりに左手でキャッチし、
「てめー!じじぃ!観念しな!」
らんまは八宝菜を右腕で逆に抱きしめ、自身にお湯をかけた。
「どうだ、じじい?」
いつもの男に戻り、両手で八宝菜を強く抱きしめた。
「おぇ〜。はっ離せ乱馬!」
苦しむ八宝菜を更に強く抱きしめる。
「ふっ!おもいしったか?」

乱馬は得意げに精根尽きた、干からんでいる八宝菜を片手に持ち上げ、投げ捨てた。

「ざまーみろ、これで懲りたか?さーて、おやつでも食うか?あかね」

「2人共懲りないわね」
乱馬は呆れたあかねの肩を持ち、くるっと背を向けた。
「おのれ、乱馬!ゆるせん!」
「まだやるのか?」
「これでも喰らえ」

怒りに満ちた八宝菜が構えかけた乱馬にすっと、こめかみを軽く付いた。

「ん?何だ?」
攻撃してくると思っていただけに拍子抜けした顔の乱馬に、八宝菜は言いはなった。

「乱馬よ、苦しむが良い!」
珍しく八宝菜は、その場から去っていった。


「乱馬?何されたの?」
「いや、何ともないぜ」
あかねは首を傾げ、
「あの、おじいさんが?気持ち悪いわね?」
見た目はなにも変わらない乱馬を凝視しながらもまあいいかと思い、やり過ごした。




体が、動かねぇ・・・



"おい乱馬、テメーの負けだぜ"

乱馬の目の前には良牙が平然として立っている。乱馬は息も荒く、傷だらけで、立つことすら出来ずにいた。

"まだまだだっ!"
"往生際が悪いんじゃないか?"
"これからだぜ"
"どうやらトドメを刺さないとわからねぇみたいだな?"

"なんだと!"

"くらえ!獅子咆哮弾"


「あああああっ!!!!」

悲鳴と共に、目が覚める。

"・・天井・・"

静かな部屋で、パンダのイビキだけが響き、今が現実なのかと疑心暗鬼になる。

「夢?か、」
額から流れ出る冷や汗を手で拭いながら窓の外をみた。まだ暗く、深夜だと気付く。今までにない、リヤルな感触が残る、夢
「なんて夢だ、目が覚めちまった」
起き上がってみたが、もう一度目を瞑る。
"寝れねぇ"

乱馬はその後一睡も出来ず朝を迎えた。





「ねえ、大丈夫?」
「へーきへーき、1日ぐらい寝なくても」
乱馬の異変にあかねは違和感を感じ
ていた。心なしか返答も力ない。
「そう?目の下クマ出来てるじゃない」
何時もなら、授業中でも居眠りしているのに珍しく起きていた事が不思議に思い、乱馬に問いただすと一睡もしていないと聞き驚いた。あの乱馬が寝れないなんてただ事ではない。
「今日早く寝なさいよ」
「ああ、」






"・・・なら、乱馬"


"えっ?"

"ごめんなさい。そろそろ真之助くんの所へ行かなきゃ"
"ちょ、ちょっと待てよ!おいあかね"

"サヨナラ・・・"


「あかねーっ!!!!」


からだが跳ねるかのように飛び起きた。現実か夢か分からないほどの錯覚。
「ゆ、ゆめ?・・・どうしたんだ、オレ・・」
恐怖で震えが止まらない両手を眺め、顔を伏せた。
「良牙に負けた夢よりあかねのサヨナラは、効くな。」
苦笑いしながら立ち上がった。
「シャワーでも浴びるか」

その後も乱馬が眠りに就くことはかった。



"やっぱりおかしい。たった2日でこんなになるなんて"
目の下クマが昨日よりも濃く、かなり衰退しきっている乱馬にあかねが気付かないわけがなかった。
"絶対、おじいさんが何か仕込んだのよ!間違いないわ"
「ちょっと乱馬、付き合って」
「?はぁ」

あの強気の面影が一つもない乱馬を、強引に連れ出した。

"おばあさんが、何か手掛かりを知っているはず"




「ほー婿どのこれはどーしたんじゃ」
「アイヤー乱馬、凄く疲れている見たいアルな」
流石にシャープもコロンも驚き、乱馬を釘いる様に見ている。
「きっと、おじいさんが乱馬に、」

「また八宝菜の仕業か。で、何をされたんだい?」
「なんか、こめかみの辺りを」
「むむむ、これは」
コロンの顔色が険しくなった。
「どうしたね?」
シャンプーが覗き込んだ所に、小さな痣があった。
「これは、眠ることが出来なくなるツボを突かれておる。深い眠りに就くと己が恐怖に思っている事がまるで現実かのような夢になり、勝機を奪い、心を蝕んでいくんじゃ」
「で、いつ治るの?」

しんと静まり返る中、重い口を開いた。
「意識が無くなるまでというのが正解か」
あかねは血の気が引いて今にも倒れてしまいそうになった。
「乱馬、助ける方法はないのか?」
シャンプーが勢いよく立ち上がってコロンに言い寄った。
「例えば、良く眠れるツボとかないのか?」
「それじゃあ駄目じゃ、婿どのの中で矛盾が生じて壊れてしまう」
「じゃあ、もう・・・」
涙が出そうになるのをぐっとこらえ、何処を見ているか分からない乱馬をみつめた。


"乱馬"


「まあ、上手く行くかわらかんのじゃが、ほれ」
コロンの手に目をやると一つのお香が握られていた。
「それは、」
「これは、相手の夢の中に入ることの出来お香、夢入香」
「夢入香?」
「で、どうやって使うあるか?」
席をきってシャンプーがさらに詰め寄った。
「婿どの隣でこのお香を炊き、そのまま眠りにつけば夢に入ることが出来るんじゃ」

「ワタシ行くね!」
シャンプーが勢いよく手を挙げた。
「ただ、婿どのの夢に出て来た人でないと意味かない。」
「どういうこと?」
「婿どのに夢だと、夢に出てきた人物が伝えて、安心させることが目的なじゃが。」

"乱馬の夢に出てきた人?誰だろう"

「ワタシ夢に出てきたに決まってるね、乱馬」
シャンプーが当たり前といわんばかりにお香を手に取った。


「・・・・」

「乱馬」

「あかねと良牙と、あと誰だっけ、」


府の抜けた声で返答がある。

「え?アタシ?」


●●


納得の行かないシャープをなんとか説得し、猫飯店を後にした。コロンに夢入香の注意点を聞き、迷いがないわけではなかった。

"意思を持って相手の夢に入れない"
"目的を思い出せないと、目を覚ますことが出来なくなる"


いつもならフェンスの上を歩いている乱馬がとぼとぼ前を歩いている。

「乱馬?元気?」

「ああ」

「乱馬のバカ」

「ああ」

「乱馬のヘンタイ」

「ああ」

"乱馬の、バカ。何時ものように言い返して来なさいよ"
知らぬ間にあかねの頬に涙が溢れていいた。一昨日まで偉そうにしていた乱馬の変わり様に耐えられずにいた。
「なあ、あかね」
前を歩いていた乱馬が突然止まったまま、後ろを振り向かない。
「どうしたの?」
「ほんと、どうしたんだろうな、オレ」
「・・どうもしないわよ。乱馬は乱馬よ」
「そっか?」
乱馬は又歩き出した。
"アタシ何を悩んでるんだろ?ちょっとでも望みがあるんだったら今すぐやらなきゃ。今回はアタシが乱馬を守るの!"
小走りし、乱馬の隣に並んだ。
「乱馬、早く帰ろう。よかったら家に戻ったらアタシの部屋に来ない?宿題一緒にしよ?」
「良いのか?」
「良いに決まってるじゃない」
あかねは微笑みなから乱馬の手を握った。
「ねっ、早く帰ろう」
「ああ」
今日初めて見た乱馬の感情は少し照れくさそうな笑顔で、あかねも安堵した。



「あかね、入るぞ」
部屋に入るとあかねは机に向かっていた。
「ちょっと待ってて。よかったらベットで横になったら?寝てないんしょ?昨日も」
宿題に没頭しているフリをし、振り向かず話は続く、
「ああ、でも良いのか?」
「もう、さっきから良いのか、ばっかりで乱馬らしくないわね」
「そんなこと、あるか?」

あかねはくるっと椅子ごと振り返り、笑顔を意識した。
「男らしくないっておば様におこられるわよ」
「襲うなよ」
「ばーか、誰があんたなんか」

乱馬がよいしょと布団に腰掛けそのまま後ろに倒れた事を確認し、また机に向かった。
「なあ、あかね」
「どーしたの?」
「少しの間、そこにいてくれ」
「え?」

振り返えると、乱馬はすでに眠りについていた。


"今すぐ行くからね"


一呼吸し、あかねは先程コロンから受け取ったお香を取り出し火を着け、お香皿に置いき、乱馬の隣に並んで寝転んだ。





霧深い中を立ちすくんだまま意識がはっきりしてく。
"ここは・・・"
いつの間にこんなところに来たのか良く分からない、

"森の中?なのかしら"

辺りを見回すが、ここが何処なのか検討すらつかなかった。何のために此処へ来たのか、思い出せない。帰りたいのにその場から動けずにいた。
"どうしよう"
不安に苛まれて潰れてそまいそうになるのを我慢していると、向こうの方から物音が聞こえた。
"誰かいる?"
隠れるように近づいてみると、聞きなれた声がした。
"乱馬だ"
乱馬は誰かと話しているようで、ただここの位置からは良く見えない。
「オレが何したんだよ?答えてくれよ!」
怒っているような悲しいような、なんとも言いがたい声のトーンが、あかねの心をズキッと突き刺した。
"誰と話してるのかしら"
"もっと、知りたい。誰なの?"
もっと見える位置に近づいてみる。

"アタシ?"

もう一人のアタシが乱馬へ申し訳ない顔している。
「だから、もう乱馬とは一緒にいられないの、真之助くんの側に居たいの」

あかねは現状が理解出来なかった。なぜもう一人の自分が真之助の側にいようとしているのか?そもそも自身が二人存在するのか理解に苦しんだ。
"そんなことない!違うよ乱馬"

「サヨナラ、乱馬」

もう一人の自分が自分と違う事を言っている。
「あかねー!」




いつの間にか乱馬の前に立っていた。
「あかね?」
一瞬驚いた顔をしていた乱馬だったが、鋭い眼差しに変わりこちらを見向きもしない。
「アタシは真之助くんの事を好きだけど友達としてだけだから」
「嘘をつけ」
「ほ、本当よ」
「信じられねーわ、今さっきアイツの側が良いって言ってたじゃねーか、なんでそんなに惑わすような事を言うんだ!もう止めてくれ」
震える声で拒否をした。
「違うの!だってアタシは乱馬の事が」

「オレの事が?」

「だから、その」

「だから?」


「好きだから・・」

"思い出した、アタシ乱馬を助けにここへ来たんだ"


「・・嘘だ」
「本当よ」
「信じられねー」
「・・・」

嘘のないあかねの目が乱馬を動かし始めた。

「オレ、独占欲強いぜ」
「わかってる」
「別れたくても、別れられないぜ」
「覚悟してるわよ」




「これは、夢か?」

「夢だけど、現実よ」

あかねは乱馬にキスをした。


優しいキス


「少しの間だけじゃなく、ずっと側にいるよ」

「信じていいのか?」
「アタシと乱馬は許嫁でしょ」
「・・・許嫁」
「そうよ」



「一緒に帰ろう」




"・・・朝?"
寝ぼけで頭が冴えない。確かあかねの部屋で、昼寝の予定がこんなに深く寝入ってしまった。

"夢か、そうだよな。あかねがオレにあんなこと言うわけねーよな"

残念とばかりにため息をついた。

「乱馬、苦しい」

胸元に目をやると抱きしめるようにあかねがうずくまっていた。驚き腕の力をさっと緩め、あかねはムクッと上半身を起こし乱馬の顔を見つめた。

「良く寝れた?」
「ああ、結構爆睡だったかな」
「ヨカッタ」


まさかあかねから抱きついて来るなんて。

夢?さっきの続きなのか?いや、これは現実。


もしかすると、さっきのも夢じゃないのかもしれない?


「おかえり、乱馬」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ