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□さくら
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冷たい風が時折吹いて、長く伸ばしている髪を手で整える。
あんなに昼間は温かくて、つい薄着で外出した事にアタシは今、少し後悔していた。 


別にどうしても欲しいワケでもないデザートを買いにコンビニに向かっていたのに、家から一番近い所は過ぎて、後少しで二軒目も過ぎようとしていた。

何かがあったわけじゃないわ。
なんとなく家に居たくなくて、一人になりたい。ただそれだけ。

"東風先生……"

小さい頃は憧れてただけなのにな……。
いつの間に好きになっちゃったんだろ。


道場で練習中に足を挫いて、東風先生の所で診てもらってたら、いきなりかすみお姉ちゃんが現れたわけで……。
そこから何があったかなんて思い出したくもない。

かすみお姉ちゃんが居ると変わってしまう東風先生なんて、いつもの事で見慣れてる。
でも、アタシと二人っきりの時と違う態度なんて知らないかすみお姉ちゃんは、それを見て
"面白いわよね。東風先生って"
って、菩薩の笑顔で言ってたっけ。


かすみお姉ちゃんにだけなのに。

仕方ないじゃない。お姉ちゃんは悪くないもん。

でも、お姉ちゃんは東風先生の事、どう思ってるんだろう。


「はぁ……。」

そんな事ばっかり考えて、大好きなかすみお姉ちゃんの顔を見たくない自分が凄く嫌だ。


「……バカだな、アタシ」

あまりにも惨めで、自虐的な言葉がポロリと出てしまった。



「誰がバカだって?」

「……。」

「おい!待てよ。あかね」

間違いなく乱馬の声なのに、アタシは足を止めることなく、聞こえないフリして歩き続けた。

災厄だ。
一人になりたいのに、なんで乱馬が追いかけて来てるのよ!!
その声の持ち主が、振り向かなくたってアンタってわかるから無視してることぐらいわかりなさいよ!


「なんでここにアンタがいるのよ?」

「いちゃわりぃのかよ?折角持ってきてやったのに。ほらよ」

乱馬はアタシを追い抜いて、布の塊をポイっと渡された。

「?」

「そんな格好じゃ寒いだろ?持ってきてやったんだ」

それを広げると、アタシの部屋に置いてあったストールだった。

「あ、ありがとう」

「けっ……。」

乱馬は不機嫌に背けて、アタシの前を歩き出した。

「ちょっと、どこに行くの?」

「暇だから付き合ってやるよ」

「……別にいいのに」

むしろ、一人にして欲しい。けど、乱馬はスタスタと歩いて、チラチラとアタシの方を確認するように視線を向けられてるのが、早く来いよと言っているみたいだった。

「……わかったわよ」

アタシは距離を縮める事なく、乱馬の後をついて行く。



いきなり現れたヤツが許嫁なんて冗談じゃない、という気持ちは今でも変わらない。

だから、最初は東風先生の気持ちが乱馬にバレたのは嫌だったけど、後々思えばこれで良かったんじゃないかなと思える。

"だからアタシには許嫁なんて要らないの"

っていう、報われないながらも自分なりの抵抗だ。

「ったく、どこに行くんだ?コンビニだったら通り過ぎたぜ?」

「別にどこだっていいでしょ?文句があるならついて来ないでよ」

「……可愛げがねぇな」

「余計なお世話よ」

「………。」

突っかかってくるし、口が悪いし、関わりたくないけど、不思議なことに、いつも妙なタイミングてアタシの目の前に現れる。

さっきだって、誰にもバレないようにこっそりと家を抜け出したのに……。

「おい、あかね……。」

「何よ」

無視してるのに、話し掛けてくる乱馬が鬱陶しくて、強めに返事をした。

「下ばっかり見ねぇで上を向けよ」

「アタシが下ばっかり見てるってわかるのよ」

「………オマエさ、気付いてねぇの?」

「え?」

顔を上げると、歩くのを止めて上を眺めていた乱馬がアタシを見て微笑んだ。

「こんなに綺麗な桜見ねぇと、損すっぞ」

その言葉に、アタシも視線を上げた。


「…………キレイ」


そこには、暗い夜天を照らすように咲き誇った桜が視界を埋めた。

「……桜ってさ、精々一週間しか満開で咲いてねぇのに、堂々としてるよな」

「堂々?」

「そう。その一週間を後悔してねぇって言うか。むしろオレ達の方が寂しいって気持ちになんねぇ?」

「……ふふっ」

そう言いながら目を細めて愛おしそうに桜を見る乱馬が意外で、笑ってしまった。

「な、なんだよっ!!」

「だって、乱馬がそんな事言うなんて」

「わりいかよっ!」

「べっつに〜ははっ」

「……やっと笑ったな」

「え?」

「だ、だってよ、ずっと難しい顔してただろ」


乱馬にはバレてたんだ……。
でも、それは認めたくなくて桜を見ながらアタシは話を濁した。

「そう?そんなつもりはなかったんだけど……。」

「ウソつけ」

「ホントよっ!!…………あっ!!」

「え?あっ……。」



見間違いかと思って目を凝らした。
舞落ちているのは花びらなんかじゃない。紛れもなく夜空から雪が桜に落ちていた。


「………。」

「珍しいな」

「でも、キレイね」

「雪と桜か」


過ぎ去る季節を悲しむような雪と、新しい季節を誇らしげに迎えている桜が幻想的で綺麗なのに、どこか寂しげに感じる。


「……」

「……あか、ね……。」

「さっ、行きましょ!!」

「……あぁ」

その時、アタシは潤んだ瞳を隠すように明るく振舞って、乱馬より先に歩き出した。



あのまま眺めているには辛すぎる。



あの雪は、諦め切れないアタシの気持ちと同じだから……。









「おい、あかね早くしろよ」

「待って!!」

「ったく、なんでオレがコンビニに行かなきゃなんねぇんだ!!あのクソオヤジめ!!」

「仕方ないでしょっ!!アンタがじゃんけんに負けたんたがら。なのに付き合ってあげてんのよ。それも家から遠いコンビニしか置いてないお酒だなんて」

「大体だなぁ!!」

「もういいからっ!!行くわよ」

お父さん達の口車に乗ってじゃんけんに負けたのに、納得いかないと駄々をこねる乱馬とコンビニに向かっていた。

「ねえ、あと少しで桜が見えるわよ」

「今年もこの季節が来たな」

「乱馬って意外に桜が好きだもんね」

「だって……。」

「堂々としてるから……でしょ?」

「まあな」

アタシは早く桜が見たくて、歩く速度を早めた。すると、徐々に視界が全て満開の桜になっていく。

「ほら………キレイね」

そして何度見ても見飽きない桜に舞う花びらを掴もうと、手を伸ばした。

「……あの時は違うけどな」

「え?」

乱馬の呟いた一言に振り向くと、アタシの肩をぽんっと叩いて微笑んだ。


「……ほら、行くぜ」

「なっ!!何よっっ!!!!!!!」

「べっつに〜!!へへっ」


あの日、乱馬が目を細めて愛おしそうに桜を眺めていた視線がアタシに向けられていた気がして、思い出す。




あの日の思い出━━━━。

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