short

□the sound of rain
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昼間の暑さが嘘のような冷たい風が雨水と共に少し開いた窓の隙間から流れ込み、その風が思いのほか気持ち良くて、頭を悩ませていた難しい問題にも筆が進みだす。

「部屋の窓、閉めねぇのか。あかね」

「風が入って気持ち良くない?」

「雨が入るだろ?」

部屋のど真ん中で寝そべり堂々と漫画を読んでいた彼は、怪訝そうな顔して胡坐をかいた。

「そんなに嫌がらなくてもいいんじゃない」

「オレは雨が嫌いなんだよ」

「あのね……まぁいいわ」

胡坐をかいたまま、自ら閉めようとしない彼に一言文句を言ってやろうかと思いながら、彼女は立ち上がり開いた窓をなごり惜しくゆっくりと閉めた。
今日の彼は昼過ぎから珍しく機嫌が悪かった。昼休みに八宝斉にからかわれたのが原因というまで彼女は知っていたけど、学校を抜け出してから家に戻ってくるまでの間の事は何も聞かされてない。
機嫌が悪いと一人になりたがる許嫁が、自分の部屋に居る事も不思議に思いながら彼女は何も触れずにいた。

「ったく。梅雨なんてうっとしいだけなのによ。早く夏になんねぇかな」

いつも雨を嫌う彼に、以前から気になっていた事を何気なく訊いた。

「乱馬って、変身する前から雨が嫌いなの?」

「……嫌いだな。だって、外にも出れねぇし気分も乗らねぇし。おめぇは嫌じゃねぇのかよ」

「う〜ん。嫌いじゃないかな。小さい頃は雨がっぱを着て遊びに行ってたし」

「あかねらしいな」

その姿が彼の中で想像出来て、思わず噴出した。

「そうでしょ。でね、近所の男の子とよく雨が降ると近くの公園に行ってたんだ」

「へぇ……。」

「水溜まりをただ眺めたり、かたつむり探したり、今考えても何が楽しかったのかわかんないんだけど、凄く楽しかったんだよね」

昔を懐かしむように微笑みながら宙を眺める彼女に、つまらなく嫌味を込めて呟いた。

「男の子みてぇだな」

「ホントにそうかも。中学の時は友達とうちの道場で雨が止むまで練習してたっけ」

「どうせ、その友達も男だろ?」

「そうよ、当たり前じゃない」

急に溢れた思い出話で嫌味にも気付かない彼女に、彼は腕を組んで横目で睨む。

「おめぇ昔は男嫌いじゃなかったのかよ」

「え?何か変かしら」

「別に……。オレはには関係ねぇし、いいんじゃねぇの」

「なによそれ」

思い出話しに素っ気ない彼の態度が冷たく感じた彼女は口を尖らせて眉を寄せた。

「乱馬だってあるでしょ?そういう思い出話」

「オレはおめぇと違って物心ついた頃から稽古しかしてねぇし、誰かさんと仲良くお遊びで鍛えてねぇんだよ」

「なんですってぇ。誰がお遊びよ!!」

「だってそうだろうが。だからいつまで経っても弱ぇんだろ!!」

彼女の態度が変わるのをわかっているのにもかかわらず、小さな嫉妬を抑えきれずに苛立つ言葉を選んで浴びせた。

「大体、なんでアンタがここの部屋に居るのよ!!用事がないなら出て行って!」

「あぁ、言われなくてもそうするぜ」

鼻息荒く立ち上がった彼は、機嫌を損ねてこちらを向こうとしない彼女を睨んで部屋から出て行った。
部屋に残された彼女は扉が閉まる音を後に、少し寂しげな顔をしていた。

「乱馬の……バカ。いきなりなんなのよ!」

窓ガラス越しから聞こえて来る雨音がやけに耳に響いて、思わず大きくため息をつきながら視線を床に落とすと、彼が座っていた先に一枚の白い紙らしき物が落ちていた。

「何……かしら?」

手に取って見ると、それは一枚の写真だった。

「あれ、この写真……。」

懐かしく眺めている写真に、今より少し幼い自分と道場で仲良く写っていた男の子は、彼女の隣で優しい笑顔を浮かべて寄り添っているように見えた。









眩しい程に昼間は晴れていたのに、下校の時刻が近づくにつれて薄暗い雲が町を覆い始める。

「ったく。また雨が降るのかよ……。昨日も降ったのに」

雨の嫌いな彼は機嫌悪く呟いても、HRが終わり下駄箱に着く頃には重さに耐えきれなかった雨雲が一気に雨粒を地面に叩きつけていた。

「傘、持ってきてねえしな……。」

軒下から空を見上げて、止みそうもない雨雲を睨んだ。
ここから一歩出れば女に変わるし、服もびしょびしょになる。良い事なんて何もない。それでも学校にいる意味もない彼は、決意を固めてカバンを傘代わりに頭へ乗せて足を踏み出した。

「あ、乱馬ぁ!!待って」

「え?あ、あかね……。」

振り向くと、そこには薄緑色の可愛らしい傘を持った彼女が立っていた。

「ねぇ、一緒に帰らない?」

隣まで来た彼女は笑顔で持っていた傘を勢いよく広げた。

「一緒にって、そんな小せぇ傘じゃ濡れちまうだろ」

「じゃぁ、濡れて帰るワケ?」

「……わかったよ。一緒に帰ってやるよ」

小さな傘じゃ狭すぎて近づいてしまう恥ずかしさと躊躇いを隠すように強がった彼は、彼女から傘を奪って傘下に入った。
それを見た彼女は何も言わずに微笑んで、彼に寄り添うように歩き出した。

「雨……止みそうにねぇな」

「そんな中悪いけど、少し遠回りして帰るからね。お姉ちゃんに頼まれた買い物があるの」

「げぇ、なんだよそれ。めんどくせぇけど……付き合ってやるよ」

「当たり前よ、一緒に帰るんだから」



湿気た風に彼女の甘い匂いを乗せて香る傘の中、彼は小さく微笑んでいた。

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