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□学ぶべきは
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「なあ、いいだろ?あかね」

「ダメよ……乱馬」

時計の短針が12を差し、既に家族の皆が寝静まった深夜。
唯一、明かりが灯るあかねの部屋で、二人は見つめ合っている。

その表情は、切なく眉を歪ませる乱馬に酷く戸惑ったあかねが瞳を潤ませていた。


「そんなこと言うなよ」

「………。」

「なあ、いいだろ?あかね」

「でも………。」

「もう、我慢できねぇんだ………。」

どこか覚悟を決めたあかねは、胸元で小さな拳を握りしめると、口角をクイッと上た乱馬が腕を伸ばした。

息を飲み込む音がする……。

そして、あかねはその伸びてくる腕に合わせて自分も腕を伸ばした。



「だから……ダメっていってるでしょっ!!!」

「痛ってぇぇぇ!!ケチっ!!」

「ケチじゃないでしょ。さっきからチラチラそのおにぎりばっかり見てっ!!こっちに集中!!」

叩かれた手をわざとらしく擦り、ムスッとした顔をしながらも、目の前にあるおにぎりを見つめる乱馬に、情けなくあかねは注意した。

「だって、腹減ってんだよぉ」

「腹減ってるじゃないっ!!早く続きを始めるわよっ!!」

そう言って、広げたままの教科書を手に取り乱馬の手元にあるノートを覗く。

「なんでオレがこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ」

「アンタが真面目に授業受けないのが悪いんでしょ」

「なんで今回は補習じゃねぇんだ。はっ!!これは何かのワナ……。」

「馬鹿馬鹿しい」

まるで自分には火は無いと言わんばかりの横柄な態度で腕組み不貞腐れた乱馬を呆れ気味に横目で睨んだ。

全ての宿題はいつも丸写し。授業中は早弁か居眠りの乱馬に、いざテストとなると点数も取れるわけもなく、今回も赤点のオンパレードだった。

いつものこと。
面倒くさくとも補習さえ受ければいい。
そう乱馬はお気楽に考えていたのに、今回から補習はなくなり追試のみとなったのだ。
流石にこれで赤点となれば、留年だってあり得る。
それを危惧したあかねは夕ご飯もそこそこに、早くから部屋に乱馬と閉じこもっていた。
かすみが作ったおにぎりと共に。

「でもよぉ、あかね。もう何時間も勉強してっから、腹減って頭が回んねぇんだよ!!」

「お腹いっぱいになったら眠くなるでしょうが」

「なんねぇよ!!そんなヤワな精神の鍛え方はしてねぇもん」

「そう言って、いつも飯を食べてすぐに眠いって欠伸するのは誰かしら?」

少し考え首を捻る。

「………さぁ…誰だ?」

「アンタでしょうが!!つべこべ言わず、早くやりなさい!!」

「んーっ!!もう頭に入んねぇっ!!!」

拗ねた子供みたいにぐずる乱馬に頭を抱えて教科書の角でコツンと頭を殴った。

「ってぇっ!!!暴力反対!!」

「わかったから……じゃあ、次のページまで進んだら、おにぎり、食べましょ」

「え〜っ!!今!!」

「………なんですって………?」

それでも駄々を捏ねる乱馬をギロっと威嚇した。

「………なんでもないです」

その視線にぴんっと背筋を伸ばし、すぐに萎縮した。

「当たり前」

「……ハイ」

今日ばかりは、あかねを怒らせるわけにはいかねぇ、と、珍しく素直に返事をしてシャーペを握りしめる。

格闘家として生きていくと決めている彼にとっては、授業の内容よりも、格闘を極めるほうが第一優先だとはいえ、留年となると話は別だ。

「……うん……。」

「だから、そこはさっき解いた式を使えばいいのよ」

「……あ……え?どうやって?」

「んー、これを、こうして……こうすると、ね?」

「あ、あぁ、じゃあこれは?」

「あ、それは前のページにあった式、あれを使うと簡単ね」

「えーっと、どうだったっけ?」

「こうよ、こう……って、アンタひとつも身に付いてないじゃないのっっ!!!!!」

あかねはバンッと机を叩き、優しく説いていた声のトーンを荒らして、眉間に皺を寄せた。

「そ、そんなことねーよ、今日の朝より賢くなった気がビンビンしてるぜっ!!」

「じゃあ、さっきからなんでアタシが解いてるの?」

「……さぁ、なんででしょう?ハハッ」

「ハハッじゃないっ!!!」

「いでぇ」

ペシっと頭を叩かれ、痛くもないのにそこを抑えて苦い顔をした。

一人で教科書を開いた所で暗号にしか見えない記号や文字を解読出来やしない。
そんな自分に嫌味混じりにでも必死に教えようとするあかねに感謝しつつも、集中力の切れてしまった乱馬にはその感謝も薄れ初めていた。

「わかった。気分転換にでもおにぎり食べよ」

「おおっ!!そうこなくっちゃ」

「2つまでね!!」

「なんで?」

「眠くなるからよ」

「……ハイ」

お皿のラップを剥がし、どうぞと乱馬に差し出すと、目を輝かしてそれを頬張るのを半ば諦めた顔をしてぼやいた。

「留年したらどうすんのよ……。」

「ん?そりゃ困るだろ」

「でしょ?」

「あかねが」

「は?なんでアタシが困るのよ?」

「そりゃだって、仮にも許嫁が留年だぜ?なんで手助けしてやらなかったんだーとかなるんじゃねーか?」

そう言いながら、指にこびりついたお米をペロッと舐め取り、ねっ?とあかねを見た。

「ね?じゃないわよ。べ、別にアタシには関係ないもん」

理不尽な言い訳にも許嫁と言われたら、どうも上手く言い返しが思い浮かばす、プイッと顔を逸らす。
すると、乱馬に肩をぎゅっと掴まれ、なによと振り向いた。

「なあ、あかね……。」

「だから、なによ……。」

さっきまでのちゃらけた態度が、急に真面目な面持ちへと変わり、あかねを見つめた。

「あ、あかねがどうしても"シテっ"て言うんなら、オレ……ヤッていいぜ」

「は?」

「勉強……ヤッてもいいぜ」



「「……………。」」



長い、長い沈黙が流れた。

そして、あかねの肩が微かに震える。


「どうして、アタシがアンタ事に……。」

「ん?」

「頭を下げるかぁっっっ!!!勝手に留年しろっっ!!!この、ろくでなしぃぃっっ!!!!」

「うげぇっ!!!!!」

恐らくここ最近の中で、一番の強烈アッパーが乱馬の顎を捉え、奇遇にも開いていた窓から空へと消えていった。




「もうっ!!!知らないっ!!!」




この後、乱馬が平謝で許しを請いたのは言うまでもない。

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