■事件編
□恩田すみれ刑事の難事件
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「……ここだわ。青島くん」
「あぁ」
階段を使い、辿り着いた扉の前で紙に書かれた店の名前と照らし合わせるすみれに頷ずき、その店の扉を開ける。
意気揚々と中に入ろうとすると、そこには、階段のフロアより薄暗い照明、黒を基調とした壁、そして受付けのカウンターにタキシードを着こなした細身の男性が待ち構えていた。
「わわっ!!」
「いらっしゃいませ。コートと荷物を預かります。お連れの方も」
「え?は、はい」
思わぬ出迎えに目を見開き、たどたどしくコートを脱ぐ青島に、何やってんの、早く!!と尻を叩き、二人で荷物を預けた。
すると笑顔を崩さない店員に奥へどうぞと促され、あまり馴染のない雰囲気に緊張しながら辺りをこっそりと伺う。
幾つかあるテーブルが店の中央を花のオブジェを囲うように配置され、その各テーブルは透明な板で仕切られ半個室のようになっている。各机は仕切られた壁側に詰めてありペアシートが一つ置かれているだけ。
カウンター席は店の広さより短いように思えた。
「バーっていう雰囲気じゃないよね」
「そうね」
「こちらへどうぞ」
案内されたテーブルに着き、ごゆっくりと去っていく店員を見届け、とりあえずペアシートに二人で座った。
ふぅ、と小さく一息つき辺りを見渡す。幸運な事に偶然に店全体が見渡せる、一番奥の席を陣取れたと顔を見合わせ、まずはと各テーブルを観察した。
そして、すぐに異変に気付く。
「ねぇ青島くん」
「何?」
「ここバーだよね」
「そう聞いてますけど」
「ねぇ青島くん」
「うん」
「あたしの思ってたバーじゃないんだけど」
「新しいタイプなのかな?」
耳元で甘く何かを囁かれ、それでも焦らすような仕草の女性にすり寄る男、抱き合っている男女もいれば、男の手が女性の服へと滑り込み何かを楽しんでいるようなカップルもいる。
普通にカップルシートへ座っている自分達が、逆に目立ってしまう光景に、青島がゴクンっと喉を鳴らした。
「どうすんのよ!!青島くん」
「どうするも、俺らこのままだと目立っちゃうよ」
「わかってるわよ!!」
「じゃあさ、覚悟きめなよ」
「じゃ、じゃあ、は、早く抱きしめなさいよ」
「え?いいの?」
「いいもなにも目立つんでしょ?青島くんがさっき言ったじゃない!!」
「そ、そうだね。言った。言ったとも」
「だったら早く!!」
素直に了解を得ると、それはそれで情けなく尻込みしてしまう。
ただの同僚だけとは言い難い感情をすみれに抱いている青島としては、仕事とは言えど堂々と抱きしめるのには勇気もいる。寧ろ全く感情のない女性の方が楽だとまごつき何度も瞬きをする青島にすみれは急かした。
「じゃ、じゃあすみれさん、悪いんだけど、俺の股の間に来て貰える?」
「はぁ?抱きしめるだけでしょ」
「それじゃすみれさんからしか見えないでしょ?俺、このままじゃ壁しか見えないし。でも後ろから抱きしめる格好になれば、二人で偵察出来る、それに、そっちの方がカップルぽいっしょ」
「ばっかじゃない?わ、わかったわよ」
恥じらいながらも口悪く言うすみれに、お互い様なのかもな、と口を綻ばせ早くとすみれの腕を引き寄せ自分の股の間に座らせて、これは仕事だ、と自分に言い聞かせ後ろから抱きしめた。
ふわりとすみれの匂いが鼻を霞め、気持ちとは裏腹に胸が高鳴る。
「すみれさん、耳が熱い。ひょっとして照れてる?」
「ちょっと、ちゃんと真面目に張り込みしなさいよ」
「こりゃ失敬」
それがバレないように、すみれを茶化して誤魔化すも、すっかり彼女は仕事モードに切り替えた様子に寂しく辺りを鋭く見渡した。
「どう、青島くん」
「暗くてよくわからないし、男も隣の女に夢中で見え難い」
「そうよね、ていうか、ここバーで営業許可取ってるのかしら?一度調べる必要があるわね」
「確かに怪しいな。早速、生活安全課に」
「そうね」
「さーて、どいつだ……。」
やはりすみれは仕事モードだなと気合を入れ直す。
異世界のような空間なのに、ここに居る人々は至って普通に見える。周りからみると、違う目的で来ている自分たちも同じように見えるように演じているのだから、普通というのが一番雲隠れしやすい。
それでもその中から探し出すのに、刑事の感てヤツも時には必要不可欠だと誰かが言っていたのを思い出す。
「そうだ、すみれさん。前のタレ込みも婦女暴行事件だったて、言ったよね。その被疑者犯行を認めたの?」
「もちろん最初は認めなかったけど、ソイツ元々うちらが下着泥棒で目を付けてたのよ。だから別件で一端立件して取り調べ中に吐かせたの」
「何年前の暴行事件?」
「それはごく最近よ。知らない?」
「あ、うん。じゃあその前は?」
「前も似た感じだったはずよ。青島くんホント知らないのね。強行犯係は何やってんの?」
「最近事件多いからね。他の事件追っかけてたんでしょ」
「青島くん、事件追っかけてると、周り見えなくなるもんね。雪乃さんや真下くんは知ってるわよ。確か、真下くんが取り調べたわ」
そう言いながら、すみれは右腕にある傷を服の上から触っていた。
かつて、野口にストーカーされていた時の傷。
その行動は無意識なのかもしれない。仕事に対して真剣なのはいつもの事。それとは少々違う何かをすみれに感じていたのものが事件の内容にも関連しているなと、すみれの顔を横目で見て確信した。
「そう言えばさ、真下のヤツ本店に戻るかも」
「それこそガセじゃない?前もその話し出てたけど、流れたじゃない」
「さあ?まだ秘密らしいから誰にも言うなって言われてたらしいんだけど、アイツ口軽いから、雪乃さんにもう言ってんの。雪乃さんにだけ、とか言って」
「雪乃さんから訊いたの?」
「そう。忙しいのに強行犯係が人手不足になるんですよって、怒ってた」
「真下くんを寂しがるわけじゃなくて?雪乃さんらしいわね」
すみれは、真下が一方的に雪乃を好きだという方程式が頭に浮かび、堪え切れなくなったのか肩を一度だけ揺らして笑った。
「アイツの片思い、何時まで続くのかな」
「今のとこ当面続きそうじゃない」
「だよな、雪乃さんにキャリア振りかざしても振り向かないんだから、他のやり方考えりゃいいのに」
「青島くんみたいにチャラチャラしながら営業トークで口説くってこと?」
「あのね」
「こりゃ失敬」
「すみれさん、俺の事そんな風に見てるの?」
「冗談よ。冗談。そんなことより今は仕事。それにしても、ここの人たち恥じらいないわね」
「話逸らしたね。こんな事するのが目的なら、恥ずかしくもなんともないでしょ」
「そんなものかしら?」
「だって、既にすみれさんも恥ずかしくないでしょ?」
「仕事で来てるのよ、青島くんと一緒にしないで」
「あ、そうでした」
すみれらしい返しに、ちゃんと平常心でいるなと安心する。
弱者に対する事件は敏感に反応する彼女が平常心でいるかどうかは青島にとって、すみれの負った心の傷が癒えているか、数年前の放火殺人未遂事件以来、どうしても判断基準になっていた。
心配は同僚以上に一人の女性としてかもしれない。
ただ、その想いだけは自分自身にとって、明確にするべき時ではないと胸に秘め続けていた。
「一緒に来たの、青島くんでよかったかも」
「え?なんで?」
「だってこんな恰好、真下くんとはムリだもん」
「そう?嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「誤解しないでよ。青島くんならこういうの慣れてそうって事よ」
「慣れてるわけないじゃない。こんな恰好何年ぶりか」
「ほら、やっぱりあるんじゃない」
「コラッ!!人の上げ足取らないの。すみれさんだってあるでしょ?」
「………あっ!!!青島くん、あの人」
「なんだよ」
「ちゃんと見て!!今、女連れてこっちの席に案内されてる、アイツ」
「痛っ!!」
ムッとした所で止められ、ぶっきらぼうに応えると、叱るように足を蹴られ言われた先に目をやった。
「………す、すみれさんっ!!」
「目の下に黒子らしきものが見えるわ」
青島は机の上に置いていた、タバコの箱をそっと持ち上げた。
そこに差し込んでいた写真と、その男を見比べ息を呑む。
「当たり、だな」
そう呟き、タバコを一本取り出した。