■事件編

□愛しのコンビ
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年末も間近の慌ただしい湾岸署管内。
たとえそれが何時であろうと、この場所にいたっては関係がない。

その中で、苦手な書類に何度もペンを持つ手を止め、苛立ちで頭を掻きむしる青島の隣を暴力犯係が捕まえた被疑者が暴れながら連行されていく、いつもの光景だ。

「青島さん、昨日の報告書です。印鑑下さい」
「あ、はいはい」

夏美から手渡された書類に散乱した机の上に転がっていた判子を押して、はいと返しながら、隣の盗犯係に座っているすみれの背後を盗み見た。


そろそろ帰ろうとしているのが、その背中からわかり、青島は慌ててイスに座ったまま床を蹴ると、器用にすみれの隣でキャスターが止まり肩をぶつけた。

「ねえ」
「………なによ?」
「ちょっといいかな?」

視線も合わせず遠慮がちに話し掛ける時は、大概迷惑なお願いごとだと、先にすみれが切り出した。

「奢りね」
「まだ何にもいってないでしょ」
「どうせ頼みごとでしょ?タダでなんてありえない」
「……わかったよ」
「で、なに?報告書手伝えじゃないわよね」
「さっすがすみれさん。正解」
「はぁ?また?」
「またっ?て、こないだの暴行事件の始末書、まだ終わってないのよ。だから、ほかの報告書、ほら、こないだ強行犯係が手薄ですみれさんに手伝って貰ったヤツやってくんない?」
「え?青島くんが被疑者取り逃がした始末書、まだ書いてなかったの?」
「しっ!!」

大きな声を出すなと言わんばかりに、人差し指を口に当て更に顔を寄せた。

「やめてよ。傷掘り返すの。あれから課長からの風当たり悪いんだからね」
「そんなの気にするなんて、青島くんらしくない」
「まあ、俺も係長としての威厳あるじゃない?」
「あら、大人になったじゃないの」
「でしょ?」
「だったら係長の威厳として、報告書は自分で書きなさい」
「そんなこと言わず。ねっお願い。ほら、ずっと事件続きだったでしょ?署に戻って来たのもさっきじゃない」
「青島くんさ、それ、いいわけ」
「………ハイ。ごもっともです」

子供が怒られた時のような顔してしょげる青島に、騙されないわよと、睨んだ。

「ったく。やるからには高いもの奢ってもらうわよ。明日休みだから何時まででも待つんだからね」
「え?すみれさん、明日休みなの?俺も」
「へ〜。そうなの?」
「うん。夏美さんがどうしても変わって欲しいって。俺の休みの日にお子さんとなんか約束してたみたいで」
「そうなんだ……。夏美さんも大変ね。家庭に子供がいるのに、同じ課の子供も面倒みなきゃいけないなんて」
「すみれさん、それ俺のこと言ってるでしょ」
「あれ?わかってんじゃない」
「ちょっと」
「こりゃ失敬」

少しムッとした青島に、いつものかわらない口調で答えた。

「でもさ、俺たち休みが被るのって珍しいよね?あれか、被ってるけど、結局なんだかんだで休み返上で働いてるだけか」
「ホントそうよ。こないだの休みなんて、昼から呼びたしよ。何も出来やしない」
「俺その日、当直でそのまま夜まで」

溜息混じりですみれに始末書の紙を渡し瞼を擦った。

「しがない稼業よね」
「誰のために働いてるんだか」

肩を落したまま、席へ戻ろうとした青島に身を乗り出して腕を掴んだ。

「そうだ!青島くん、明日、デートしない?」
「え?デート?……いいねぇ」
「でしょ?」 
「どこ行きたい?」
「そうね………ずっと前に言ってたカリブなんてどう?」
「青い空、透き通る海」
「ビーチで広げたパラソルの下でシャンパン」
「波の音を聴きながら過ごす優雅な一時」
「あぁステキ……青島くん」
「愛してるよ。すみれ」
「あたしもよ」

青島は手に持ったペンをシャンパングラスに見立てて高く持ち上げ、すみれは顔の前で手を合わせてうっとりとした。

「………って、無理でしょ。一日だよ、成田でメシ食べて飛行機見て終わりだな」
「わかってるわよ。もう少し夢を見させてくれてもいいんじゃない?」
「ちゃんと現実見ようよ。お互い」
「青島くんにだけは言われたくないわよ」
「どう言う意味だよ」
「そういう意味じゃない?」
「失礼しちゃうなぁ」
「温泉でもいいの。この疲れきった身体をゆっくりと癒したい……って、青島くん、日帰り温泉はどう?」
「え?いいじゃない」
「でしょ?じゃあ決まりね。早く終わらすわよ。あ、温泉費用、青島くんの奢りだから」
「えー!!じゃあ今日のメシは無し?」
「両方!!!じゃなきゃ今後なにも手伝わないから」

勝手に進む話しも、それは困ると顔を覗き込むと、引く気のないすみれはじろっと睨んだ。

本気で言ってるよ……。
すみれさん、一度決めると絶対に曲げないしなぁ。

「………わかったよ」
「決まりね!!青島くんも早く片付けなさい」
「……ハイ」

すみれは、やった、とガッツポーズをし勢いよくペンを走らせた。
すみれさんには適わないと、眉尻を下げて青島も席に戻り、書類と向き合う。
そして、同じ目的に向かう二人は一時間もしない内に全てを済ませて、署から慌ただしく出ていった。










「………今日はいつもより聞き入っちゃったわ」
「夏美さんもですか??僕もです。どこまでが冗談か、よくわからなかったんですけど」

二人が去った後に、今まで無言で見ていた夏美が溢した言葉に和久が身を乗り出した。

「そういえば、ここ最近忙しかったから、あのやり取り久々に見たかも」
「きっとすみれさん、機嫌が悪かったんですよ」
「え?そう?話し掛けた時は機嫌よかったわよ」

この署では名物と名高い二人の小芝居は、相変わらず隙入る間を与えない。
いつも見せつけれられている和久も、最初は目のやり場に困ってアタフタしていた。
最近では慣れた様子で、むしろ二人をよく観察しては、和久手帳に何かメモを取っている。
手帳にメモを取るのは和久の癖なのかもしれない。


「こないだ青島さんと緒方さんと達磨へ飲みに行ったんですけど、その時に酔っ払った二人が言ってたんですよ」
「なにを?」
「緒方さんが、すみれさんの事をあんなに強くて素敵な人はいない。と大声で言い出しまして」

夏美は、緒方が飲み屋の席で青島に絡み酒をしている情景が容易に浮かび、うんうんと深く相槌をした。

「すみれさん人気だもんね」
「でも青島さんがすみれさんは俺がいなきゃすぐ泣いちゃうし、俺がたまに相手してやんなきゃすぐに機嫌が悪くなるし、大変なんだからねーって」
「ふ〜ん。なるほど。だから和久君じゃなくて、すみれさんなわけか」

夏美は持っていたペンで自分の額にトントンと叩いて、吹きだした。

報告書の手伝いは女房役の和久君に押し付けてるのに、今日はすみれさんに頼むなんておかしいと思っていたよ。
被疑者取り逃がしてからずっとイライラしていたのは青島さんでしょ。
和久君も、まだ未熟ね。

「まだまだね。青島さんも、和久君も」
「え?」

あのやり取りで自分の機嫌が良くなるなんて青島自身も未だ気付いていないのかもしれない。
だとしたら、二人がどれだけ周りに注目されているのかなんて、当本人は未だ知る由もないんだろうな、と夏美は失笑し、手元の書類に目を落とした。

「明日は事件が起きるかも」
「というのは何故?」
「だって、青島さんが明日街に出ていくわけでしょ。事件が寄ってきそう」
「なるほど……。」
「管内で起きないことを祈るだけね」

その夏美の言葉に、刑事課に残された捜査員が大きく頷いた。

「それにしても、なんで付き合あってないんでしょうか。あの二人」

そして和久の言葉に、刑事課に残された捜査員が首を捻った。
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