☆長編

□KEEP 2
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「なあ乱馬。この後飲みにいかねーか?」

「わりい、ちょっと今日はムリだな」

「なんだ用事か?珍しいな」

「用事…まあな」

やっと練習が終わり、慌ててシャワーで汗を流してると、隣のシャワー室で同じように汗を流していた良牙が、壁越しにオレを誘った。

「なら仕方ないな」

「…。」

昼を過ぎた辺りから、事務所の時計が壊れちまったんじゃねぇかって思うぐらい、針が進まなかった。

「じゃあ、お先に。お疲れサン」

良牙に一言だけ声をかけて、返答も聞かねぇまま、シャワー室を後にて自分の部屋に戻った。

ご丁寧に三つ折りされた紙切れをポケットから取り出して広げると、可愛らしい字で店の名前と予定時間、あとはちょっとした地図が描かれている。

「……さてと」

"これだってれっきとしたデートよっ!!"

結局、今日はデートなのか?

紙切れを渡される時も、用事ついでに渡されただけで、事務的っつーか。

べ、別に、照れながら渡せとか、コソコソ耳打ちしながら渡せとか、そーいうワケじゃねぇけど、少し期待してたオレとしては、これがデートと思って行くのか、それとも、只の社交辞令として行くのかで、かなりモチベーションが違ってくる。

もし、これがデートだったら……。

メシが終わった後に、次を誘ったりしてもいーんだろ???
頭でイメージしただけで、心臓がバクバクするぜ…。

でも、これが社交辞令だったら…。

なぁっ!!!!!どっちなんだっぁぁぁぁっ!!!!


それにしても、なんでオレはあんな事いっちまったんだ?

"デートに誘っちまうぞ"

思い出すのも恥ずかしいぜ。
あかねがアタシとどう?みたいな事言うからだぞ!


「やべっ!そろそろ出かけねぇと」


予定の時間より少し早めに行くと、すげー期待してるみてぇだから、ギリギリまでその時間になるの待っていたオレはテーブルの上に置いていた紙切れを手に取った。


"コンコン"


『すいませーん、ちょっといいですか?』


ノックの音と共に、ドアの向こうから事務所の女の子の声が聞こえた。


なんかやな予感するぜ…。

「なんだよ」

『社長が呼んでるんで、今すぐ社長室行って下さい』

「はぁ?ちょっと待て!!!」

オレは焦ってドアを開けて事務所の女の子を呼び止めた。
冗談じゃねぇ。最近はここの事務所に顔すら出してねぇってのに、なんで今日に限って居るんだよっ!!!

「早く行ってください。じゃないと私が怒られます」

「社長、な、何だって?」

「知らないですよー。それを聞きに早く行って来て下さい」

相変わらず喋り方が、どこか物事に興味なさげなトーンに、突っ込んで聞くことも出来ないオレを置いていった。

「だぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

行きゃいいんだろ?!
こんな事なら早く出ていきゃよかった。

振り返って部屋の中の時計を見ると、予定の時間の5分前……。

「ったく、めんどくせぇ!!!!」

オレは舌打ちをし、あの事務所の女の子が指摘した口癖を吐き捨てて社長室に向かった。






「まだかしら?」

アタシは腕時計とにらめっこしながら呟いた。
予約していた時間になっても乱馬は現れなくて、仕方なくお店の中で一人待っている。

もう、何なのよ?デート誘っちまうぞなんて言ってたクセに遅刻するなんて考えられないわ!!

幾つかある好きなお店の中でも、特に気に入ってるお店を予約した。
パスタもピザもハズレがない、ここの料理を乱馬と一緒に食べたいなって思ったのに。

乱馬って気分屋なのかしら?

あんなに気になる言葉を言うから、あれからどんな顔して乱馬と接すればいいのか戸惑う場面が何度もあったし、二人っきりになった時、何故か緊張しまう。
それがバレないように"普通"を意識して接するようにしてるけど…。

なのに気付けば、いつもよりオシャレをしてここで待ってる自分自身が、何よりよくわからない。

何故来ないの?
っていう気持ちもあるけど、来ちゃうと緊張してしまって、自分らしくなくなるんじゃないかと思う。だったらいっその事、来なければいいのにと、心の何処かで願っている自分もいる。

「はぁ」

複雑な気持ちを払拭したくて、思わず出てしまったため息。

そんな、何もせず一人寂しくテーブルに座っているアタシを見ていて、気を使ってくれたのかもしれない。

「お客様。只今、ご予約頂いた方にサービスさせて頂いております、ワインとオードブルを、良ければお持ちしたいのですが。お連れの方をお待ち頂いている間に、楽しんで頂けるかと思います」

「…じゃあ。お願いします」

「有難うございます」

優しく笑顔で話しかけてくれた店員さんがサービスというワインをワイングラスに注いで、席から離れた。

確かに少し飲めば、気持ちが落ち着くかもしれない。注がれた飲みなれないワインを一口含んでゴクリと飲み込んだ。

「大人の味…かな」

気分が少しだけ落ち着いた気がして、更にワイングラスに口付けた。






「失礼しました」

軽く頭を下げて社長室から後ずさりするように出て行き、扉を閉めてすぐに全力疾走であかねの待つ店に向かった。


くっそっ!!!!

何だよ?社長から直々に話があるっつって言うから行ったのに、付き人の天道さんとは上手くやってるか?なんて今更な質問。

上手くやってるよ!!!!

むしろ、ここでこの質問を答えてる方が問題なんだよ!!!!
なんて、言える訳もなく予定の時間を1時間近く過ぎていた。

予定の店は確かこの辺。

ポケットに押し込んでいた紙切れを取り出して名前と場所を見ながら辺りを見渡した。

"あった!!!"


勢いよく店へ飛び込み名前を叫けんだ。

「あ、あかね!!!」

店中の客が一斉にオレを見た。


けど、その中にあかねの姿は……なかった。
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