本気で捏造する平助√花終幕

□第六話
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この頃、自分でもどうすることもできない『癖』があるって事、自覚してる。

左の袖の袂にしのばせた、平助くんからもらった匂い袋。自分からあの、おんなじ香りがただよってくるからか、無意識のうちに袂に触れてる。

ここにある、ってことを確かめて安心してる自分がいる。

平助くんとお揃いの大事な匂い袋だから、大切にしまっておこうかどうしようか悩んでいたけどやめた。ずっと肌身離さず身に着けていようって決めた。

香りも勿論大好きだから、今日も元気でがんばる!っていうおまじないみたいなものだと思ってる。それに…。

毎日会えるわけじゃないから余計に、こうしていたらすぐにでも、また平助くんに会えるような気がしてた。

今まで普通に生活してた時だって、香水とかコロンとか、毎日意識してつけてた事だってなかったのにな。なんでだろう。

わたし、どうしちゃったんだろう。

「りりさん、おはよう」

「武市さん!おはようございます!朝餉の支度、もう整いますからねっ」

炊事場からみんなの朝餉を運ぶ時に、丁度廊下で鉢合わせた武市さんが微笑みながら挨拶してくれた。たしか昨夜は随分遅くにお帰りになったんだ。それなのに早起き…さすがです。

武市さんの前を歩くのは気が引けて、先に前をお通しするつもりで道を譲ったら、なんでか武市さんはニコニコしたまま、向かい合うようにしてわたしを見下ろしたままでいる。ん?どうしたんだろ。

「武市、さん…?」

「いや、朝からいい笑顔で迎えてもらえるとは、実に清々しいですね」

「はっ」

ほ、褒められてる…わたし武市さんに褒められてるんだよね?

「あ、ありがとうございます!なんだか、嬉しいです」

わあ…、ど、どうしよう。顔赤くなっちゃう。

「君が…」

優しい表情で、武市さんはぽん、とわたしの肩に手を乗せた。

「君の、その笑顔は僕等を元気にする。それこそ太陽みたいに」

「へ?」

「と、いう事だ。…最近まで君の表情がどこかすぐれないような気がしていたのです。今は何というか、吹っ切れたようないい顔をしている」

わ・・・。武市さんが、わたしのそんなところまで見ていてくれたなんて。平助くんに会えないでいた時、たしかにもやもやしてたかも。それに、気付いてたのかな。

「だから自信を持ちなさい」

さて、私は随分と腹が減った、と呟いてから、武市さんはわたしが両手に抱えていたお膳をそっと取り上げて、さっさと部屋へと入ってゆく。

「あっそれ!いいですわたしが…あの、」

武市さんって優しいなあ。

胸の奥の方がじんわりあったかくなる。ここの人達はみんな、こんな風にしてわたしの事、いつも見守っててくれてる。それがなによりうれしい。

嬉しい気持ちでいっぱいになりながら、わたしは次々残りのお膳を運びながら部屋をいったりきたりする。以蔵、慎ちゃん、起きたばっかりみたいな龍馬さんが目をこすりながらわたしとすれ違う。

「おはようございまーす!」

「おうりり!おはようさん」

さっきの武市さんの言葉を思い出して、そんなに顔に出ちゃってるのかって少し恥ずかしくなった。

けど、寺田屋のみんなと、それから平助くんに信じてるって、ここに居てもいいって言われたから。ものすごく嬉しかったし、本当に落ち着ける場所をみつけたんだって思えた。多分そこから少しずつ、わたしの何かが変わり始めたのかな。

不安が溶けてなくなっていく感覚っていうのかな…。

4人が集まると途端に騒々しくなるのは相変わらずで、わたしは最後に自分のお膳を運ぶ為にもう一度炊事場へと引き返す。

「・・・。先生、香を変えられたのですか」

「いや。これは、りりさんのものだろう。匂い袋か何かか・・・」

「姉さんから甘い香りって、なんか意外ッスね」

「あいつも腐っても女だからな」

「以蔵くん、姉さんに聞かれたら殺されますよ」

「・・・粗方龍馬あたりが虫除けの為に彼女に贈ったもの、なのではないのか」

「なーんじゃ朝から騒々しい!わ、ワシではないき!」

三人から同時にやりこめられている龍馬さんの様子が、炊事場に漏れ聞こえてくる声だけでも手にとるようによくわかった。騒がしくて賑やかな、いつもの寺田屋の朝が始まる。







「りり!」

お昼になる前に、と女将さんに買い物を頼まれて寺田屋の軒先まで歩み出たところで、後ろから龍馬さんに呼び止められた。

「これからちょっと、買い物に出かけて参りますね」

「ほうか、買い物か〜」

「はいっ。あ、何かご入り用でしたら一緒に買ってきましょうか」

そうじゃのう、と龍馬さんは上がり框の上にしゃがみこんで顎をひとつ撫でる。何か思い出そうとしているみたいに。

「うんにゃ、なんちゃあないが…ワシもりりにくっついて出掛けようかのう、気晴らしに」

「えっ」

ぱっと顔を輝かせて、龍馬さんがそのままわたしの顔を見上げてにんまりとする。急な申し出に驚いて口から変な声がでてしまった。

一緒にですか、と言い出そうとしたそのタイミングで、わたしと目を合わせた龍馬さんは、また突然眉を八の字に下げながら

「と、言いたいところだったんじゃが、今まさに片づけねばならん事を思い出しよったがじゃ。すまんのう、おまんと散歩したい気持ちは山々なんじゃが…部屋へ戻るきに」

あちゃあ、と鳥の巣頭を抱えて、龍馬さんはちょっと、いやかなり落ち込んでいるみたいだった。

「今度、龍馬さんのお仕事が落ち着いているときにでも…」

それにわたしは今日は、あくまで散歩ではなくお使いを頼まれているのだったし。

「そうじゃな、そうじゃな!まっこと、りりは優しい女子じゃのう。…ほれ、これで何か好きな菓子でも買ってくるとええがじゃ」

そうしていつかみたいに、ぽん、と龍馬さんのお財布を手渡される。

「えっでも」

「ワシの分もな。帰ったら部屋…」

「立ち寄りますね!お金も預かってるし」

そう答えた時の龍馬さんは、うんうん、と子供みたいに嬉しそうな笑顔を浮かべていた。框にしゃがみ込むから、龍馬さんのくしゃって笑う顔はわたしの目線にとても近い。おやつを待って尻尾を振られてるみたいに、可愛いなあって不覚にも思ってしまう。

改めて、行って参ります、と挨拶して、龍馬さんに背中を見送られながらわたしは歩き出す。





寺田屋の前の通りから逸れて細い路地に入るまで、振り返ったら龍馬さんと目が合いそうな気がして、なかなか出来なかった。
何というか、正直なところ後ろめたいんだ。だって龍馬さんに呼び止められるまで、頭の中の半分以上はもしかして今日、平助くんにばったり会えないかなって事だったから。

龍馬さんから預かったお財布が、ずしりと重い。

あの日、平助くんと再会した日みたいだ。お守りみたいで心強い。あの日と少しだけ違うのは、最初に感じていた心細さが今はすっかり取り払われてしまった事だ。

たくさんの人の足で踏み固められた土の上を、少しは履き慣れた草履でとぼとぼと歩く。

うん。自分で言うのもおかしいけれど、ここにタイムスリップしてきてから私はそれなりに、段々とこの生活に慣れつつあるんだと思う。

女将さんを真似して結い上げた髪も、最初は慣れなかった着物も今はこのほうが楽だし、周りから変な目で見られることもなくなったからか居心地がいい。

町へ出れば、たくさんの人が通りを往来してゆくし。テレビの時代劇の画面の中に入ったまま過ごしているみたいで、気にしなければ案外面白いかもねって思う。画面に映っていないところってもしかしてこんな風だったのかなって。

曲がり角にある店のご主人と丁度店先で鉢合わせて、軽く挨拶を交わして通り過ぎる。

まだまだ緊張するけれど、同じ道を何度か通れば、何度も出くわす人を私も覚えるし、向こうにも何となく覚えてもらえる。龍馬さんや武市さん、以蔵に慎ちゃん、寺田屋や女将さん。わたしを守ってくれる場所は、この町の中にあって、この町の人たちと一緒にわたしはここにいるんだなあ。

段々そういうことがわかってきた。そういう世界に今いるんだなあ、ってしみじみ実感する。

寺田屋からお堀にかけられた橋を渡ってしばらく歩くと、一番人通りの多い道に出る。そこで棒を担いだ魚売りのおじさんを見つけて捕まえると、お目当ての品にやっと辿りつく。女将さんが言ってたけど、この魚は夜の夕餉に加える一品に化けるらしい。

「買えたぁ〜」

何度かこうして買い物を頼まれるけれど、その度にちゃんと自分に出来るのかすごく不安。

「お嬢ちゃん、毎度おおきに〜」

にっこり笑うおじさんに何度も頭を下げながら、わたしは嬉しくってぴょこぴょこ跳ねてしまう。よし!これで帰れる。あとは龍馬さんのおやつだ。

お買い物、ちょっとずつだけど楽しくなってきたかもしれない。

うふふ、ってつい笑みがこぼれてしまう。何かひとつ出来るようになるって楽しいものだな。

多分ね、そう思えるようになったのは龍馬さん達に運よく出会えた事も大きかったけど、きっと…

「りり!」
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