一寸先は闇

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少年の耳に押し込まれた小型の無線機から、別の少年の声が聞こえた。
凪と呼ばれた少年よりも少し低く、大人っぽい落ち着いた声音だ。

「足跡なら見つかった。でもだいぶ時間がたってる」
『他の皆も似たような感じだよ。もしかしたらもうここにはいないのかもね…』

はぁ、と無線機から疲れきった溜め息が聞こえた瞬間、ギィとドアが開く時に鳴る独特の音が倉庫内に響き渡った。
凪は瞬時にホルスターの銃を掴み、同時に音が聞こえた方向へ懐中電灯を向けた。
そこには裏口だと思われる銀色の古びたドアが開きっぱなしになっていた。
まるで手招きをしているみたいに風でゆっくりと揺れるドアは、ホラー映画のような不気味さと怪しさを漂わせているが、ただそれだけで特に異変は見当たらなく、他に何かが起こる気配もしない。
最初から開いていた?それともちゃんと閉まっていなかったのが風で開いただけ?

『どうした?凪?』

状況を知らない無線機越しの心配そうな声に答えようと凪が口を開いた瞬間、凪は開いたドアの下に見覚えがある痕がある事に気がついた。
ドアの下に帯のように続く赤い痕。先程見たものと同じ。
唯一の違いは、それがシャッターの下のものとは違い、水っぽく真新しい事だけ。

「…ッ!!」

一歩後ろに下がり、ホルスターから銃を抜こうとしたのとほとんど同じタイミングで、真横から鮹の足のような巨大な触手が飛び出てきて凪の横腹を思いっきり殴りつけた。

「ア、がッ…!」
『凪ッ…?!』

殴られた衝撃で凪は壁に強く叩きつけられた。
横腹と背中にビリビリと電流が走ったような激痛が襲い、凪の細い身体はそのまま壁を伝って床に落ちていく。
凪は歯を食いしばり、痛みに耐えながら目の前の暗闇の中に潜む『何か』を睨みつける。
殴り飛ばされた時に落とした懐中電灯が倉庫内の一部を照らし出しており、その光の端っこで赤い液体を噴出しながらぐねぐねと蠢く数本の巨大な触手が見えた。
自分の腹部をちらりと見ると自分のものではない赤い液体、血が白いシャツにべっとりとついていた。
シャッター下の血痕の正体は目の前のバケモノで間違いない。
凪は小さく舌打ちをする。

「…油断した。目標発見」
『了解!今すぐ啓太(ケイタ)達をそっちに…!』
「間に合わないと思うけどな」

凪のその言葉が合図になったのか、大量の触手がまるで拳を握るように先端を丸め、闇の中から襲いかかってきた。
凪は銃を抜き、二発連射した。
一発は触手のうちの一本に、もう一発は伸びる触手達の中心、バケモノ本体がいるであろう闇の中に狙いを定めて撃った。
銃声が響く。

「ギィヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーッ!!!!!!!!」

銃弾は見事に命中したのか大量の血が零れ落ちる音と、銃声よりも大きな、耳が張り裂けるような甲高い悲鳴が静寂で満ちていた工場地帯全体にこだました。
凪に襲いかかってきた触手は痛みに耐えるように身じろいでいたが、すぐにまた凪に向かってきた。
相手の顔は見えないが、倉庫内に反響する荒い呼吸やピリッとした空気からその目には怒りの炎が浮かんでいる事が手に取るようにわかる。
凪は地面を蹴り、横へ跳ぶ。
その瞬間。

「ツっ…!」

凪の右目に鋭い痛みが走った。
眼球が熱くなり、とっさに手で右目を覆いそうになるが、左目が眼帯でありこの状況で死角を増やすわけにはいかない。
それに凪にとってこの状況でのこの『痛み』は正に『好都合』だった。
凪は痛みに耐え、目を大きく見開き襲いかかってくる触手達を凝視する。
瞬間、視界がぐらりと揺れる。
凪の視界が、世界が、真っ赤に染まり、触手達の動きが全てスローモーションへと変わる。
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