一寸先は闇

□プロローグ
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「…でも、寝坊って…出鼻挫かれたな」

我ながら本当にバカだ。
これじゃいつも通り。
いつも自分は待ち合わせに遅れていく。
約束だって、守った事よりも破った回数の方が断然多い。
そのたびにアイリは頬を膨らませて、怒って、怒鳴って、でも最後には必ず笑ってくれる。それが凄く凄く嬉しくって。
開き直るつもりはないけれど、今日もいつも通りに会って、いつも通りに怒られて、笑って、でもきっとその後は違う。
指輪を渡したら想いを伝えたら、アイリはどんな顔をするのだろう。
想像を膨らませると自然と笑みが零れる。真理は彼女を想う。
ごめん、今行くからな。
指輪ケースを白衣のポケットに丁寧に入れると真理は体の向きを変え、オフィスを出ようとする。
すると、まだ距離があるのにも関わらずセンサーが反応し、出入口である自動ドアが音を立てて横にスライドした。
真理は驚いて立ち止まる。
開いたドアの向こう側には、見知った顔の『彼』が立っていた。

「びっくりした。なんだお前か」

真理は彼に笑いかける。
いくつも年下で、まだ十代前半の幼い彼。
兄弟のように育った彼に隠し事なんて悪いが、これからアイリにプロポーズしにいくなんて羞恥で死んでも言えない。
全部終わったら、全部ちゃんと伝えるからな。
内心で彼に謝りながら、真理は緊張や期待で高まった自分を隠す。
彼は真理をじっと見つめるとゆっくりとうつむき、その場に立ち竦んでしまった。少し様子がおかしい。

「どうした?」
 
真理が優しく声をかけても彼はまったく反応しない。
心配になった真理は彼に歩み寄り、その小さな肩に手を置いた。
彼の肩は震えていた。泣いているのかもしれない、そう思った真理は彼の名前を呼んだ。

ドンッ!!

すぐ近くで聞こえた轟音に、言葉がかき消された。
真理と彼の体が何かの衝撃で揺れた。
腹部に違和感を感じる。
真理は自分の視線を下ろした。
そこにはおかしな光景が広がっていた。
自分の真っ白な白衣がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
…これは…、なに…?
ガクンと自分の意志とは関係なく膝が勝手に床についた。腹部をおさえる手にもべっとりとした気持ち悪い赤がつく。
痛みが、焼け付くような激痛が真理を襲った。

「ひあ゛ッ…!あ゛う゛ッ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!」

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い…!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…痛いッッ!!!!!

生まれて初めて味わう死を感じる痛みに耐えきれず真理は床に転がった。
何がおこったのかわからない。痛みで頭が上手く回らない。
真理は無我夢中で目の前の彼の足を掴んだ。助けを求め、彼を見上げた。

「…え…?」

思考が、世界が止まったような気がした。
絶望が溢れ出す自分の目を真理は疑った。
そこでやっと辺りが焦げ臭い事に気付く。
見上げた彼の手には、硝煙を纏った一丁の拳銃が握られていた。
 
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