一寸先は闇

□プロローグ
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19xx年. 


浅くなった眠りの中で光の眩しさを感じた。
白い天井にぼんやりと浮かぶ蛍光灯の光が、目にちくちくと突き刺さる。
暗闇に慣れた目を庇うように腕で視界を塞ぎ、覚醒しきらなかった意識を再び眠りへと落とそうとするも、あるひとつの記憶が脳裏を掠め、それを阻止した。

「ちょっ…!いま何時っ…?!」

白衣を着た青年は、寝転がっていたソファーから慌てて飛び起きた。短い黒髪が寝癖で所々跳ねてしまっている。
誰かしら答えてくれるだろうと思った問いに返事はなく、たくさんのディスクやコンピューターが並んだオフィスはガランと静まりかえっていた。
自分以外誰もいないその空間を見て青年─真理(マコト)は呆れて苦笑った。
 
「…全員、上司を置いて帰りやがった…」

恐る恐る自分の腕時計に視線を落とすと、針は真夜中を指していて起きる予定だった時刻から一時間近くもたっていた。
身体中の血が引いて、顔が青くなっていくのがわかる。
完全に寝過ごした。時間になったら起こせと言ったのに、何故。
そこまで考えると、真理は頭の隅にうっすらだが自分を起こしにきた部下に『睡眠の邪魔をするな!』と怒鳴りつけ、二度寝を決め込んだ自分の記憶がある事に気がつく。多分夢ではない、と思う。
…寝ぼけている奴の言う事なんか真に受けるなよ。
責任転嫁とは正にこの事だが、ここにいない部下に舌打ちをする。
真理はソファーから立ち上がると、頭をかきながら自分のディスクへ向かった。
今日は約束があった。前からしていた大切な約束だ。

─どうしても伝えたい事があるから、いつもの場所で…─
 
先日、そう真理に言った『彼女』の顔はわかりやすいくらい真っ赤だった。
よく鈍感だと周りから言われる真理でも彼女─アイリが自分に何を伝えたいのかすぐにわかった。
自惚れてる、のかもしれない。
だけどずっと彼女と一緒にいたからこそわかる。
自分も同じ気持ちだから。
だから自分も伝えたい事があるとアイリに告げた。
そう言った時の自分の顔は、アイリと同じくらいかそれ以上に真っ赤だったと真理は思う。
その後、じゃあ後日にと、お互い林檎みたいな顔でとてつもない気まずさの中、ギクシャクして別れたのを思い出すと恥ずかしさで身体中が痒くなった。
真理は自分のディスクの引き出しを開けた。
引き出しの中には、判子や書類に混じって指輪ケースがちょこんとしまわれていた。
ケースを開けると、そこにはイルカをモチーフにしたブルーサファイアの指輪がキラキラと輝いていた。
今日という、アイリとの約束の日のために用意したものだ。
覚悟はした。もう迷いはない。どうしても伝えなきゃならない想いがある。
 
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