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□眠り姫に目覚めのキスを、
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「名前、さん」

静かに名前を呼んでみる。今日の放課後図書室に来て欲しい、と頼まれていたのにこういうときに限って本当にツイてない。
教室に最後まで残っていた僕に気付かず担任が施錠してしまったのだ。通りかかった黄瀬君が居なければきっと僕は今日一晩この教室で過ごすことになっていただろう。
本当にツイてないな、と思いながら時計をふと見れば、もう7時を過ぎていた。彼女は怒って帰ってしまっただろうか、そんな心配をしながら図書室の扉をゆっくりと開けると彼女は貸出カウンターでぐっすりとしていた。
そして冒頭の僕のセリフ。

名前を呼んでも起きる気配は全くなく、心地良さそうな寝息が聞こえるだけだ。嗚呼、どうしよう。なんだか無理に起こすのも気が引ける。
起きるまでまってみるのもいいかもしれない。僕はこの眠り姫が目覚めるまで美しい姫の容貌を観察してみることにした。

白くて滑らかな肌に、薄い赤が広がる頬。長い睫は天に向かって仰いでいる。可愛らしい唇はほんのり赤くて、少し触れたいと思ってしまった。長い黒髪は艶やかな光を発していて、触れずともさらさらなんだろうな、と理解できた。
こんなにも近くにいるのに触れることが出来ぬことが悔しい。

「眠り姫は……キスで目覚めるんですよね…」

ゆっくりと自分の顔を彼女の顔に近付けてみる。でもキスは起きているときにしたいな、なんて出来るはずもないことを思いながら、顔を遠ざけた。
時計を見ればもう9時だった。さすがに、と思い名前さんを起こそうとしたが、ふと嫌な予感がした。
扉に近付いて開こうとしてみるけど、やっぱり、開かない。

まず彼女を起こして二人で脱出方法を考えるか、僕もこのまま寝てしまおうか。そんな二択を迫られながら僕は誰かが通り過ぎて気付いてくれるのに望みを掛けた。



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