夢小説2

□艶めきバレンタイン3幕捏造
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(今ならまだ起きてるかな。)


自分なりに可愛い和紙などでラッピングをした羊羹を手にもって
そっと階段を下りていく。
いつもの廊下を静かに歩き、秋斉さんの部屋へと向かい
明りの漏れる襖の前でそっと息を整えた。


「秋斉さん。いらっしゃいますか?」


声をかけると、ほんの少し間が空いた後で『お入り』と返事が返ってきた。
襖を開けて部屋に入ると、いつもの様にきちっとした身形で文机の前に座る秋斉さんが
口元に笑みを乗せ「どないしたん?」と横目でこちらに視線をよこした。


「あの…。」


そわそわと落ち着かない。
なかなか用件を切り出せない私に秋斉さんがふっと笑う気配がする。
気恥ずかしくなって俯いていると、文机から私の方に向きを変えた秋斉さんは
もう一度「どないしたん?」と私が話を切り出しやすいように優しく声をかけてくれた。


「…実は、これ…貰って頂きたくて。」


背中の方に隠し持っていた羊羹をそっと畳の上に滑らせる。
秋斉さんはそれを受け取ると、数度瞬きをしてから私を見返した。
頬を火照らせながら『あけて下さい』と伝えると、長い指がそっと包みを開く。



「…。」


出てきた羊羹を目にした秋斉さんが、暫く沈黙する。
何を言われるだろうと、息を殺していると
やがて沈黙を破った秋斉さんは思ってもみない言葉を私に投げかけた。



「おおきに。せやけど、これは大事な人に渡した方がええよ。」


弾かれたように顔を上げた私が目にしたのは、綺麗な唇を弧に描き
いつも私達を揚屋に送り出す時に見せる楼主の顔をした秋斉さんだった。


「…その大事な人が秋斉さんだって、思ってはくれないんですか?」


いつも通りの品のある笑みに子供に話をするような優しい声色。
今、秋斉さんは私にとても優しくしてくれているはずなのに
酷い言葉を突きつけられたのと同じくらい胸が軋んだ。


「はは。わては楼主や。あんさんからこないな物を貰えるような立場やないよ。」


秋斉さんは羊羹を綺麗に包みなおして畳の上に置く。
相変わらず口元には優しい笑みを乗せて…。
楼主だから、遊女だからといつも秋斉さんは私を”秋斉さん”に触れさせてはくれない。
何も言えなくなった私に、彼は
『今日は疲れたやろう。もうお休み。』と労りの言葉を続けた。




*



「…受け取るだけ受け取ってもらえませんか。」

「…。」


文机に向きなおろうとした秋斉さんがぴたりと動きをとめ、
もう一度こちらを振り向いた。

きっと困ってどう切り返そうか考えてるんだろうな。
そうは思うけど、せめて受け取っては欲しかった。
私の気持ちを信じてくれなくてもかまわないから。



「他に渡す人もいないんです。私も…あまり羊羹好きじゃなくて…。」

「…○○はん。」


静かな部屋に秋斉さんの声が落ちる。
羊羹が好きじゃないなんて嘘は、秋斉さんならすぐに見抜いてしまったはずだ。
困ったような声色にぎゅっと膝の上の手を握りしめた。


「…ごめんなさい。」


大事な人だから。分かってくれなくてもかまわない。
なんて言いながら、結局自分の気持ちは曲げれなくて、
誰よりも秋斉さんの役に立ちたいと思うのに今の私の気持ちは矛盾してる。

情けない。
こんな風に困らせたかったわけじゃないのに…。
きっと今の自分の顔も酷いものだろうな。
こんな顔は見られたくないと思って、自然と俯いてしまう。


「…○○はん。」


名前を呼ばれても返事も出来ず、顔を上げる事も出来ない。
このままもう一度謝って部屋に戻ろう。そう思って口を開きかけた時、
つっと頬に冷やりとした指先が触れた。


「そないな顔をせんといて。」


頬を撫でた指先が滑り、救うように私の顎を撫でていく、
つられて顔を上げれば、困ったように長い睫毛を揺らす秋斉さんがこちらを見ていた。



「嘘や。あんさんがこれをわてに渡す意味は嫌と言うほど分かってます。」


壊れ物を扱うような、ほんの少しの戸惑いを交ぜながら私の目尻にも指先を滑らせて。
黙ってそれを受け止めていると、『かなんなぁ』と自嘲の笑みを零した。




*
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