短編の間

□Last summer
1ページ/1ページ

「夏目のやつ、夏休み最後になっても来なかったな。」



俺達は、今年の夏ある約束を実行していた。

俺と永見と池谷と夏目。

この4人で、池谷の家にお泊りするという約束を。

だが、お泊りする前になってイキナリ夏目は行けなくなった、と言った。

何故か聞いてみたが、ふざけるばかりで答えてくれなかった。



「夏目が一番張り切ってたのにな。」

「男3人に女1人はさすがに社会的に駄目だって。」

「大丈夫だって。夏目は可愛いけど、大丈夫。桜井がいるから。」

「俺が頼みの綱かよ。」



それからも、夏目の家に電話して聞いてみるが、夏休み最終日になっても答えてくれなかった。


永見と池谷は夏休み最後だっていうのに、課題が終わっていない。

俺のを見て、済ませようとするが一向にペンが動いていない。

口だけが動いている。

今日は永見と池谷の課題を済ませてから、夏目の家に行こうと思ったのに・・・行けれそうに無い。

二人とも、行きたいという気持ちは大きいが




俺達4人は、仲良しである。

幼馴染って訳じゃないけど、何かいつの間にか仲良くなっていた。

俺が友達を作るのを躊躇っていた時に、永見と池谷、夏目が話しかけてきて、仲良くなった。

それからは、学校でも4人、帰るときも4人で、という日が続いた。

夏目は女子にも関わらず、俺達3人の男子の中にいる。

何故か聞いてみると、



『女子との話は面倒だし、桜井達といた方が100倍楽しいから。』



と言っていた。

変わった奴だな、と俺が言うと、夏目は何故か微笑んでいた。

夏目は本当に、変わっている。



「おっ、桜井。もしかしてお前、夏目の事考えているな?」

「桜井が恋という青春の風に吹かれているだとっ!?」



永見は間違っていないが・・・池谷、お前は間違っている。

俺は深く溜息を付き、池谷の頭をグーで殴る。



「痛っ!;」



池谷はそのまま畳に転がり、頭を抑えてもがく。

そうとう痛かったらしい。

そりゃそうだろう。

俺の拳も悲鳴をあげているんだからな。



「別に俺夏目の事好きじゃねーし。」

「そんな事言うと夏目が悲しむぞー。」

「友達的な意味では好きだぞ?別に恋愛的な感情は無い。」

「まっ、そうだよな。」



納得したかのように永見が言うと、課題に取り掛かった。

永見の真剣な表情を見て、俺はすぐに池谷を見る。

まだ畳に転がって、頭を抑えてもがいている。

俺はまた深く溜息を付いた。



「池谷もさっさと課題済ませろ。夏目のトコ行くんじゃなかったのかよ。」

「そうだった!!」



今思い出した池谷は、ヤル気に満ち溢れた目で課題に取り掛かる。

が、10秒も経たずに消滅した。



「桜井・・・無理だ・・・俺もう無理・・・」

「死ね。」

「酷いっ!;」





夏の暑さと透き通る風鈴の音は、何の前触れも無く嵐を呼んだ。





「うっわ・・・豪雨だ、豪雨。」

「夏目の所に行けそうにないな。」



昼から夏目の家に行くつもりだったが、局地的な豪雨で外に出られそうに無い。

幸い、電気は通っており、電話をする事になった。

2〜3回コールすると、ガチャと音がした。



『はい、もしもし。夏目です。』



出てきたのは夏目の母だった。



「もしもし、桜井ですけど・・・」

『あっ・・・桜井君・・・・』

「悠、いますか?」

『・・・・・』



何故か、夏目の母は黙りきってしまった。

電話の奥の、しんみりとした空気が肌に伝わってくる。



「もしもし・・・?」



何も、返事がこない。

すると、鼻をすする音と、かすかに嗚咽も聞こえる。



『・・・・よく聞いて・・・・・悠は・・・・死ぬの・・・・』



間。

何があったかは、分からなかった。

多分その時の俺は、混乱していて何も考えてなかったと思う。

ただ、受話器は放してはいけないと思って、しっかり握っていたのは分かる。



『悠ね・・・・ずっと前から心臓癌で・・・・治らないほど悪化してたの・・・・・』



心臓癌なんて、聞いた事無かった。

友達がそんな病気に罹っているなんて、思いもよらなかった。



『でも・・・桜井君や永見君、池谷君とずっと一緒にいたかったから・・・無理して学校に行って・・・・・』



だからあいつ、一緒に泊まる約束の時は痛みと辛さに耐え切れずに来れなかったのか?

俺達に迷惑がかかるからか・・・?



『昨日・・・桜井君達からの電話を切った後・・・・倒れて・・・・・・今、南病院で・・・もう・・・一日も持たないって・・・・』



喉が辛さで埋まって、何も声が出てこない。

永見と池谷の声も、聞こえない。

何もかもが埋め尽くされる中、頭の中に夏目の笑顔が浮かんだ。



『悠ね・・・・・きっと桜井君達から電話があるからって・・・自分じゃ出れないから母さんが出て、このことを伝えて・・・って・・・』



嗚咽が受話器の向こうから聞こえる。

とにかく、頭の中に、夏目が笑顔で、ハッキリと浮かぶ。

何故か何度も見る夏目の笑顔が輝いて見えて。



『でね・・・悠はこの事を伝えたら・・・桜井君は悠の所に絶対に行くって・・・



ガシャン



俺は受話器を手から離し、玄関で靴を履いて豪雨の中を走った。

向かうは南病院の夏目の所。

心臓癌やらなんやら、どうでもいいが夏目が死ぬなんてありえない。

この眼で確かめないかぎり、信じない。

豪雨の中、涙の様に顔を滴る水滴は何故か、怒りを生んだ。

俺達とずっと一緒にいたかったから、入院もせずに無理して学校に?

そんなの、死んだら意味ねえじゃねーか。

死んだら、もう会えねーじゃん。

そんなの・・・・



「そんなの・・・・ぜっっってーっ、許さねーよっっ!!!」



そう叫んだ俺は、只管走った。

走って走って、只管走って。

雨や風なんて、見方によっては最適だ。

走る速度も上がるし、涙も雨でカバーできる。

夏目や皆の前で、涙流してるなんて恥ずかしいからな。



すると、俺の目の前に走るのを妨げるように黒い車が止まる。

助手席の扉が開くと、池谷が出てきた。



「桜井、乗れ。」



状況はすぐに分かった。

後ろの扉を開くと、永見が乗っていた。

永見も池谷も、既に状況が分かっており、険しい顔をしていた。

運転していたのは、池谷の父だった。

池谷が「出して」と言うと、すぐに急発進して南病院に向かった。

ここからの記憶はあまり無いが、窓の向こうの雨の中の街を見ていたのは覚えていた。





南病院の入り口を3人で急いで入ると、すぐに夏目の母がいた。

夏目の母は「こっちよ。」と言い、急ぎ足でエレベーターに乗る。

やけに時間が長かったエレベーターから4階へ降りると、右に曲がるとすぐにある病室へ。

「夏目 悠」と書かれた札を見て、すぐ分かった。

普通の病室じゃないという事を。

扉を開くと、そこは勿論想像していた通り、夏目がベットに寝ていた。

気持ち悪いほど複数の管やコードが夏目に繋がられている。

俺達に気がついたらしく、夏目は閉じていた瞼を開きこちらを見る。



「来て・・くれたんだ・・・」



そう言うと、弱々しく微笑んだ。

夏目らしくない、元気のない笑顔。



「来てくれたんだ・・・じゃねーよっ、何だよこれっ、何だよこれっ!!」



池谷が今にも泣きそうな声で怒鳴った。

それでも、夏目は微笑んだまま、こちらを見ていた。



「ごめん・・ね・・・・泊まりに行けなくて・・・・怒ってる・・・よね・・・・」



「あぁ、怒ってるさっ!!お前が嘘ついたことと、こんな事になったという事になっ!!」



池谷が怒鳴ると、永見が池谷の肩を叩いた。



「・・・池谷・・・・・冷静になれ。」



「冷静になれるかよっ!こんなの・・・こんなのっ、・・・認めねえよ・・・!!」



永見の嗚咽が聞こえた。

その様子を見て、夏目が少し申し訳なさそうに微笑む。



「ごめん・・・・・でも・・・・来てくれて・・・嬉しかったよ・・・・」



池谷も永見も、泣いていた。

俺だけが、涙が出てないらしい。

池谷と永見もどちらも夏目の話を聞ける状態じゃないから、俺はまっすぐ夏目の話を聞く。



「お泊り・・・行きたかったなぁ・・・・」



「・・・お前がいなかったから、心細かった。」



俺と永見と池谷でも楽しい。

でも、一人いないと、一人欠けるとやっぱり寂しい。

3人の中に、もう一人、足りなかった。



「体育祭も・・・文化祭も・・・したかった・・・」



「俺も、池谷も永見も一緒だ。」



今年こそは、体育祭で盛上がって、打ち上げして。

文化祭は4人で行動するつもりだ。

約束したからな。



「皆で・・・・修学旅行行って・・・」



「馬鹿な事をする。だろ?」



ふざけて、楽しくワイワイ。

いつも以上に盛上がって・・・



「うん・・・・・ねぇ、桜井・・・・」



「・・なんだ。」



夏目の微笑みが、今にも消えそうだった。

すると、腕に精一杯力を入れて、俺の前まで手を伸ばしてきた。

もう力が入らない筈なのに、頑張って。



「私達・・・親友かな・・・・」



伸ばされた手は極限まで痩せ、元から細かった指はもっと細くなり骨そのものの様だった。

俺はその手をしっかりと両手で掴む。

夏目の手は、暖かかった。

温もりが、ちゃんと伝わってきた。

すると、池谷と永見が両端に来、同じく夏目の手を握った。



「親友じゃない訳っ、ないだろっ!」



「あぁ、当たり前だ。俺達、昔から親友だ。」



夏目は少し吃驚した顔で、池谷と永見を見た。



「・・・・コイツ等の言うとおり・・・前世でも、来世でも、ずっとずっと、親友だ。」



俺が少し微笑むと、夏目も微笑み返した。

此処一番の、輝く微笑で。



「・・桜井・・・永見・・・池谷・・・・ありが・・と・・・・」



夏目の手の力が抜けた。




夏目は夏休み最後、俺達の目の前で息を引き取った。







「あーあ、卒業しちまったぜ。」



「だな。3年間があっという間に過ぎたなー。」



「だよなー、あっ、これから打ち上げ行こうぜっ!」



「良いなっ、行こうっ。」



「あぁ・・・あっ、夏目、お前も行く・・・か・・・・」



「・・・・・・・・池谷、お前・・・」



「・・・夏目・・・・」



「ごっ・・・ごめ・・・」






『行くっ、私も行く!!』




                                           Last summer 〜end〜

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ