図書館への寄贈本

□和泉様より
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※修くんが22歳で元彼女持ち設定(詳しい設定(話のネタバレ有)はキャプション)



平和に溢れていた日常に、突如絶望が現れるとは、誰が予想できただろうか。

争いや戦争と無縁なぼくらにとって、テレビや漫画といったフィクションでしか見たことがない形をした白いそれ―トリオン兵―をノンフィクション、つまり現実として受け止めることができるはずもなく、敵だとも考えるはずもない。何かの映画の撮影?といった程度の意識であろう。

だからぼくらはそれが人を蹂躙し始めてから理解する。それは、ぼくたちを殺しにきたものだと。

脳が理解しだしてからは簡単だ。誰しも生き残ろうと逃げ惑う。走り、叫び、焦り、パニックが起こる。混乱した人間ほど狩りやすいものはなく、敵の思うツボでしかない。


こういうときに、ぼくは冷静になれてよかった。化物たちが闊歩するこの街には、ぼくの愛した人がいる。ぼくの愛した人の大切な人がいる。そう思うだけで、恐怖を抑えれた。

ひたすら、走った。助けを求める声を無視し、断末魔を聞こえないふりをし、彼女の家へ全力で走った。


彼女の家へ着くと、ちょうど彼女と彼女の弟が家をでて、避難しようとしていた。ぼくは彼女たちに駆け寄った。ぼくも、彼女も、彼女の弟も、互いに無事であったことに安堵の笑みをこぼしたが、近くで悲鳴が聞こえてきた。

ここも安全ではないと、ぼくらは顔を見合わせ、安全な場所を探しに逃げようと動き出した途端轟く爆音。こちらに迫り来る白い巨腕。

咄嗟に彼女の弟を突き飛ばし、彼女を抱え込むけれど、ときは既に遅し。トリオン兵の攻撃はぼくの腹を貫通し、彼女の胸を一突き。敵が刺した腕を引き抜くと、その衝撃でぼくと彼女は地面に打ちつけられた。並び合うぼくと彼女。ぼくの腹と彼女の胸から溢れる赤は混じり合い、零れおちていく。彼女の、命すらも……。

ぼくの薄れゆく意識のなか、ぼんやりと見えた風景。彼女の体を抱え泣き叫ぶ秀次くんと、こちらを見下ろす青い瞳、血を、魂を洗い直すような雨が嫌なほど記憶にはっきりと焼きついていた。

残酷で、無慈悲で、ただただ辛いだけで、いいことなんてひとつもないけれど、忘れてはいけない大事な記憶。


あれから、あの日から、4年と半年もたった。 

トリオン兵と戦う力を持つボーダーが設立され、戦える人も、設備も、組織も整い、あの惨事は起こっていない。

ぼくはといえば、彼女の弔いのため、なんて綺麗事ではないけれどボーダーに入隊した。

最初は悲しくて、悔しくて、自分に力がないことに絶望していて。でも、なにもできない自分のままでいるのも嫌で、ボーダーへ入隊を希望した。悩んでいたって意味はない。前へ、彼女の分も、前へ進まないとぼくはきっと彼女に怒られてしまうから。それに、ぼくが見捨てた命のためにも、進むしかなかった。

ボーダーで過ごしていくうちに、どんどんぼくの志が増えていった。前に進むため。ぼくと同じ境遇の人を作らないため。ぼくがそう思ったことを、やりたいと思ったことを突き通せる力を得るため。これ以上大切な人を喪わないようにするため。

ぼくを慕ってくれる子、ぼくに師事してくださった先輩、ぼくと競い合ってくれる人。大切な人も増えていく。ぼくの世界が広がるにつれ、守るために戦うようになっていった。

今だって、そう。



「修さん」

「あれ、迅くんどうしたの?」

「お願いがあります」



物思いにふけながら本部のロビーを歩いていたら、珍しく真剣な顔をした迅くんに声をかけられた。

……未来の分岐に関わるサイドエフェクト関連、かな。迅くんがこんな顔をするの。わざわざ、『お願い』とまで言うんだから。普段の彼ならさらっと助言のような、預言のような言葉を残すだけなのに。



「ぼくにできることならやるよ」

「修さんにしかできないことなんです。会って欲しい人が1人……いや、2人います。今から玉狛に来ていただいてもいいですか?」

「今日は任務ないからいいけれど、迅くんとその2人の予定は大丈夫?」

「はい、そこらへんは抜かりないですよ。実力派エリートですから!」

「ふふっ、そうだったね。じゃあ行こうか」



気の抜けた笑みを浮かべながらいつもの口上を述べる迅くんに思わず笑いが溢れてしまう。

ぼくの反応が嬉しかったのか、迅くんは真剣な表情から一変嬉しそうに微笑む。やっぱり、彼にはこういった顔が似合う。

玉狛へ向かう道中、本部所属の子たちから、ぼくと迅くんの組み合わせが珍しいのかちらほら視線が向けられる。迅くん自体、玉狛所属で、しかもS級だからなかなか会える機会のない子だしなあ。

今、遠征に行っている太刀川隊や風間隊、冬島隊がいたらちょっとか違っていたかもしれないけれど。太刀川くんが模擬戦誘ってきたり、出水くんがランク戦誘ってきたり、風間くんに師事をあおがれたり、冬島さんに飲みに誘われたり、柚宇ちゃんにゲーム誘われたり……。こうして少し上げただけでも、みんなにすごく良くしてもらってるな。本当にありがたいことだ。



「あれ?迅さん!!修さんも!」

「おー、駿か。ぼんち揚げ食う?」

「もらいます!それにしても珍しい組み合わせですね」



人ごみの中から迅くんとぼくの姿が見えたのか大声を上げ、こちらへ走ってくる駿くん。

まるで大好きなご主人様に尻尾を振りながら駆け寄ってくる犬のようで笑顔がこぼれる。



「ちょっと修さんに用があってね」

「うん、その関係でこれから玉狛へ行くんだ」

「へえ、珍しいですね」

「そうか?っと、時間が押してるからまた今度な駿」

「ええ!?もうですかー!オレもっと話したいです!」

「駿くん、後日になっちゃうけど、時間をとるからそのときにゆっくり話そう」

「ほんとですか修さん!約束ですよ!あ、ランク戦もやりましょうよ!」

「うん、いいよ、今度やろう。約束するよ。じゃあ、またね」

「はい!」



しっぽと手をぱたぱたと振りながら見送ってくれる駿くんに手を振り返し、見覚えがないようで、記憶に染み付いている道を迅くんと歩く。

ボーダーに入りたてのころは勉強だと林籐さんに誘われ、よく玉狛にお邪魔してたからなあ。最近はあんまり行く機会が少なくなってしまったから、たまに嵐山くんを通して桐絵ちゃんが拗ねてるなんて話もたまに聞く。

いくら隊に所属していなくても、比較的任務の数が少なかろうが、どうしても本部付き、しかも後輩指導を主に行っているからなかなか本部を離れるタイミングがない。玉狛のみんなは強いからわざわざぼくが指導しにいくまでもないしね。



「迅くん、ひとつ訪ねていいかな」

「なんですか?」

「無茶をしすぎていない?」

「……なーに言ってるんですか修さん。おれが無茶するわけないでしょ?」

「その間、怪しいよ。無茶するなって言っても、きっときみのサイドエフェクトが、いや、矜持が許さないんだろう?だから、困ったらぼくにも言って。少しかでも助けになれると思うから」



普段はひとりで細々と暗躍している彼が、誰かを巻き込んで動き出した。

つまり、彼ひとりではどうしようもない未来……大きな選択肢が訪れるということなんだと思う。

否が応でも、彼の意志とは関係なく、幾つも何度でも視える絶望と希望。最善の未来を掴みとるため、彼は繰り返される絶望にどれだけ立ち向かうこととなるのだろうか。彼は最善を手繰り寄せるためにどれだけ頭を悩ませるのだろうか。その徒労はきっと、ぼくの、ぼくたちの想像を絶するほどのものだ。

でも、彼は簡単に他者に頼ろうとはしてくれない。その苦労を共有しようとはしない。ただ、自身で考え、行き着いた答えに基づいて助言し、未来を動かしていく。

けれどぼくは、迅くんが自らの意思で選んだことでも、いらないお節介であっても、放っておけないんだ。



「そんな不安そうな顔しないでくださいよ。大丈夫です。ちゃんと修さんに頼りますから」

「約束だよ?」

「ええ、約束します。おれが修さんとの約束破ったことあります?」

「ないけれど、それでもやっぱり心配なんだよね」

「……大丈夫ですよ、おれのサイドエフェクトがそう言っています」



いたずらっ子のように口角を上げる迅くんに、不安は少し残ったけれど、彼のその言葉を信じよう。

迅くんだってわかっているはずだ、人ひとりでできることの限界に。

念には念を入れたし、迅くんの言うとおり、大丈夫だろう。
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