図書館への寄贈本

□になこ様より
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【長閑な日差しのもとで】





良く晴れた日の昼頃、横で寝てしまった陽太郎を見てヒュースはため息をついた。もともと陽太郎がお気に入りのアニメを教えてあげるとヒュースを誘ったのに、当の本人の陽太郎が寝てしまうとは。玄界とはいえ子供は子供、仕方がないことではあると一応分かってはいる。

かろうじて覚えたテレビの操作を頼りに電源までは消せたが、寝てしまった陽太郎を視界に入れてこれからどうしようと悩む。

寝てしまった陽太郎を起こすことは忍びない。そっとしたほうがいいのだろうと思う。テレビをつけたところで玄界の娯楽など楽しめるわけもなく。そもそも玄界の文化など知る由もない。かといって一人陽太郎をこの場に残して、宛がわれた自室に行くのも気が引ける。

つまりヒュースはこのリビングから動く自由を奪われたに等しい。今のところ監禁ではなく軟禁で済んでいるのだから、下手に動いてむやみに相手の警戒を引き上げるのは得策ではないだろう。そうすると、このリビングで時間を潰すしかない。

ヒュースはもう一度ため息をついて、窓から見える外を見た。


そのとき、ガチャリとノブが回る音がした。音に反応してそちらを向けば、眼鏡を掛けた細身の男が立っている。その男はヒュースと陽太郎を見て、ふわりと笑った。


「陽太郎、寝ちゃったんだな。ヒュースとアニメ観るって張り切っていたのに」


隣室にあった毛布を陽太郎にかけて、その男、三雲修は陽太郎の隣に座った。陽太郎を見る目は、まるで兄が弟の世話をしている目だ。実際はもっと歳が離れているのだが、修の見た目からしても兄で通用してしまいそうだ。


「……ミクモは、オレがヨータローに何かしたとは思わないのだな」

「ん?ヒュースは寝ちゃった陽太郎の傍にいてくれたんだろう?」


当然のことを言ったまでだという修の様子に、ヒュースは複雑な気持ちになる。修の目には、ヒュースがどう映っているのだろうか。

強力な戦闘隊員が占める玉狛支部において、この三雲修が戦闘を想とする立場の隊員ではないことをヒュースは知っている。兵士の端くれとして、目の前の人物の力量を測るだけの技術は身につけていると自負しているからだ。そのヒュースが、修は戦闘力で秀でているのではない、どこか不思議な隊員であると感じていた。

しかし強力な隊員たちは、なぜか修に懐いている。強さだけが戦闘員の価値ではないとしたら、いったい何がそこにあるというのか。その理由を陽太郎に聞いたら、陽太郎は自信満々に答えてくれた。


「おさむは凄いやつで、この家を作ったのもおさむだからな!」


どうやらここのリーダーは林藤だが、実質の取り仕切りは修が行っているらしい。そしてこの支部の方針も、修が作ったものなのだとか。近界の技術や文化を異端視しない精神は、修のものを引き継いでいるということになる。陽太郎が守秘義務を理解していないのは、もはやなにも言うまい。

ここからは迅に聞いた話だが、ヒュースを引き取る話も修が上層部に提案してくれたらしい。上層部と修の繋がりは深く、無碍にはできない立場なのだとか。その裏にはエネドラッドの事情もあるのだが、それでもヒュースを本部に監禁ではなく支部に軟禁という処遇に変えたのは、修の尽力故である。


その修と、こうして二人で話す機会というのは実はあまりなかった。それは、誰かしら隊員が修の隣を占めているからだ。その筆頭は、支部の新入りである遊真と千佳である。修がスカウトして連れてきた二人は、修にすっかり懐いて、訓練の合間には修に構ってもらいに行っているらしい。懐いてくれる隊員が可愛くないわけがなく、修もそれを邪険にはしない。

そんな状況で修と陽太郎以外の人が出払っていることは、とても珍しかった。林藤は普段自室で書類の処理に勤しんでいるのだが、今日は本部で行われる会議に出席している。他の隊員はランク戦やポジション別合同訓練に参加していた。共通トリガーでの参加ならば玉狛でも問題ないからだ。


「それにしてもいい天気だね。陽太郎がうたた寝してしまうのも分かる。ヒュースは眠くない?」


穏やかな表情でヒュースに問いかける修。その平和さに、ヒュースは今自分がどういう立場に置かれているのかを忘れてしまいそうになる。ここは敵陣でヒュースは捕虜だというのに、ヒュースに対する態度は敵に対するものではない。アフトクラトルよりも居心地が良いと思ってしまいそうになることが、ヒュースにとって恐ろしいことであった。


「……昼間から敵陣で寝れるほど、警戒は解いていない」

「そうか。でもぼくは徹夜明けだから眠いな」


徹夜、そういえば見たところ修の顔色は少し悪い。今まで部屋で何か作業を続けていたのだろうか。もし木崎がいたのならばホットミルクでも出したのだが、ヒュースは台所の使い方など分かる筈もなかった。そして修は集中すると自分を省みなくなるので、食事といった自己管理は疎かだ。

もそもそと、修は陽太郎に掛けていた毛布の中に入っていく。その躊躇いのなさに、ヒュースはぎょっとした。捕虜の目の前でどうどうと眠る宣言など、無謀にも程がある。

修はヒュースが手を上げるとは考えていないのだろうか。もしくは陽太郎を人質にとって、無理な要求をするとは考えないのか。


「せっかくだからヒュースも寝よう。地下の暗い部屋よりも、きっとよく眠れるよ」

「いや、だから――」

「あんまり騒ぐと陽太郎起きるから、ほら」


陽太郎を端に見て、その隣に修が寝て、さらにその隣をヒュースに勧める。ここでヒュースが毛布に入れば、修を挟んで眠る形になるだろう。躊躇を見せて右往左往していれば、修はポンポンと隣を叩いた。

玉狛支部は敵陣であり、味方はいない。しかし修は信用に足る人物だと、ヒュースは一応認識している。

出入りの多い他の隊員と違って、修はほとんど玉狛支部にいた。しかし部屋での作業が多いのか、食事時以外であまり見ることはない。それでも会った時はまるで自分の支部の隊員であるかのように、扱ってくれた。

日差しが温かいから、きっと心が緩んでしまったのだと、そう言い訳をしよう。もそもそと修の隣に入れば、ヒュースに上手く毛布が掛かるように修が調整してくれる。そして陽の光が入ってくる部屋の中、ポカポカと温かさを感じながらヒュースは眠りに落ちていったのだった。








リビングで寝ている三人を見て、小南はまずズルいと思った。

修がこうして一緒に寝てくれることなどまず無い。小南と宇佐美は女性ということもあり、余計にだ。気にしないむしろ嬉しいと言っても、女性相手に失礼は出来ないと線引きをしてしまう。いっそ夜這いのように奇襲をかけようかと宇佐美は思ったくらいである。

しかしぐっすり寝ている三人を起こすことも憚られた。どうしたものかと考える前に、ポケットからこっそりスマホを取り出して、シャッター音のでる部分を抑えながら撮影をする。連写をしたのは至極当然のことであった。

小南の後ろから入ってきた烏丸と木崎が、この現状を見て頭を抱えている。修がヒュースに対して警戒心を抱いていないことは知っていたが、ここまで無防備にしていると咎めたくなる。

生身の状態でこんな親身に接するなんて、なんてことだと。もしヒュースが牙を向いたらどうするのかと。そこに羨ましいという感情が入っていたことは否めない。


「どうします?迅さんと遊真たちが帰ってくるまでこのままにしますか?」

「多分この様子を見たら迅が発狂するわよ」

「遊真も無言でスコーピオンを構えそうだな」

「でも起こすのは忍びないわ。どうしよう」


うんうんと唸る小南。その隣にいた烏丸はいつの間にか隣室にいて、修が毛布を取り出した棚からもう一枚毛布を取り出していた。


「とりまる、アンタなにしてんの?」

「なにって、毛布用意して此処で寝るんですけど」

「……は?」

「いや、こんなに気持ちよさそうに寝てるんで、俺も寝たいなって」

「なにそれ!あたしも!」


隣室に駆け込んだ小南は、可愛らしいピンクの毛布を取り出す。以前修が小南に買ってあげた毛布で、小南のお気に入りだ。それを抱えた小南は、ちょうど修の頭側の位置を陣取って寝転がった。


「さりげなく良い位置を取りましたね、小南先輩」

「ぼうっとしてるとりまるが悪いのよ」

「お前たち、まったく……」


烏丸は小南の隣、陽太郎の頭側に来るように寝転がる。陽太郎と修の距離感に合わせているせいか、烏丸と小南の距離はかなり近い。しかしそんなことを気にする小南ではないようで、烏丸も気にしないように努めた。本部のメンバーが見れば、いちゃつきやがってと苦言を呈すだろう。

さすがに自分が寝てしまってはマズいと考えたのか、木崎は台所に入って夕食の準備をすることにした。この光景を見た迅と遊真のストッパーとしての役目も果たしている。玉狛支部が荒れるかもしれないと、木崎は胃が痛むことを予期した。






「小南と京介はまぁいい。でもヒュースはダメだ」

「迅さんに同意。ぶん殴る」

「落ち着けお前ら。寝ているくらいでトリガーを構えるな」

「だって修さんの隣で寝るとか、おれですらなかなか出来ないのに!」

「オサムは時々添い寝みたいに傍でお喋りしてくれるけど、コイツはまだ早いだろ。だから許さないぶん殴る」

「寝ているからって発言を過激にさせるな。表情見る限り寝不足だったんだろう、起こしたら俺がお前たちを怒るぞ」


ヒュースの肩を持つのではない、寝不足な修の肩を持つのである。そう言われてしまえば騒ぐことを止める二人であった。なんとも素直なことである。

しかしソワソワすることはやめない二人だ。木崎が目を離したうちに、毛布を用意したらしく、いつの間にか一緒になって寝転んでいた。最新の注意を払って起こさないようにする辺りが、無駄なエリート精神である。遊真もそっと毛布にくるまって、眠れるわけでもないのに瞼を閉じてゆっくりしていた。

リビングには木崎と宇佐美を除いた玉狛メンバーが昼寝をしている。これを本部が見たら驚きと爆笑に包まれるだろう。アットホームな玉狛だからこその光景である。内心混ざりたいと思ってしまった木崎であったが、それを自制して夕飯の準備ともうひとつの準備を仕込むのであった。








帰ってきた宇佐美と千佳はその場所に居られなかったことを、とても悔やんでいた。他のメンバーと同様に、宇佐美と千佳もまた修を慕っている。修の隣で寝れるとなれば一目散に駆けつけたのだが、時すでに遅し。二人が着いた時にはもう全員起きてしまっていて、修はよく眠れたからか満足そうな表情で夕飯に手をつけていたのだ。

しかしさすがというべきか、玉狛の母は二人の気持ちを先回りして察知して、二人のための食後のケーキを大きめに作ってくれていた。木崎の美味しいケーキ大きめとソファに座った修の傍を確保したことで、二人の機嫌は急上昇だ。宇佐美はタブレットを操作して、最近作った新しいトリオン兵の性能を見てもらったりもしてもらう。千佳は狙撃手訓練の成果を報告しては、褒めの言葉とアドバイスを貰っていた。

一方でもう片方の隣を確保した小南は、宇佐美のトリオン兵のデータを見ながら修と一緒に戦術を練っていた。小南なりの甘えでもある。

両隣を確保されたことで、男性陣は離れた位置から見守るしかない。ケーキはヒュースも食べていて、口には出さないが「なにこれ玄界の食べ物美味しい」と思っていた。言ったら負けだと思っているので、絶対に口には出さないが。しかし手は止まることなく、もそもそと食べている。それを見た他の男性陣は、なんとも捕虜らしくない捕虜だと感じていた。


「ヒュース、ちょっとおいで」


ケーキを頬張っていたら、修から名前を呼ばれる。それに素直に従ったヒュースは呼ばれた通りに修の元へ向かった。そのときに若干遊真の腰が浮いたのだが、それを迅が制す。お得意のサイドエフェクトで、大丈夫だと見抜いているのだろう。迅の言葉ならと、遊真は腰を下ろして見守ることにした。


「宇佐美がね、面白い戦闘を仮想したんだ。小南の意見も頼りになるのだけど、ヒュースの意見も聞きたいな」

「なんで捕虜のオレに意見を求めるんだ」

「ヒュースがどんな意見か、気になったからだよ。ほら、おいで」


修の後ろに立っているヒュースに見えるように、修は身体を少し動かしてタブレットの位置を調整する。身体を動かしたことで修の身体が小南に密着する形になった。不意の接触に小南の顔が赤くなるが、それには修は気付いていない。気付いている他の隊員は、ニマニマと笑みを浮かべるだけだ。


「……なるほど、これは面白いトリオン兵だな。極端に強化されている分弱点が多そうだが、一筋縄ではいかない敵だと思う」

「そうだね、ぼくもそう思う。具体的にはさ――」


この光景を本部の上層部が見たら、呆れと不安でいっぱいになるだろう。どうしてこんなに警戒心が無いのかと、胃が痛くなるだろう。特に修を可愛がっている忍田と城戸は、気が気ではないだろう。そんなことを気にせずに我が道を行く修なのだが。


修の周りに集まる隊員たちを見て、自分たちもと男性陣が移動する。ソファに座っている修を囲むような形で座るものだから、玉狛のリビングはぎゅうぎゅうだ。しかしそれを気にするような玉狛メンバーではなかった。


(みんなこんなにくっついて、寒いのかな?)


とんちんかんなことを考える修であった。






後日談だが、このときの写真を迅はこっそりと撮っていた。そしてその写真は、「修さんと一緒」というアルバムに大切に保存されているのだが、それは修の知らない事実である。

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