進撃short

□保健室に隠し事1つC
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ここ4日くらい、エレンを学校で見かけなかった

体育のある次の授業は必ずと言っていい程保健室に来るし
何より廊下を歩いていたら尻尾を振ったようにして俺に近づいてくるのに


それが4日丸々無くなると、どうも違和感が隠しきれなかった



一応と思い、エレンと仲の良いアルミン=アルレルトに尋ねてみた

「それが…エレン何も連絡なくて。学校にも連絡がないらしく…」


どうやら無断欠席らしい

学校に連絡もなく、友達とも連絡を取っていない、と



不安は募るばかりだ

まさか病状が悪化して、誰も気付かれない所で倒れているのではないか

誰かに拉致られ、身よりが無いに等しいエレンに人質など相応しくなく、そのまま殺されたのではないか




…いや、後者のは言い過ぎだ
が、前者はあり得る



気にかけていた生徒であったので、不安やら恐怖やら、似つかわしくないがそんな感情が押し寄せてきて




エレンの担任に話を通し、エレンの自宅の住所を聞いた

「先生、エレン様子を見てきたいので彼の住所を教えて下さい。
自分はエレンに心を開かれていた自負がありますし、何より持病の事を理解しています」

と言えば

「助かります!彼、取り付きにくい所あるので…リヴァイ先生なら安心です」

と、あっさり任された

何かあったのなら巻き込まれたくない感が嫌でも分かった


それで先生面とは、そりゃあエレンが嫌がる訳だな豚野郎

そう言いたくもなったが、今はエレンの安否が先だ




急いで車を走らせ、エレンの家へ向かった









――――――――――



一言で言うなら、デカい家

さすが名医の自宅だな、という雰囲気の一軒家だった


だが、エレンは2人暮らしだと以前言っていた

もう1人とは当然父親の事であろうから、実質1人暮らしみたいなものであろう

こんなデカい家に、1人で


「心細くもなる訳だ」


もっと優しくしてやれば良かったであろうか

何かと1人でしまい込んでしまう奴だ、拠り所にしてくれていたのなら、もっと接してやれば良かった



いや、とにかく今はそんな後悔は後だ


視界に入ったインターホンを鳴らし、エレンが出てくるのを待つ

「…いねぇのか?」


しかし、数分待っても出てこない


時刻は午後6時
まぁいなくても本来気にならない時間ではあるが、現状が現状なだけに焦りが生じる

さっき想像した“まさか”な展開があったりするのであろうか


いやいや、と首を振り、再度インターホンを押す





ガタン



中から音がしたのを、聞き逃さなかった



「イェーガー?いるのか、イェーガー」


外から声を出して呼ぶ

声を荒げたい気持ちでいっぱいだが、それはエレンが好まないであろう

情緒不安定と一応仮定して、そういう奴に他人の荒げた声を聞かせるのは精神的に悪い




『……開いて、ます』


インターホンから聞こえてきたか細い声に反応して、すぐにエレンの家に入った



中もデカく綺麗で、
しかし生活味をあまり感じれなかった


どこにエレンがいるのか分からず、とにかく直線上にある部屋に足を踏み入れた



その部屋はリビングで
そこにあるソファーにもたれ掛かっている彼を見つけた



「…イェーガー」

「……どうも」



目は、合わせてくれない

エレンはずっと前をボーっとみていた


…痩せている

4日前に見た時よりも、確実に

普通そんな急激に痩せたりなんてしない



おそらく、いや確実に、ここ数日食べていないのだろう





「イェーガー、話せるか?」

「……。」

「話せないなら、無理に話さなくていい。
話せるまでここにいてやるから」



さり気なくエレンの横に座り、エレンの手を握りそう言った


無理に聞かない方がいい。逆に不安を煽り、混乱させる可能性がある

静かにそばにいてやるのが一番だろう


保険医としての知識が役に立つ事にこれほど感謝した事はない




10分ほど経ったところで、エレンが俺の手を握り返した


「…せんせ、い」

「どうした」

「…いなく、なっちゃった。」


ポツリと


「父さん、いなくなっちゃいました。」


そう、呟いた


表情は伺えない
だが、手は震えていた



「…どういう事だ?」

「……」


何も言わない代わりに、エレンは机の上の茶封筒を指差した

あれを見ればいいのだろうか


「見て、いいか?」

「………」


こくり、と頷いた

それを確認して、そっとエレンの手を解いてからテーブルに向かい、その茶封筒の中身を確認する



『「解雇通告書」

グリシャ・イェーガーは、執刀医である手術や担当検診、その他多数の職務を数ヶ月に及び放棄
また、どの病院にも出向かず、警察に呼びかけ調査したものの行方知れず

以前より精神的な病に犯されていた可能性あり

職務怠慢、失踪、精神混乱の可能性、

それらが幾ヶ月に及び続き、改善の余地なしと見られる


よって、グリシャ・イェーガーから医師免許剥奪、並びに医師解雇通告をここに書す』





内容は壮絶なものだった

解雇通告書
公務員が職務をあまりにも怠った時の処置に委員会が作成するものだと記憶している

理由は様々であるが





「…驚きましたか、驚きますよね、俺も自分の目を疑いましたよ」

「…イェーガー」

「それに、そっちのメモ用紙」



茶封筒の隣には、通帳と小さいメモ用紙が置かれていた

通帳はそのままに、そのメモ用紙を見てみる








『さよなら。』






誰が書いたのかは、聞かなくても分かった


「筆跡も、確かに父のもの、で……」

「…そうか」

「通帳にも、お金、いっぱい…」



あえて見ないが、おそらく多額の金が入金されているのだろう
元々名医だったのだ、蓄えは相当なものと言えよう


だが、それはつまり

“エレンを置いて出て行った”という事実を決定付ける






「…ここ数日は、市役所だの警察だのか」

「はい、色々手続きや申請がいるらしくて。
警察の方は事前に病院側が調べてくれていたのでややこしくなかったです」


ハハッと笑いながら喋るエレンは、とても痛々しかった

たまらなくなり、エレンの横に再度座り手を握る


すぐに握り返してくれた



「先生…ど、しよ」

「…おい」

「ほんと、ほんとに、とぉさ…いなっ、いなくっ」

「落ち着け、イェーガー」


「あっ…あ、っひ、ひゅっ、はっ…!」



取り乱し始めた、過呼吸の一歩手前だ



「落ち着け。いいか、ゆっくり息を吸え。…そう、ゆっくりだ」


背中をさすりながら呼吸を整わせる

落ち着きを徐々に取り戻し始めたエレンの瞳から、ボタ、と涙の粒が落ちた


「…大丈夫だ、泣いて良い。大丈夫、大丈夫だ」

「ぅ、ひっ、あ゙ぁぁ…!!あ゙あ゙ぁぁァァ…!!」



生活用品の少ない広々とした部屋に、エレンの泣き声はえらく響いた

…こいつの苦しみや悲しみは、計り知れない

背中をさすりながら、抱きしめてやる事しか俺には出来なかった







しばらくすると落ち着きを取り戻したのであろうか、
泣き声がおさまりかけていた
泣いている間、俺は片時もエレンを離さなかった


「…大丈夫か」

「っ、は、い…」


腫れぼったくなったエレンの目は酷く痛々しい

その目の周りについた涙の跡を、優しく手で拭ってやる


「クラスの奴らが…心配していた。アッカーマンとアルレルトは特に」

「…心配かけちゃいました、ね。謝っておきます」

「…イェーガー」

「学校、です、よね」


俺が言わんとしている事を察したのだろう

このタイミングで学校に行くか否かを尋ねるのは些かどうかと思ったが、学生である以上大切な事だ


「行きます、学校は…好きですから」

「そうか」


少し、安心した
頭の片隅で、拒否したらどうしようかと不安があったからだ

…一体何が不安なのか
こいつの将来か。それともー…私的な事なのか


「この家、売ろうかと思って…」

「は?」

「だって…こんな家に1人、寂しいですから。
今までも1人でしたけど…けど、帰って来ないのなら、いる意味、ない」

帰ってきてくれるって希望があったから、今まで耐えれたのに



そう吐き捨てるように言うエレンは、やはり痛々しかった


「これからの家はどうするんだ」

「近場のどこか引っ越そうかな…なんて。お金には困らなさそうだし…」

確かに、家を売るなら更にお金が入るだろう
金銭的には問題がない


…が、果たしてこんな精神不安定な子供が一変した地に1人で住んで大丈夫なのだろうか

世間的になら自殺行為のしそうな惨劇だ、今はひとまずだが、これから先どう気持ちが動転するか分からない


…誰かが、守ってやらないと



「イェーガー、俺の家に住むか?」

「…へ?」


口にした言葉は、一切惑いもなく出てきた


「今お前を1人にするのは得策ではない。持病の事もある」

「…でも、」

「俺は困らない、寧ろ招きたい。心配するな、無理をしている訳じゃない」

「…何で言いたい事分かったんですか」

「お前だからな」


分かりやすいんだ、
と言ってやれば、苦笑して目を伏せた


「…俺、中々厄介ですよ」

「あぁ」

「持病もあるし、家系の事も、性格も難ありだし…」

「承知の上だ、馬鹿」


抱きしめていた身体を離し、右手をエレンに差し出す

まばたきをしたエレンは、意味が分かったのか、また泣きそうな顔をしてその手を見つめた


「俺と一緒に来い、エレン」


握られた手は、温かかった
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