進撃short

□保健室に隠し事1つ@
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「せんせー、替えの薬あります?」


間延びした声で俺を呼んでくるそいつは、カーディガンをしっかりブレザーの中に着込んで、そのカーディガンの中に手を少し引っ込めたような状態のまま保健室のドアを開けた


「イェーガーか…何だ、まさか常備薬忘れたのか?」


文句を言いつつも、デスクの引き出しに常に入れてあるこいつ専用の薬の箱を引っ張り出し、デスクの上に置く



「昨日と別のカバンにしちゃって、それで」

「阿呆、管理ぐらいちゃんとしろ」

「はーい」



まるで反省してると思われないような返事をしたそいつは、ゆっくり俺の机に近づいてきてその替えの常備薬を手に取った


「調子は」

「ん、最近は大丈夫ですよ。特に辛くもないですし」

「ならいい」



こいつが来たらいつもする“体調確認”を済ませ、事を成したこいつは保健室のドアを開き、教室へと戻っていった










少年…エレン・イェーガーは持病持ちだ


喉から肺に繋がる気管支、そして大元の肺が弱い病気


入院する程ではないが、常に薬を持ち歩かないと危ないらしい


その日の状態によって不規則にだが、無理に走ったりして呼吸に負担を来すと喘息のように呼吸困難になる



薬、と先程は言ったが、薬というか呼吸を正常にさせる器具、のようなもので
所謂喘息患者がよく所持しているのに似たもの


あれがなくては、エレン・イェーガーは常に生死をさ迷う事もある


…それを自宅に忘れるなぞ言語道断なのだが

まぁ、こういうのを想定して俺も替えを所持している





イェーガーと初めて会ったのは、あいつがこの高校に入学して初めて行った体力測定の時だった


無理をして息が上がり、呼吸困難となった所を偶々通りかかった保険医である俺が助けたのが始まり



病気持ちの生徒と保険医である俺が周りより親しくなるのは、まぁありがちで


だから俺も過保護になって目をかけているんだが







「…あいつの今日の体育、四限だったか」


その時間は暇だな、と、自分の予定を確認する



あいつの予定と自分の予定を照らし合わせるのも、最早習慣となってしまって

イェーガーがいつ発作を起こしても、すぐ向かえるように時間を空ける



スケジュール表を見て確認し、バサッと白衣を着て保健室を出る


一限目に保健の授業にあたっている教室へ行くため、手早く荷物をまとめ保健室を出た











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「せーんせ、昼ご飯食べていいですか?」

「…構わんが」

「やった」



昼休み
昼食を本来教室で取るべき学生のイェーガーは、さも当然のように保健室に昼飯を持ってきた


こうやって昼食を保健室で食べようとする時は、大方理由は決まっている



「…調子悪いのか」

「んー、さっきの体育でちょっと」

「…無理すんなって言ってんだろ」

「だってジャンが勝負ふっかけて来るんですもん!!」



そう言って自販のサンドイッチにかぶりつきながら、先程の体育の事を語り出した
適当に相槌を打ちながら、俺も昼食の弁当に箸を動かす




大体体育の後、イェーガーはこうして保健室で休む事が多い

無理はするなと言っているのに、少し余計に運動をしてしまうから調子が悪くなるのだ

負けず嫌いとか、売られた喧嘩は買う主義だとか、そんなイェーガーの性格が身体には仇となっている



「…てか、またそんな自販のもん食ってんのか」


「作る時間無かったんですよ」

「夕食もコンビニ弁当とか言うんじゃねぇだろうな」

「……。」



目を逸らした
という事は図星だ、分かりやすい奴め



「自分で作れ、栄養が偏る」

「…最近食欲無くて」

「はぁ?…まさか、夕食抜いてんのか?」


「……。」




横に向けていた視線を、足元に下ろして俯いた



ただでさえ朝食は取らない型のこいつだ、つまりは昼飯だけで1日の食事を終わらせてたんだろう


よく体育なんてする体力が生まれるものだ




「食べろ、病状悪化するなんざ洒落になんねぇぞ」


「…ごめんなさい」



呟いて、またカプ、とサンドイッチを頬張るそいつの身体は、確かに以前と比べると少し細くなったように見えた


今まで喋っていたイェーガーが口を閉ざしたからか、沈黙に保健室が続く



「…父親は」

「?」

「最近、帰ってきているのか」

「…あー、」



おもむろに話を振ったら、イェーガーはバツが悪そうな顔をした

この反応からすると、答えは“否”なのだろう



これも俺がイェーガーを気にする要因の1つでもある




幼い頃に、母親が他界している


しかも父親は、母親が死んでから狂うように仕事をして、家を留守にしているらしい


お金だけ有り余るほど月々に置いて、あとは音沙汰なし。顔も何ヶ月も見ない事がしばしば



すなわち、育児放棄



こう言えばイェーガーは「違います、ちゃんとお金は置いてくれてるし、たまに帰ってるし、私物もそのままですから」と否定するが、つまるところそれが育児放棄だというのだ



子供が両親のそれを認めたくはないだろうが、明らかにこれはその育児放棄に値する




元々自分も親に捨てられ、孤児で育った身である

親近感と言えば聞こえが悪いが、とにかくそのイェーガーの家事情が余計に俺の注意を惹いてしまう



「帰ってません、けど…忙しいんですよ」

「…そうか」



また沈黙が続く


イェーガーの手元を見てみたら、そろそろ昼食が終わりそうで



「戻るか」

「ちょっとベッド借ります、まだ本調子じゃないので」

「分かった」



昼食を食べ終えたイェーガーがベッドに行き寝転ぶのを確認してから、保健室に備え付けてある受話器を取り職員室へ電話する




「保険医のリヴァイです。2年の国語科の先生へー…
ナナバか、次のお前の授業、イェーガーは休みだ。…あぁ、体調が優れないらしくてな。……助かる、じゃあ宜しく頼む」



手短に欠席連絡を済ませ、受話器を置く


振り返ると、ベッドに寝転んだままイェーガーがじっとこちらを見つめていた



「何だ」


「いや…手慣れているなと」

「誰かさんのせいで何回もやらされてるからな」

「俺ですね」



ハハッと乾いたような笑いをする


かと思えば、すぐに表情を無くして天井を見上げた


イスを適当に引いてきて、何となくイェーガーの寝転ぶベッドの横に置き腰掛ける


それをチラッと横目に見たイェーガーは、またすぐに視線を天井に移す




「…父さん、もう1年くらい見てません」


ボソ、と視線はそのままに話し出した


「お金が置かれてたのは2ヶ月前くらい…あの額からして、あと5ヶ月は帰ってこない」

「……。」


「このまま一生会えないんじゃないかって、いつも不安になります」

「……。」


「あんな、無駄に広い家なのに、中にいるのは俺だけで…。学校にいる方が余程マシです」


「…そうか」




やはりあの時、父親の話を振るべきではなかったと今更ながらに悔いた



いつも平気な顔をしているが、それでもこいつはまだ子供だ。

堪えているんだ、孤独も寂しさも




「…先生、」



イスからはみ出た俺の白衣を、弱々しくも掴んでくるそいつの手は、微かに震えていた


目を見ると金色の瞳が水の膜を張っている


泣くのを堪えているのだろう



「先生、なら…分かってくれます、よね…」

「……。」


「せん、せ…」


「…あぁ、分かる。俺も同じだった、イェーガー」



そう言って手を握ってやると、落ち着いたように表情を緩めだす


俺の家庭の境遇をこいつは知っているから、今のこいつの悲しみなども分かっていると思っているのだろう





本当は、俺にはあまり分からない


父親母親が居ないのは当たり前で、全く温もりを知らずに育って来た


こいつと違って、それが日常…普通と断定付けでいたから、悲しみも何も感じていなかった



こいつは、父親も母親もいて、その温もりを知ってしまっている
だから無くなった反動がデカく、無性にその温もりを求めてしまう




だが、その事実を言えばイェーガーは余程傷つくだろう

俺を、良き理解者だと思っているらしいから




「せん、せ…」



またイェーガーの目を見てみると、もう水の膜は無くなっていて、
今度は瞼が重そうにのしかかり、ウト、としている様子が見て取れた


元々今優れない体調の為、体力も果ててきているのだろう




「…寝ろ、次の授業になったら起こしてやる」


「ん…ありがと、ございます…」




そう言うと、イェーガーは直ぐに瞼を閉じ、数秒後にはスースーと規則的な寝息が聞こえてきた


しばらく様子を窺った後に席を立ち、デスクに戻り事務を始める








…たまにこう弱々しくなるから、放っておけない


ふぅ、と溜め息を1つこぼし、次のチャイムが鳴るまでパソコンに向かい合った



背後にいる、健気な子供の存在を感じながら












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