進撃short

□少年の歌声は【後編】
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●●


「ふぅ…」


壁外調査も終わり、旧調査兵団本部に戻ってきた


風呂をさっさと済ませ、皆に一礼してから階段を下り地下に向かい、自室に入ってボフンとベッドに倒れ込む

布団のふかふかした感触が気持ちいい







初めての試みだった、俺の声帯に含まれる『治癒』を取り入れた壁外調査
結果は成功に修まった


歌い終わって目を開けてみると、周りの兵士の傷は殆ど治っていて、
よかったとホッとしていると、周りから拍手がおきた

皆目を輝かせて、「ありがとう」や「凄い」など、色々言ってくれた


今でも鮮明に覚えている
純粋に、嬉しかった




こんな、化け物って恐れられては罵声を浴びせられる俺に、初めての感謝の言葉

泣きそうになるくらい、幸せだった



それでも、帰ってきた時の兵士の数は減っていて

死者も生き返らせるくらいの力があれば、と、自分の不甲斐なさに少し悔やまれた



でも、これでまた人類は一歩進める

自分がその鍵となっているのは、何だかこそばゆいというか、変な感じだけど
俺は巨人を駆逐する為なら、何だってやってやる

必ず巨人を、駆逐する



馬に乗りながら帰路につく帰り道で、兵士の死体を見ながら
そう、改めて心に決めたのだ







とにかく、今回は濃い壁外調査だった



治癒出来なかったらというプレッシャーやら何やらがのし掛かっていて、精神面でもドッと疲れた


もう、寝てしまいそう
瞼が重くなってくるのが分かる



…兵長が手枷をつけにくるまで、いつも起きて待ってるのに


恋人とゆっくり話せる貴重な時間の1つが、手枷をつけに来てくれる時なのに

身体は気持ちに反し、眠たくなる一方



早くきて、俺が寝ちゃう前に、早く来て下さい、兵長


そう心の中で何度も唱える

眠気に抗いながら、今か今かと兵長が現れるのを待った




カッカッカッ
ガチャ


すると、タイミングが良いのか、それとも願いが通じたのか
待ち望んでいた恋人が、部屋に入ってきた



「へ、ちょ…!!」

「…起きてたのか。てっきり疲れきって寝ているかと思ったが」


そうなるところでした


でも貴方を待ってたんです、兵長


貴方と沢山話したくて

今回の壁外調査の事、色々言いたい事があるんです




手枷をはめる前に、口を開いて話しかけてくれるのはいつもリヴァイ兵長からだから

兵長が口を開くのを、いつものように正座しながら待った





チャリ



が、兵長が取り出したのは手枷の鍵で

既に俺の手を掴み、手枷を取り付けようとしている


あまりにもの自然な動作に、最初はボーっと見ていたが、ハッと気づいた俺は慌てて手を振り解いた

上官にやるべき動作ではないと、分かってはいるけれど




「へっ兵長!!」

「…何だ」


眉間に皺は増えてない
どうやら手を振り解いた事に関しては気に障ってないようだ



「え、と…その…いつもみたいに、ぇと…
お話、しないんですか?」

「…今日はまだ疲れてんだろ、早く寝ろ」

「っけど!!」

「体力を回復させんのも兵士の仕事だ…いいからとっとと寝ろ」


「なん、で…いつも、どんな疲れた訓練や壁外調査があっても、そんな事言わなかったじゃないですか!!
それに今回は、俺の歌を使った治癒も成功して、言いたい事が沢山、」


「んなもん聞きたくねぇ!!」



ビクッ、と、俺の肩が瞬時に震えた

いつも兵長は声を荒げない
怒っていても、口より足が出る人だから、怒鳴られたのは初めてだ


兵長も今日は疲れてる、のかな

俺と喋るよりも、早く寝たいのかな


いや、そりゃそうだよな
兵長だって人間なんだから、早く休みたかったり寝たかったりはするはずだ

それを部下である俺が止めてはいけない


最近話してから寝るのが日常になっていたから、盲目であった




「あ、ごめ、なさ…」

「ぁ…いや」

「早く、お休みになって下さい。すみません足止めしちゃって…おやすみなさい」




声が震えちゃったかもしれない
だんだん目も熱くなってきた


違う、何でこんな事で泣くんだよ俺

兵長に怒鳴られたくらいで、兵長と一夜だけお話できないくらいで

女々しすぎだろ、やめろ泣くな



ほら、兵長だって困ってるじゃないか


いつも真っ直ぐ前を見つめる目が泳いでいる

いつも無言で塞いでいる口が少し空いて、「ぁ」とか「エレ、」とか呟いている

いつも組んでいる腕が解かれていて、宙に浮いている

それで夜いつもしてくれるみたいに俺の身体に腕を絡ませて……



あれ



いつもみたいに、抱きつかれ、て…

「へっへい、へいちょ、」

「泣くな、エレン
悪かった…そんな気はなかったんだ」

「おっ俺泣いてな、」

「悪ぃ…怒鳴って悪かった」



悪かった、すまない、ごめん


そんな謝罪の言葉を、何度も繰り返された



そんな、兵長は悪くないのに


俺が無理強いして引き止めて、構ってって駄々こねたみたいにしたんだから、俺に非があるのに



「お、俺が悪いんです!!兵長お疲れなのに、引き止めたりしたから…!!」

「すまない、そんなんじゃねぇんだ…少し苛立っていただけだ」



そういえば、最近ずっと兵長の機嫌が良くなかった

それに、壁外調査中も、ずっと殺気立っていた


まぁ壁外調査中に殺気立つのはいつもの事なのだが

そういうのじゃなくて、嫌気みたいな、解せないというか
なんだかそんな表情だった




「兵長、最近殺伐としていましたよね?
どうか…したんですか?俺何かやらかしましたか?」


「………。」



ぎゅう、と俺に抱きついたまま黙る兵長


沈黙が無駄に俺を慌ただせる

緊張というか、何かしでかしたかという恐怖というか、そのせいで心拍が上がっている


多分、兵長も聞こえてるんじゃないかな





「…俺の、」

「?」

「俺だけの、歌だった、のに」

「…え、」


「野郎共に聞かれた…。エレンの歌を聞くのは、俺だけだったのに」



語尾が萎れて、弱々しくなっていく

抱きつく腕の強さが更に強くなって、頭をぐりぐりと肩に押し付けられる


「エルヴィンとか、クソメガネくれぇなら、まだ許せたが…
これからも、また皆に聞かれる。
許せねぇ、やだ、俺だけの、エレンの歌」





…本当にこれは兵長なんだろうか

言葉遣いも丸くなってるし、何しろ言い文句が…つまりは、嫉妬だ


あんなに皆の前で指揮をとって、戦陣を切る兵士長様が


俺の事で、嫉妬してる





顔のニヤケが、抑えられなかった



「おい、エレン…何笑ってんだ」

「ぇ、あいや、だって…ふははっ」

「……。」


ブスッとふてくされて、余計に腕に力が込められる

息が苦しいけど、今なら兵長に何をされても構わないと思った



ていうか、俺凄い幸せ者
「兵長、俺今回兵長に歌ったのと別の歌歌ったの覚えてますか?」


「あぁ…聞いた事ない曲だった」

…俺の知らない、曲だった

と言って、また俺の胸に顔を埋めてくる


なるほど、それも気に食わなかった原因の一つだったのか




「兵長には歌った事がありませんでしたね、すみませんでした…
でも、俺決めてたんです」

「…?」


「あの歌は…ダイアモンドクレバスは、兵長の為だけに歌おうって
だから、曲変えちゃったんです」



兵長の頭を撫でながらそう答える俺を、兵長は目をパチクリさせながら見ていた



「ダイアモンド、クレバス?」

「いつも兵長に歌ってる歌の名前です
あの歌、一見引き裂かれた恋人の歌詞に聞こえるんですが

俺は、どれだけ離れ離れになってもまた巡り会える
そんな思いが込められた歌だと思うんです」


「……。」


「だから、兵長にだけ歌う事にしたんです

恋人だし、それに
兵長とは、たとえ引き裂かれたとしても、また繋がれるって思ってるから」



ただの俺の意訳だけど
兵長への俺からの気持ちに、ぴったりだと思ったんだ

だから兵長にあの歌を歌って、皆の前では歌わなかった




「…エレン」

「はい」

「初めての告白だな」

「へ、」

「お前からの」

「へっ!!?」



そう言われてみると、これって…一種の告白、なのか?

考えてみると、俺何て事言っちゃったんだ


ボボボッと、顔が火照ってくるのが分かった




「あ、や、別にそういう訳じゃっ…!!」

「…悪くない」

「、」

「そういう事なら、悪くない」

「…そうですか」



兵長の機嫌が治ったのはいいのだが、次は自分が恥ずかしくて語尾が萎れてしまう



「寝る」

「あ、はい、じゃあ手枷…」

「ここで寝るからいい」

「へっ」



ここで寝る、とはつまり…その
そ、そういう事を


「言っとくがセックスはしねぇぞ」

「ぁ…そうですか」

「何だ、してほしかったのか?」

「!!!」



ニヤニヤとしながらこっちを覗き込んでくる兵長
違う、と言いたい所だが、間違いではないから言い返せない



「…悪いですか」

「いや」


またぎゅう、と抱きつかれる

そのままベッドに倒れ、布団がかけられる



「…エレン」

「はい」

「…歌」

「…分かりました」





そうして俺は、今日も兵長に歌を紡ぐ
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