壊れた世界、希望の国

□第一章(H27.8.15修正)
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「テメェは、このくらい平気だろうが。だが流石に頭ぶち抜かれたら死んじまうだろう」
「…っ」
神楽は溢れる血を手で押さえ、顔を歪めていた。
これは痛みからではない。油断した、と自分の甘さを悔やみ、顔を歪めていたのだ。
夜兎族である神楽にとって拳銃の一発や二発なんてことの無いものだが、気が動転した為に銃弾を避けることが出来ず、傘を取る手も遅れてしまったのである。

じわり、と肩から広がっていく血液が神楽の悔恨を表しているようだった。
神楽は何も言わずに、強い意志を持った青色の瞳を男に向ける。
「なんだ、その目は!…まだ分からねぇってんなら、もう一度ぶち込んでやってもいいんだぞ」
再び銃口を向けられ、神楽が静かに傘を手に取った。
争い事を避けたい神楽にとっての苦渋の決断。こうなれば仕方がないと、自然と柄を持つ手に力が入る。
また己の居場所を自らの手で壊してしまった、との後悔。そして無念が神楽の胸の内に渦巻いているなど、男達には到底理解出来ないだろう。





「ちょっとアンタ達、何やってくれてんの?」
「…は?」
突然、気の抜けた声を背後から掛けられ、男が振り返る。それは自分達以外にも人が居たことに、初めて気が付いたような素振りだった。
無意識に銃口を声の主に向ければ、そこには見ず知らずの男が一人。
「なんだテメェ!!部外者は、さっさと出ていけ!!」

そこに立っていたのは白髪の男だった。
不思議なことに彼には気配がなく、纏った白地の着物と合わせて幽霊に思える程に曖昧な存在であった。
彼の腰には赤黒い鞘が不気味に輝いており、こちらは持ち主と対称的に存在感を放っている。廃刀令が発令されてからというもの、町ではすっかり見掛けなくなった侍の証だ。
「おいおい、部外者はどっちだよ。俺は久し振りに地上に来て大好きなパフェ食ってたわけ。でもよぉ…見てよコレ、この有り様」
白髪の男が、くいと指差したのは、テーブルの上に置かれたパフェらしきものであった。
先程の騒ぎで、逃げる客によって倒されたソレは、見るも無惨な状態になっていたのだ。
「はぁ?何言ってやがる」
「もう一回言ってやろうか?だから……俺のパフェが、」
「舐めやがって、死にてぇのか!!」


その言葉に、白髪の男は面倒臭そうに溜め息を吐いて項垂れる。
柔らかそうな彼の髪が、ふわりと揺れた。
「誰がテメェみてーなオッサン舐めるかよ」
「パフェ如きなんだってんだ、俺が今手にしているモンが見えねぇのか!?ぶっ殺すぞ!!」
「…あぁ、俺やっぱり話し合いって苦手だわ。面倒臭ぇ」
白髪の男が腰に差した刀に手を掛けると、それが嬉しいとでも言うように鞘の輝きが増した。

冷やりと肌を刺す刺激に、神楽は身体を震わせる。空気の質が変わったのだ。
白髪の男がゆったりとした動作で上げた顔は、狂気に満ちた野生動物のよう。彼の赤目は獲物を狙うかの様に妖しく光り、鋭い眼光は狂気すら孕んでいた。
心臓を鷲掴みにされたような、痛みにも似た感覚。その姿を見た誰もが恐怖心に支配されるだろう。
「せっかくの楽しみ邪魔しやがって」
「……!!こ、こっちに来るな!!」
恐怖に圧倒されながらも、醜い怒号と共に引き金を引く男。
まもなく轟く銃声。そして再び上がる硝煙。



だが銃弾は獲物を捉えることなく、壁にヒビを作っただけであった。銃を向けた先に既に白髪は無い。
「おいおい、どこ狙ってんだ?」
「……!?」
耳元で低く囁かれた言葉に、男の全身の毛が逆立った。
いつの間にか背後に立っていた白髪はケタケタと愉しそうに嗤っている。
「怖ェか?怖ェよなァ。でももう何も分からなくなるから安心しろよ」
「やめ……っ」
背後から刀を首に押し当てられ、男は急激に顔色が悪くなった。死を察知したのか、彼の声は掠れている。
このまま刃を引かれれば、ぱっくりと皮膚が裂け、血が噴出すだろう。生温い液体が体内から排出される感覚を味わい、今まで味わったことが無いくらいの激痛に襲われながら死を迎えるだろう。
恐怖が、緊張が。極限まで登り詰め、場を支配する。
「お、俺が悪かった!おお…お願いだ、助けてくれ……!!」
振り返ることも出来ず、恐怖に歪んだ顔。

次にはソレがゴトリと地へ転がっていた。
痛みを味わう時間すらなかったかもしれない。自らの死をも理解していないかもしれない。男の両眼はじっと白髪を見ていた。

後から吹き出す血液が店内を汚し、みるみる赤に染めていく。
身体であったモノが遅れて倒れ、びくびくと震えていた。暫くするとその動きも止まり、溢れる血液の勢いも弱くなる。

残された男二人は眼前で起きた出来事に、叫びにもならない声を上げ、口を大きく開けたままであった。
絶対的な恐怖に支配された身体は、ぴくりとも動かないようだ。腰を抜かし座り込んだ彼等に、白髪が次はと狙いを定める。
「テメーらもすぐにこうしてやっから。仲間同士、仲良く逝きな」
「……や、やめ」
懇願する獲物を無視して、 白髪の男が悠々と刀先を二人に向けて優しく笑った。それはまるで、ぞくぞくと湧き出る感情の波を、無理矢理抑え込んでいるような。

「久し振りに人を斬ると駄目だなぁ」
彼が刀を振り被る。そこからは早かった。
洗練された無駄のない動き。動けなくなっている相手を肉塊に変える作業は、実に呆気なく、大量の血飛沫が店内の壁に飛び散ったことで終わりを告げた。
「どうにかなっちまいそうだ」
白髪の男が満足気に口元を歪ませ嗤う。
血を吸った刀も不気味に輝いており、こちらも嗤っているように見えた。
白が消える程に返り血を浴びた姿は獣。否、鬼の様であった。




 
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