夢の日と、影の煩ひ

□優しい断罪(下)
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烏の行水と言っても良いような早さで、少年は風呂場から戻ってきた。ドライヤーで乾かされた髪は、ふわふわと綿毛のようで柔らかそうである。
少年は、ほんのりと紅潮した肌に、スポーツタオルを首から下げて、新八の前をずるずると甚平の裾を引きずり歩いていった。
そして先程と変わらぬ不満顔で。すとん、とソファに座る。

「ごめんね…ココには、子供用って置いてないからさ」
「………」

サイズが近いであろう神楽のモノを着させるわけにもいかず、泊まり込み用に置いてあった新八の服も本人が使うので貸すわけにもいかず。結局、銀時用の服を与えるしかなかったのだ。
大人、それも男物である為に、少年はなんとも滑稽な姿になってしまっている。

「ちっちゃい銀ちゃん!風呂上がりに、アイス食べるアルか!?」

少年の返事を待たずして、手に二人分のアイスを抱えた神楽が、勢い良く少年の隣に座った。おそらく銀時用であろうアイスを惜しげもなく差し出す。

「いい…もう寝る」







「え?」

空気に亀裂が入る音がした。
これには新八も神楽も、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で少年を見やる。

「…なに?」
「いや、明日は雪でも降るのかなって…」
「はぁ?」
「子供とはいえ、あの銀さんが甘いものを拒むなんて…」

今度は少年の顔が訝しげに変わった。
この二人の中で、坂田銀時という男はどんな人間なのだろう。と探っているに違いない。
頼られているようで、そうでもなく。尊敬されているのかと思えば、むしろ足蹴にされているような。
自分に優しくしてくるあたり、余程『銀ちゃん』『銀さん』は大切な存在なのかと考えていたのだが。

「寝る前に甘いモンなんて食ってっと、虫歯になるぞ」
「!?」
「なんだよ……いちいち反応すんな」
「……いや。一体、いつから銀さんは変わってしまったんだろうと思ってさ……」
「俺だって、そんなん気にしてねーけど。先生が煩ェんだよ」

はぁ。と項垂れる新八の肩を、スプーンを口に含んだ神楽が叩く。既にアイスの蓋は開いていた。





「お前等…まだ寝ねーの?」
「これ食べたら寝るアル」

神楽は一口アイスを頬張って、なるほど、と少年の顔を覗き込む。

「なんだヨ銀ちゃん。一人じゃ寂しいアルか?」
「……ち、違ぇーよ!!」

ふい、と顔を背ける少年の姿に、あぁ、なんと分かりやすいのだろうか。と二人の口角が自然と上がった。
いっそ、少年の爪の垢でも銀時に飲ましてやりたいと思う。同一人物なので、結局変わることはないかもしれないけれど。

「よし!今日は川の字で寝ようか!」
「マダオ銀ちゃんは、ソファに寝かしておけばいいネ。新八が私を襲わないか、ちっちゃい銀ちゃんは真ん中で見張っててヨ」
「誰が襲うかァァァ!!」

少年は騒ぎ出した二人を見て、鬱陶しそうに先に寝室へと消えた。

襖を閉めてそこに寄りかかると、少年の体重を受けて襖が僅かにしなる。
足元に視線を落とすと、大きめの服の所為で自分の素足は見えなかった。服からは、ほんのりと香る太陽の匂い。
口から、「はぁ」と長い溜め息と共に出たのは、押し殺しきれなくなった笑み。それから、自己嫌悪と今すぐ逃げだしたい情動だった。







*******







結局三人は、川の字になって寝ることにする。少年の布団は、勿論銀時の使っているものを使用したのだが、いつもよりも布団の面積が広い。
最近は新八も万事屋に泊まることがなかった為に、この状況は何もかもが新鮮である。気分は修学旅行だ。
そんなわけで寝ると言ったはいいが、すぐに寝られそうもなかった為、二人は少年に話を聞くことにした。
詮索するようなので本人が戸惑うようなら止めようと思っていたのだが、案外少年からはスラスラと言葉が出てくるので、話に花が咲く。
眠気がまた遠くなった。

「高杉とヅラとさ。三人でよく先生に怒られんだよ」
「へー。本当に仲良いんだナ」
「そんなんじゃねェよ。なんか気付いたらいつも一緒にいるって感じで」
「それを仲が良いって言うんじゃないのかヨ」

うつ伏せになっていた神楽が、ごろんと寝返りを打った。何かを言おうとした少年と目が合って、神楽はにっこりと笑う。

「おぉ。銀ちゃんの目。凄く綺麗アル」
「……え?」
「赤い飴玉みたいネ」

これには、新八も「今の銀さんがからは考えられないよね」と頷き同意した。
淀みのない、綺麗な赤。
今では荒んでしまったその赤は、自他共に認める生気の感じられないものへと変わっていくのだろうか。二人はあんな大人にはなりたくない。と改めて思ったのであった。

「飴玉?……へー。こっちではそんな感じなんだ」

少年は天井を見て小さく呟く。
胸の内に、どす黒く渦巻いていた影が濃さを増した。それが、迷いであると本人すら気が付かぬままに。






  
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