不始末の激情

□第八章
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蝉の声がうるさい。
昼に近付くにつれて、外は今日もジリジリと焼けるような暑さが支配していた。
少しでも不快指数を下げようと、源外は店前に出てバケツを手に持ち、打ち水をしている。

「鉄子さん、どういうことなんですか?」
「……全部、源外さんの言う通りだ」

源外の背中を目で追いながら、鉄子は至極申し訳なさそうに言葉を紡いだ。

テーブルには布が取られた刀が置いてある。鉄子が持ってきたものだ。
鍔無しの変わった形で、形状だけ見れば何処か木刀にも似ているが、しっかりと刃は付いている。
刀身はやや紅い光りを放っており、見る者を魅了する不思議な力を持っているようだった。

「私が新型の紅桜の存在を知ったのは一月前程になる。鬼兵隊の来島また子が家にやってきて紅桜が復活した、と告げられた」

目の前に置かれた珈琲に手をつけることもなく、鉄子は二人から視線を落とす。

「彼女は敵だ。言う事は信じなかったし、相手にする必要もないと思っていた。………たが、思いがけない事を言われてな」
「……なんて?」
「私に、紅桜に対抗出来る刀を打て、とそう言ってきたのだ」
「…?意味がわからないアル。つまり、自分達の兵器を壊してくれってことアルか?」
「私もそう思った。そんな馬鹿げた話があるのかと。しかし、そこで彼女は私に、兄者の作った以前の紅桜の設計図。並びに、構造を示した書物を渡してきたんだ。これが参考になるなら使えとな」

てっきり、紅桜を復活させたのは鬼兵隊だと思っていた轍子だったのだが。
この事で、鉄子の頭の中は混乱してしまった。

書物に目を通してみれば、それは紛れもなく兄の字で書かれたもので、カラクリの仕組みと、刀との融合の仕方が詳細に記されていたという。
兄の存在を僅かながらに、ソコに感じて。
鉄子の懐かしさで満たされた心からは、徐々に疑いが晴れていった。

「何故こんなことをするのか?と、聞いてみたが彼女は一言、晋助様の暇潰しに付き合えと、それだけを言ってきた」
「暇潰し…?」
「そうだ。更に、此方の提案を蔑ろにするなら勝手にしろ、但し坂田銀時が犠牲になるぞ、と脅してもきた」

騙されているのかもしれない、が。
そこまで言うのなら、と鉄子はまた子の後をついて行ったのだ。





「船内に通され驚いたのが、鬼兵隊の船に以前量産された紅桜が一つだけだが残っていたことだった」

神楽は、その言葉に昔船内で目撃した光景を思い出した。
確かあの紅桜のコピーは全て桂が爆破した筈なのだが。
もしかすると、あの場所にあったのが全てでなかったのかもしれない。

貴重な紅桜のコピーを鉄子に見せたこの出来事は、話の信憑性を更に高める素材となる。





「……私は、そこで高杉に会った。落ち着いて話をする自信がなかったが、意外となんとかなるものだな」

鉄子はそう言うと、ようやく珈琲に手をつける。
一口珈琲を飲み、大きく息を吐くと、その顔からは僅かに緊張の色が消えたように見えた。

「高杉とは、自宅に保管してあった不足分の資料を提供し、互いに持っていた情報を公開することで話がまとまった。だが、私は兄者と違ってカラクリの知識がない。だから刀を打つにあたり、源外さんに協力を依頼したんだ」
「なるほど、江戸一番のカラクリ技師と、江戸一番の刀鍛冶職人が手を組んだというわけですか」

新八の言葉に、顔を赤くして再び視線を逸らせてしまう鉄子。

「高杉の真意はわからない。しかし、私にはあの男が本当に暇潰しをしているように思えた。……いや、ゲームと思っているのかもしれないな」
「ゲーム…アルか」
「私達が必死になって岡田を止め、紅桜を壊そうとしている姿が滑稽なのだろう。私達に紅桜が破壊されるようであれば、端から倒幕など出来やしない代物だったということ。反対に、私達が破れれば万々歳であるし。実験として試されているのかもしれないな」











蝉が鳴いている。
だが、新八と神楽にはその声は届かなかった。
今の二人には鉄子の声しか聞こえない。

「私は悔しかった。再び兄者の作った紅桜が人殺しの道具として使われてしまうのか、と。そして、結局は高杉の遊びに巻き込まれ言いなりになってしまうのか、と」

仇である筈の鬼兵隊に利用されていると、理解しながらもそうすることしか出来ないなんて。
鉄子はどんな気持ちだったのだろうか。

「だから、君達に言う勇気が出ずにいたんだ。せめて、この刀が完成してからと思っていたのだが」

鉄子は、そう言って「すまん」と頭を下げた。
いつまでも頭を上げない鉄子に、二人は慌てて面を上げる様に促す。
刀を持って此処へ訪ねて来ているということは、カラクリとの調整をしに来たのだろう。
思いもよらないところで、新八と神楽の二人に出会して予定が狂ったのかもしれないが。

「そうだ。あの……坂本さん、坂本辰馬という人は鬼兵隊の船にいましたか?」
「坂本?…あぁ、高杉と共に居た奴のことか」
「居たんだ、やっぱり…」

銀時の話では、高杉と坂本は旧知の仲であることは違いないが、今は攘夷活動はしていない筈である。
その坂本が何故、鬼兵隊と行動を共にしているのか?

なんでだろう?と悩んでしまう子供達に、鉄子は坂本が貿易を営んでいるという話を聞いたことを思い出した。

「快援隊は何かと天人と繋がりがあるからな、恐らく奴も高杉のゲームに付き合わされているだけだろう」
「天人が紅桜を修理したからアルな!?うぅ……片目野郎はつくづく腹立つ奴ネ!!よし、鉄子ォ!さっさと刀を完成させて、それを銀ちゃんに渡すアル!」
「…え」
「三度目の正直ネ。今度こそ似蔵を倒してやるアル!」
「…あぁ。そうだな」

結果的に自分の力で人を助ける事が出来るなら。
人を護ることが出来るなら、利用されていたとしても良いのかもしれない。と、鉄子は思った。
自分はただ、護る剣を作ればいいのだ。
それは人間としてのプライドより、刀鍛冶屋としてのプライドである。

迷っていた心が払拭された。

鉄子は神楽の言葉に僅かに笑みを溢すと珈琲を飲みきって。
打ち水をしに外へ出ていた源外の元へ刀を持っていった。









 
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