不始末の激情

□第七章
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「坂田銀時。俺はアンタが憎くて仕方がないんだ」

世間話もここまでだ、とばかりに似蔵の声色が熱を帯び始めた。
対称的に空間が一段と冷え込み、肌を撫でる風は心の底に閉まっていた気持ちを煽っていく。

「あの人は、いつも過去を見ている。俺達がどんなに体を張ろうとも目的に貢献しようとも。過去に捕らわれ、右目には俺達を映しちゃいない」
「へぇ。愛されてんだなアイツ。随分と溺愛してんじゃねーか」





「なのに、アンタは」

銀時の茶化した言葉を無視して、似蔵は語気を強めた。

「アンタは、あの人という存在がありながら幕府の連中と手を組んで。のうのうと生きているっていうのかィ。こりゃあ志半ばに倒れていった、かつての仲間も哀しんでいるんじゃないのかねェ」
「……」
「攘夷戦争で白夜叉と恐れられた男が。あの人の瞳に映っている存在であるアンタが……俺はね、憎くて仕方がないんだよ!!」



ドン、と闇が揺れた。



銀時は咄嗟に辟易したのを誤魔化すように「へぇ?」とだけ答えて、瞳を細める。
先程絞められた首が、熱く熱く痛んだ。



似蔵にとって、高杉とは特別な人間である。
自分に道を与えてくれた、道を指し示してくれた尽くすべき存在。自分の主。
故に高杉の為ならば、紅桜を使うことで自分が死んだとしても本望だと、そう思っていた。
身体を兵器に変えてまで、鬼兵隊…否、高杉に身を捧げたというのに。
蓋を開けてみれば、その主君の眼には過去と未来しか映っていなかったことに愕然とした。

だが、これは似蔵だけではなく、また子や武市、万斉も承知の事実であり、鬼兵隊の誰もが感じ取っていたことである。
どんなに高杉の為に命をかけようと、手足となり動こうと、彼が見ているのは現在である自分達ではない、と。

「そうなの?俺には高杉が俺等のことを想ってくれてるとは到底思えねーけどな」
「ふん…分かっちゃいないねェ。何処までもうざったい存在だよ、アンタは」
「そりゃどーも。野郎に好かれても仕方ねェし?」

銀時は回復しきれていない頭で考える。

自分だって高杉を信じていないわけではなかった。
だが、心の何処かで、もう高杉を助けることは出来ないのだろうと、手遅れなのではないだろうかと思っている部分もあった。
それは、あの時。恩師の首を前にした時から。
彼が一人、残されてしまったこの世界で、果たして救われることはあるのだろうか。そして、彼には流すための涙は残されているのだろうか、と。










「いつまでそんな口をきいていられるかね。この紅桜の強さを目の当たりにしただろうに」
「んなもん、今すぐぶっ壊してやらァ」
「随分と強気だが、結局アンタは何も護れやしないのさ。過去でも未来でもね」
「………んだと?」

似蔵の言葉に、銀時の体がピクッと反応した。

「人殺しは、いつまでも人殺しのままさね。真っ赤に染まった手は温かさを感じることもなく、永遠に冷たいまま人間に戻ることも出来やしない」
「俺とテメェを一緒にするんじゃねーよ」
「何を言ってるのさ、アンタも俺と同じ類いのモノだろうよ」
「……」
「綺麗事を並べてるんじゃない、人殺しが」

銀時に激しく揺さぶりをかける似蔵は、覇者の笑みを浮かべて、『人殺し』と言った。




銀時は、ザワザワと疼く胸の奥を沈める為に隣に立つ土方を見る。
この男の前でべらべら余計なことを話されては、後が面倒臭いというのに。
今の自分には、似蔵を制する余裕も、力もなかった。

「お喋りが過ぎたかね。今日はこのくらいにしておいてあげようか」

対して似蔵は余裕を見せ付けるように、そんな言葉をぶつけてくる。

「…逃げんのか」
「今の紅桜の力でも、充分にアンタを殺せることが分かった。それだけで今回は良い収穫じゃないかィ」

似蔵は刀の姿に戻った紅桜を鞘に納め、透き通るような高音で鍔を鳴らして背を向けた。

「あっ…待てコラ!!」

銀時は後を追おうとして足を踏み出した途端に、その場に崩れ落ちる。
身体は、まだ本調子ではないのだ。

「万事屋やめろ、深追いするな」

似蔵が消えた先の闇を睨み付けて、土方は煙草に火をつけた。
生暖かさを取り戻した空間に、思考が待っていかれないように。自分に刺激を与える為に。

土方は銀時を助ける前に予め、ここら一帯を警備していた人間は集めていたし、近場には全ての車両も回してあった。
自分を過信していたわけではないが、とりあえず銀時の容態が芳しくない以上、こうすることが良策であると考えたのだ。














「おい」
「……ん」

土方は座り込んでしまった銀時に手を貸して、立たせてやった。
どうやら力が入らないようで。思いの外、手を引っ張られて体を持っていかれそうになる。

「しっかりしろ、首大丈夫か」
「…なんとか」

銀時の喉仏の辺りには、青くスジのような痕がついていて相当な力で紅桜に締め付けられていたことを物語っていた。

「なんか頭いてェ…」
「それだけ喉潰されたんだ。脳が酸欠状態なんだろ。あまり酷いようなら医者にでも行ってこい」
「うぅ、ちくちょー。ガンガンする……」

頭を抱える銀時の横で、土方は眉間にシワを増やして何処か上の空。
何か考え事をしているようであった。
頭の中で、先程の似蔵とのやり取りを思い出していたのだ。

「なぁ。あくまでも岡田の目的は、鬼兵隊の為にあるってことだよな」
「へ?…あぁ。まぁそう言ってたしな」
「よし、それならテメェの身柄を暫く此方で保護させてもらうことにする」
「ん、分かった。………って、はぁ!?」

「屯所に来い」
「っ!?……嫌だね!なんでそうなんだよ!」
「市民を護るのが俺達の仕事だ。お前は一般人なんだろ?奴の目的が分かった以上、テロリストから護ってやるのは当然の義務だろう」
「違います。俺は一般人じゃありません」
「テメェ!さっきと言ってることが違うじゃねーか!!」
「うっせぇ!大声出すな、頭に響く!」

銀時はいやいやをするように、首を横に振って土方を睨んだ。

「じゃあテメェは何だってんだ。やっぱり攘夷浪士だっていうのか?」
「……いや、だから。それは元だって。俺なんてちょっと喧嘩が強いからって、田舎ででしゃばってた餓鬼と同じだぜ?都会にはもっと強い先輩方がいるんだよ。俺を相手すんなら、そっちを相手して欲しいもんだね」
「あぁ?その田舎でつるんでた餓鬼共のうち二人が、今や攘夷浪士を纏める二大勢力の頭じゃねーか」
「……」
「それと。テメェ頭痛ぇんだろ。屯所の医療班に診てもらえ」
「……え、いいの?」
「医者に行く金もねーくせに、どうするつもりだったんだ」

これには、銀時も嬉しかったのか僅かに表情が明るくなる。
何とか危険な状態は脱したものの、体は重いし、頭も痛い。
違和感が少しくらいならば、そのままにしておくのだが、どうにも放っておけるほどのものでもなさそうだ。
診てくれるというのだから、ここは素直に言葉に甘えようと、銀時はそう思った。







 
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