不始末の激情

□第四章
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「それともう一つ。テメェが俺達の言うことを聞かなきゃならねェ理由がある」
「…なんだ」
「あの紅桜は、以前の紅桜とは違うもんだ」
「…な」
「戦いを重ねて強くなるんじゃねェ。人間の遺伝子を食らい、学び強くなるのさ」
「い、遺伝子…?」

ここで、鉄子は思い出した。
今回の紅桜の犠牲者達は皆、体の一部を失っていたことに。

遺伝子は、その人物の筋力や骨格。ホルモンのバランスなど、様々な情報が詰まった組織である。
紅桜は、そういった親から受け継ぐ要素を含んだ遺伝子を食らい、その人物の情報を自分のものにするという。
なるほど。確かに被害者は屈強な男達ばかりであったと。鉄子は納得した。


「つまりは似蔵じゃ、あの紅桜の力を100%引き出すことは出来ねェよ」
「…何故だ」
「分からねェか。紅桜の中ではアイツが最強だと思ってねーからだ」
「まるで紅桜が生きているような言い方だな」
「ククク…ありゃ生き物さ」

紅桜は電魄と呼ばれる人工知能を有しており。
復活を遂げた今回の新型紅桜は最早カラクリというより、生き物に近い存在になっていたのだ。

「紅桜は自分が唯一負かされた相手、ソイツを最強だと学習してやがる」
「唯一…負けた相手?」
「そしてより強い遺伝子を求め、ソイツの身体に寄生し己が最強となることを望んでるのさ」

鉄子は少し落ち着いた頭で、高杉の言葉の一つ一つを噛み砕いていった。
紅桜の寄生主、岡田似蔵では紅桜を完璧に扱うことは出来ないと高杉は言う。

では、誰が?

誰が紅桜の能力を最大限に引き出すことが出来るというのか。
紅桜が最強と認め、一体化しようとしている相手とは。

鉄子は昼間出会った男を、はたと思い出す。






「…まさか!!…まさかアイツのことか!?」

鉄子の顔が青ざめたことに、どうだ?面白いだろう、と高杉は喉を鳴らして笑った。

紅桜は未だ本来の力を発揮していないとはいえ、既に数々の犠牲者を出している。
もし、紅桜が寄生を望んでいる人間と共に、力を最大限に発揮したのなら。

「分かったんなら、テメェはテメェの仕事をするこったな。俺は嘘は言っちゃいねェ。テメェが信じたいモノを信じればいい」
「……」

鉄子は悔しかった。
自分に出来ることが、限られていることに。
どれが嘘でどれが真実かわからない、絡み付いた思考の中で。
鍛治師の自分が今出来ることは、やはり、

「分かってるじゃねェか」

せめてもの抵抗で投げられた冊子を、今までピクリとも動かなかったもう一人の男が拾った。
そして、男は内容を確認するようにパラパラとそれをめくると、へぇーとかほぉーとか、呑気に声を上げている。
高杉は、そこでやっと鉄子の腕を離しクツクツと笑った。

「これで全部なんだろうな」
「あぁ……家を隅々まで探してみたが、それ以外は見つからなかった」

丁寧に糸で綴じられた冊子には、達筆な字で『紅桜の記録』と書かれていた。
薄手でありながら、やけに重みを感じるソレは、鉄子が兄の部屋から見つけてきたものである。

「テメェもこれで共犯者というわけだな」
「…!!違う!私は……」
「違うことはあるめェ、テメェはコレを基に刀を打ってもらう。俺達の為にな」
「違う…お前達の為じゃない」

「じゃあ誰の為に?」と不気味に笑った高杉に、何も答えることが出来ずには
鉄子は拳を握りしめると、船内へ戻って行った。




















その背中を見送ったところで、漸く黙りを決め込んでいた男が言葉を口にする。

「ふーん。これがねぇ……」

物珍しそうに冊子を捲っていた男は、自分が内容を読んだところで何も分からないと、高杉に呆気なくソレを手渡した。

「こりゃあ。なかなか面白ェ暇潰しじゃねーか。お前もそう思うだろ、辰馬」
「いんや。おんしはそう思っとるかもしれんがのう」

坂本は高杉には付き合いきれないとばかりに、口をヘの字に曲げて息を吐いた。
空を見上げれば、既に一等星が光り輝いていて。
赤く染まっていた世界も、徐々に薄暗くなり。代わって闇が町を包み込むのも時間の問題だろう。
あまりにも、儚い世界。
だからこそ、美しい世界。

「金時は色んなモンに好かれるのう」

誰にでもなく呟いたその言葉を、高杉がしっかりと拾い上げた。
「その中にテメェも入ってるんだろうよ」と言えば、すぐに坂本から笑い声と共に肯定の返事が返ってくる。
馬鹿みたいに明るく言い切る坂本に、昔の光景を重ねて。
高杉は何処か楽しげに瞳を閉じて、一つの句を詠んだ。

「面白き、こともなき世を面白く」
「…すみなすものは心なりけり、っとなぁ。まっこと、おんしは呑気なもんじゃ」

高杉は煙管の雁首を腕にコンコンと打ち付けると、灰を床に落とした。
昔、戦場で見た血のように真っ赤な夕焼けを思い出しながら。













 
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