不始末の激情

□第三章
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真選組屯所にやって来た、万事屋一行。
いくら辻斬りについての有力な情報を持っていたとしても、目的の人物に会えなければ意味がないと、なるべく柔らかな笑顔を作って門番に近付いたのは万事屋交渉担当の新八だ。

「こんにちわ。あの…近藤さんいらっしゃいますか?」

真選組とは何かと縁があり、自分達が何者かも名乗ることもないので、先手を打とうとそそくさと用件を伝える。

「やぁ、君達か。局長に用事かい?残念だけど、局長は例の辻斬りの対策本部を設置するって言うんで、警察庁に出向いているんだ」
「そうですか……じゃあ、土方さんは?」
「副長も、三件目の辻斬り事件被害者の解剖結果を貰いに出ててね。此処には居ないよ」

今、真選組は辻斬り事件で持ちきりらしい。
先程の遺体を運び出した後も仕事が山積のようで。
内容が内容だけに、あまり話もしたこともない隊士に話すのもどうかと思ったのだが。

「じゃあ…沖田さんは?」
「あぁ…沖田隊長は、今は自室で休んでるよ。また寝ているんじゃないかな?」
「……寝てる?…なら、会わせていただけますか?」
「怒られてもしらないよ。あの人、昼寝の邪魔をされると本気で怒るから」

まいっちゃうよなぁ、と漏らしながらも男は門を開けてくれた。
手続きも特にしなくていいらしく、こんな時に怠慢ではないか?と思ったが楽なことに越したことはないので自分達からは何も言わなかった。
沖田の部屋に案内されるまで、黙って男の後をついていく三人。
新八が銀時をチラッと見れば、お前は余計なことは話すな、と視線で釘を刺されているのが分かった。神楽も隣で頷いている。
















「なんでィ。俺の昼寝を邪魔するなんざ、土方さんが死んだ、くらいの吉報じゃなけりゃ許しませんぜ」
「残念ながら、そうじゃねーな。本当に残念だけど。うん」

部屋に通されると、真ん中で座布団を枕にして横になっている沖田がまず目に入った。
背中をこちらに向けて、規則的に上下していた体がもぞりと動く。
銀時は沖田の傍らに腰を下ろして、腕を組みわざとらしく溜め息を大きくついたのだが。
それでも全く起きる素振りを見せない沖田に、神楽は口元を歪ませて傘の先端を向ける。それを手で押さえ、たしなめる新八。

寝返りをうって、ようやく視線を合わせた沖田だったが、その顔は厭らしい程にニヤリと笑っていて。
その事に腹が立った神楽は、自身の怒りを抑えるようにそっぽを向いてしまった。

「ゴリラといい、多串くんといい。随分と辻斬りの対策に追われてるみてーだな」
「そりゃそうですよ。警察は何やってんだ、ってマスコミもうるさいんでね。本庁も本腰入れて犯人の捜索に乗り出したみたいでさァ」
「ふーん。で、何か手掛かりは見つかったの?」
「いや、犯人が尻尾を出さないんで。ほとほと困り果ててるところで」
「…なるほどね」
「今までの被害者に共通点も何もなくって。いや、まぁ辻斬りなんてどれもそんなモンですけどねィ。証拠も何も残していかねーってんで、山崎に探らせることも出来ねェ」

そう言って、沖田は体を起こして胡座をかいた。
欠伸が出ているところを見ると、まだまだ寝足りないらしい。
暑さの為かスカーフは外されていて、だらしなく胸元はあいている。




「で、俺に何の用ですかィ?辻斬りの犯人でも捕まえたとか?」
「いや。そうじゃねーけどよ」
「じゃあ……」
「その犯人さ、目星が付いたんだよね」

沖田の、寝起きで半目だった瞳が一瞬見開かれた。
銀時の口調は内容に反して穏やかで、しかし笑うことはせずに淡々としている。

「そりゃ…なんでまた」

これは難事件だと、半ば警察が途方にくれていたところに、犯人の情報。
万事屋の連中はことごとく期待を裏切らない奴等だ、と沖田は平静を装いつつも、内心苦笑いである。

「万事屋って仕事やってると、自然と情報網が広がるもんでね」
「へぇ。…それで?」
「紅桜って、あっただろ」
「あぁ…あの鬼兵隊と桂一派の衝突の際に使われたっていう、カラクリ刀のことですかィ」

銀時から紅桜の話を持ち出すなど、立場をわかっていての発言なのだろうかと、興味が湧いた。
やはり、この男はあの件に関わっていたのか。
あの攘夷二大派閥の衝突に関わっていたとあらば、銀時自身にも攘夷活動をしていたという疑いがかかるのは必然なのだが。

「そうそう。その刀を振り回してヤンチャしてたのが鬼兵隊の岡田似蔵」
「人斬り似蔵ですねィ。でも奴はあの一件以来、行方不明になっていた筈じゃあ……。まさか旦那。岡田が今回の辻斬りの犯人だと?」
「そ。アイツが犯人だと思うね、俺は」

「にしても、犯行動機が分かりませんねィ。何か心当たりでもあるんですかィ?」
「人斬りのやるこたぁ理解しがたいけどよ…前回と同じだろう。あの紅桜を扱えるのは奴しかいねーからな。完全に寄生されちまって、身体の一部になっちまってるようだし。頭でもイカれてんじゃねェの?」
「旦那…紅桜について。よく、知ってるじゃねーですか」

駆引きを楽しむように、瞳を細めた沖田に銀時は思わず黙ってしまう。
『自分への復讐の為に辻斬りを起こしている』なんて言えるわけもなく。

「あー…違うよ?聞いた話ね」

銀時はぶんぶんと手を振ることしか出来なかった。

「それと今回の辻斬り、目撃情報があったんでな。なんでも刀から触手が生えてたって。そんなん人間技じゃねェ。カラクリしか考えられねーよ」
「その情報、信じていいんですねィ」
「どうやら、テメェらも捜査に行き詰まってるみてェだったからよ。善良な市民として、手伝ってやろうかと思ってな」
「そりゃどうも。ありがてェ話でさァ」

沖田はスカーフを持ち、立ち上がると、障子に手をかけ部屋を出ていこうとする。
服装を整えつつ、爽やかな笑顔を作り出すと。

「早速、上に連絡してみますぜ。捜査に協力ありがとうございます。善良な市民の『白夜叉』さん」
「……」

それは明らかにお前を疑っている、というニュアンスが含まれた言葉であった。
攘夷志士として、紅桜の騒ぎに参戦したのではないか。
今回も何かをやらかすのではないか。
という疑いが晴れることはなかった。
むしろ今回、銀時が持ってきた情報を聞くに疑いが強まったようだ。
情報を真選組に提供している以上、互いに敵になることはあり得ないが、場合によっては銀時を捕まえることも考えているだろう。

「あ。ちなみに、対策本部が出来てから有力な情報提供者に懸賞金出すつもりで居たんですけど」
「…なんだと!?」
「いやいや、でも今回はまだ設置されてないんでね。金は無しっつーことで」
「…え」
「じゃそういうことで」

有力な情報も手に入れられたことだし、さっさと上に報告して昼寝を再開でもしようと沖田は部屋を出ていった。









「銀さん、疑われちゃいましたね…」
「真選組の連中も、これで似蔵を追うことになるだろ。被害者をこれ以上出さない為にもそれは仕方ねェよ」
「…でも、本当にこれで良かったんでしょうか」

その答えはこれから分かることだと。
今は、自分達に出来ることをするしかないのだ。
まずは万事屋に帰ったら、ある場所へ出向かなければならない。

銀時達は屯所を後にした。









 
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