不始末の激情

□第二章
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定春を連れて町内を一周することにした面々。
確かに室内にこもっているよりも風がある分、不快指数は低い。だが、暑いことには変わりないので、普段よりも重い足取りで道を歩いていた。

まだ昼過ぎということもあり、停電していることを感じさせないほどに、町は賑わいを見せていたが、見えないところで被害は出ていたようで。

「んだよぉ…どこも冷たいモンなんて売ってねーじゃねェか」
「広範囲で停電しているみたいですね」
「ったく…これなら俺一人でスクーター乗って、アイス買ってくりゃ良かったな…」
「ちょっと!アイスが目的じゃないですから!!あくまで散歩ですよ、散歩!!スクーターになんて乗ったら定春の散歩どうするんですか!!」
「…あ?そんなの走りゃいいだろうが。そもそも獣なんてのはな、広い大地を、」

と、そこまで言ったところで銀時の頭に激痛が走る。

「いだだだだ!!離せ!いや、離して下さい!」
「わぉん」
「すいませんでした!ちゃんと散歩しますから!!頼むから離して下さい!」

定春に頭を被り付かれ流血する銀時を、二人は助けることもせずにしれっと顔で歩き続けた。いつものことだ。



三人は万事屋を出てからというもの、通りかかったコンビニやスーパー。至るところに寄っては中を覗いてみたのだが、どの店にも「今は停電中だから、そういったモノは販売してないよ」と言われてしまって。
三人の中でいつの間にか戦いとなっていたものは、もう何連敗かもわからなくなった完全な負け戦になっていた。








「あ」
「どうしたネ」

急に足を止めた新八の視線の先には、知り合いの姿。
布を額に巻いて、町中に溶け込むことがない作業着姿に身を包んでいたのは、

「あれって…鉄子さん、だよね?こんなところで何やってるんだろう。家はこの辺りじゃない筈だけど」
「本当アル、おーい鉄子ォォ」

神楽は今までの足取りが嘘のように、手を大きく振りながらタタタっと鉄子に駆け寄って行った。
その声に振り返った鉄子は、一瞬驚いたように目を見開いて。僅かに顔に影を落とした。

「お久しぶりです鉄子さん。今日は買い物か何かですか?」
「……あぁ」

にっこり笑顔で話す新八と対照的に、浮かない返事をする鉄子。
そうして二人の後から遅れてやって来た銀時の姿を視界に入れると、視線をすぐに反らしてしまった。

「どうしたネ、なんだか元気ないアル」
「…何でもない。暑さにやられただけだ」
「大丈夫アルか?ま、この暑さじゃ体調が崩れても仕方ないネ。全部停電のせいアル」

その、『停電』という言葉に、鉄子はビクッと体を震わせ反応を示す。
それは本当に些細なものであり。案の定、異変に気が付いたのは銀時だけであった。
神楽と新八の二人はそういえば停電の原因ってなんなんだろうね?と話し始めてしまう。







「…あ」

鉄子は視線を感じたのかチラッと銀時を見たが、普段通りのやる気のない瞳に安堵したのか、呟くように小さく口を開いた。

「その……銀さん。ここらで最近起こっている辻斬りの話を知ってるか?」
「辻斬りィ?…いや、知らねーな。テレビも見れねェし、仕事もねェしで何の情報も入ってこないからよ」
「そうか。ついさっきも…そこの河川敷で死体が上がったらしいが」
「へぇ、おっかねェ話だな。ったく、幕府のワンちゃんは何をしてんだかねェ、さっさと捕まえろってんだよ」
「おそらく…捕まえられないのだろう。相手はかなりの手練れだと聞いている」

銀時は話の内容に興味がないのか、ふーん。と鼻に小指を突っ込み、欠伸までしていた。
江戸では辻斬りは今に始まったことではないし、放っておいたところで勝手にお縄につくだろうと思っていたからである。
自分は万事屋として、辻斬りを捕まえてくれと依頼されない限り、動く必要もない。

銀時は鼻から引き抜いた小指をジッと見て、新八と話し込んでいる神楽の服に指を擦り付けては悪戯に笑った。

「じゃ、お前もこんなとこほっつき歩いてねぇで、その辻斬りとやらに気を付けた方がいいんじゃね?」
「いや…私は大丈夫だ」

何の確証もないくせに、そう言い切ってしまう鉄子が、不思議でしょうがない。

「そ、なら良いんだけど」
「銀さんこそ、くれぐれも…気を付けてくれ。じゃあ私はこれで…」

そう言った鉄子の声は、消え入りそうだった。
苦しそうに言葉を紡いで、新八と神楽にも挨拶をする。

「ちゃんと食べて早く体調治せよナ」
「あぁ、ありがとう」

三人の横を通り過ぎる鉄子の後を。甘い香りがついていく。
鼻につくその香りが、どこかで嗅いだことのあるものだと、銀時は唸り考えた。
シャンプーでも香水でもない。薬のようなハーブのような、それでいて僅かに甘い香り。

何処で嗅いだ?この匂いは。
記憶を掘り返しても、なかなか思い出すことが出来ずに、もういいかと諦めかけたその時。


ふと思い出した匂いの元に、
目の前の世界が揺らいだ。

「おい、」
「…ん?」

すでに鉄子とは距離があったため、銀時は少し声を張り上げて彼女を呼び止める。
そうまでして確認しておきたかったこと、とは。

「…鉄子。お前、煙管なんて吸わねェよな」
「煙管?…あぁ。吸おうとしたこともないな」

何故そんなことを聞く?と、顔をしかめた鉄子に、
何でもない、とだけ答えて。万事屋の三人と鉄子は別れた。





 
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