壊れた世界、希望の国

□第八章
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自信がないだけなのかもしれない。また大切なモノを失うことが恐くて。
だから何も手に入れないなんて、そんなの笑ってしまう話だけど。

自分は何になりたいのか
自分には何が幸せなのか

それが分からなくて。


















「何があっても、もういいのォ〜くらくらァ燃える火をくぐりィ」

獄舎には、少女の歌声が響いている。
どうやら機嫌が良いようで、かなりの大声、熱唱であった。
薄暗い獄舎内に、明るい声。なんだか可笑しなものだが、これは少女の食後の習慣であり、ここに来てからと言うもの日々のお決まりになっていたのだ。
少女、神楽は独房の中を行ったり来たりしている。
その姿はまるで動物園にいるライオンのようだ。端から端へ動き回っては、落ちていた木の棒を指揮棒代わりに大好きな演歌を歌っている。

「あなたとォ越えたい〜天城越えェェェ♪」

小節を利かせて歌う気持ちいい山場に、神楽は天を仰ぐと満足げに笑顔になった。
上を見れば、視界の角に映るもう見慣れた小窓。
いつもなら綺麗な青空が見える筈なのだが。

「ん?」

代わりにそこに『居た』のは、こちらをジッと見詰めている大きな両眼だった。

「…!!お前、何者アル!!」

神楽は瞬時に両手を構え、相手を睨み付けた。
不思議と敵意は感じないが、人間のモノではない視線に体が硬直する。
クリクリと大きなその眼は、興味津々に神楽を見ており、質問にも答えなければ動こうともしない。




「どうしたエリザベス、誰か居たのか?」

次に現れたのは、ウザイくらいの長髪の男。
窓が小さく、全体を見ることは出来なかったが、どうやらこちらは人間らしい。小窓の高さからするに、脚立か梯子なんかを使っているのだろう。

「お前達、何者アルか!!何しに来たネ!!」
「ん?貴様こそ何者だ」

ここに捕らえられているということは罪人に違いないが、こんな子供が一人でこのような場所に居るなど可笑しな光景だ。と、男はエリザベスをむんずと退けると小窓に顔を付け、まじまじと中を覗いた。

「あ、お前もしかして…銀ちゃんから言われて、助けに来てくれたアルか!?」
「…銀ちゃん?誰だそれは」
「鬼兵隊の銀ちゃんネ、くるくる天パの」

神楽の言葉に男の顔色が変わった。
その様子に「やっぱり!」と嬉しげに窓の下に駆け寄る神楽。
新八の存在があった為、そこまで居心地が悪かったわけではないが、やはり外に出られるならば、此処からはおさらばしたい。
やっと自由になれると思うと、自然に顔がほころんだ。

「さっさとココから出せヨ」
「ちょっと待て、銀…ちゃんだと?貴様こそ何者だ、何故銀時のことを知っている」
「お前…銀ちゃんに頼まれて、助けに来てくれたんじゃないアルか?」
「助けに?ということは貴様、もしや鬼兵隊の一員か」
「ん?……うん」
「そうか…なるほどな」

男はようやく理解する。
鬼兵隊ならば、少女が言ってることが分かるからだ。どうやら自分を鬼兵隊からの救援だと勘違いしているらしい。

それにしても何故この少女は、銀時のことを『銀ちゃん』などと呼んでいるのだろうか。
いつの間にこんな少女と親しげな関係に?
そもそもあの男は、他人とは距離をもって接する筈であり、癇に触れば子供さえも斬り捨ててしまいそうなものだが。
と、男はそこまで考え、今しがた頭に浮かんだ言葉にゾッとした。


子供さえも斬り捨てる――


改めて友がそこまで歪んでしまったことに胸が痛む。
男はその痛みを払拭するように、僅かに警戒している少女に向かい自己紹介を始めた。

「俺は桂小太郎、攘夷党の党首をしている。確かに銀時のことは知っているが、俺は鬼兵隊からの差し金ではない。仲間が捕まったようでな、ここまで助けに来たのだが…どうやら場所違いだったらしい」
「お前、銀ちゃんの知り合いアルか」
「…あぁ」
「じゃあ、私をここから出せヨ」
「……」

桂は少し考える素振りを見せ、顔を曇らせた。

「それは無理だ」
「なんでヨ」

「鬼兵隊のやり方は感心するものではない、聞けばまた過激なテロを画策しているようではないか、そもそも貴様を逃がしたところで俺には何の得にもならんしな」
「過激なテロ?あぁ…次の作戦ってやつアルか」
「そうだ、ターミナルを乗っ取るなど考えられん、一体どのくらいの市民が巻き添えを食らうと思っているんだ」
「…ターミナル?乗っ取り?」
「貴様、知らんのか」

まったく何度目だろう。と神楽も同じく顔を曇らせる。
自分は知らないことが多すぎる。確かに鬼兵隊に入ってから日は浅いが、ここまで何も知らされていないと『道具』としても、上手く動けないのではないか。

「俺は高杉と銀時を止めねばならん。鬼兵隊に加担するつもりは毛頭ないし、貴様を助けるなど言語道断だな」
「へぇーお前、片目野郎とも知り合いアルか」
「知り合いもなにも、俺達三人は幼馴染みだ」

桂の胸が、再びズキリと痛んだ。

「あの二人と幼馴染みなら、お前も同じこと考えているんじゃないアルか?」
「昔は…な。しかし、今は違う」
「…ふーん」
「できることなら、変わってしまった彼奴等の考えを改めさせたいものだが」
「……」
「世の中というのはなかなか思い通りにはいかぬものだな。国どころか友を変えることもままならぬわ」

こんなところで見ず知らずの少女になんて話をしているんだろう
と、桂は長く息を吐く。自分らしくもない。






「おい、ヅラ」
「…ヅラじゃない!!桂だ!!」
「その鬱陶しい髪はヅラじゃないのかヨ」
「これは地毛だ!!まったく、どいつもこいつも同じ様なことを言いおって!!」

「私をココから出せヨ、銀ちゃんを助けに行くネ」
「助け…だと?」
「二人を変えたいんデショ?なら私もお前に協力するアル」
「随分と面白いことを言うものだな。貴様も鬼兵隊なのだろう?」

「うん。次の作戦が大事だってことは知ってるネ。でも、もしそれが成功したら…」


銀時の本当の笑顔は一生見られない気がする。
心が深い闇に飲み込まれてしまう気がする。


「…何でもないアル、とにかくここから出せヨ。私もお前に協力してやるネ」

神楽自身、なんでこんな気持ちになったのか分からなかったが。
この幼馴染みという男は先程、銀時が変わってしまったと言っていた。
つまり昔は、今とは違っていたということになる。そこに期待をしているのかもしれない。
だが、作戦を阻止しようものなら鬼兵隊の一員として、裏切ったことになってしまう。短い間だったが、世話になったのは確かだ。
こんな時でさえ、礼儀や道徳が頭を過るものだから困る。




幼き心が揺れた。
何があの男にとっての幸せなんだろうか。
考えたところで、神楽にはまだ分からない。

「お前、名前はなんと言うのだ」
「私?私は神楽アル。勝手に特攻隊リーダーにされたネ。それでここに捕まったアル」
「なるほど。……ではリーダー」
「いや、神楽アル」
「俺がここから出してやろう」
「本当アルか!?」
「あぁ。だが、俺に協力すると言ったことを忘れるな」

うんうん、と激しく頷く神楽を見て、桂は考えていた。
もし少女が言っていることが本当ならば、自分の協力者が増えるのは喜ぶべきことである。だが逆に、この少女が言ったことが全て作り上げられた嘘ならば、鬼兵隊の隊士を助けてしまったことになり、相手側の戦力を戻してしまうことになるからだ。

そんな考えが渦巻いていても、桂が少女を助けようと思ったのは、結局こんな小娘が戻ったところで鬼兵隊はそこまで勢力を戻さないと考えたからである。
それともう一つ。

少女の純粋に輝く青い瞳が、どこまでも広がる青い空を連想させたからである。
それはどこまでも広がる可能性、にも思えて。
















「おい!そんなところで、何をしている!!」
「……ん?」
「お、お前は……!?桂小太郎か!!」

どうにも話が長すぎたらしい。
丁度見回りに来た真選組の隊士に見つかってしまった。
隊士は、神楽の入っている牢の鉄格子をガシャリと掴み、小窓から顔を覗かせている桂を睨み付けていた。

「…まずい!!気付かれた!!」
「ぎゃー!!ヅラァァァ、待てヨ!逃げる前に私を…」
「…少し離れていろ!!それと目を閉じておけ!!」

「桂だ!桂が現れたぞ!!」なんて声と、ピィィィィと高い笛の音が聞こえる。
神楽は言われた通り部屋の隅に身を寄せ、瞳をギュッと瞑った。
瞼の裏に広がる闇。一瞬で暗闇が自分を支配する。




目を瞑っている神楽にはよく分からなかったが、聞こえた爆発音と肌に触れる煙の感触に、桂が何か爆発物と煙幕を使用したのだな。と理解した。
神楽が目を開くより先に、大きな男の手に腕を捕まれ引っ張られたが、これは桂の手なのだろうと、抵抗せずになるがままに身を任せた。

そういえば、こんなこと前にもあったな。と思い出したのは、つい最近のことで。
未だ覚えているあの男の手の温もりと、今自分を引っ張っている男の手の温もりは、同じだった。
二人とも神楽を庇うように何処か優しく、それでいて力強い。
自分の肌に伝わるその熱は、二人が人間であるということを意味している。

やっぱり銀ちゃんは、夜叉なんかじゃないんだ。あの男は『銀時』なんだ。
結局、銀時はここまで助けに来なかったけれど、本当は助けられるのは自分じゃなかったんだ。

神楽は自分が作り出した暗闇の中、呟いた。

「銀ちゃん、今助けに行くヨ」

















「桂の野郎……!!あの小娘はどうした!?」
「居ない!?…くそっ、やられた!!」
「何故、桂が鬼兵隊を助けるんだ」

真選組の仲間が駆け付けた時には、すでに牢の中には誰も居なくなっており。
小窓が付いていた壁は大きくヒビが入っていた。

ポッカリとあいた、人が通り抜け出来るほどの穴を、隊士等なすすべもなく見つめていた。









 
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