壊れた世界、希望の国

□第五章
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「暗殺計画?」

「そうだ、どうやら攘夷浪士共がお前の暗殺を企てているらしい、ほら、明日外に連れてってやるって言っただろう?何でだか知らねーが、その情報が漏れちまってなァ」

「そうか…」


部屋は少し薄暗い
チラチラと灯りがともり、茂茂の神妙な面持ちが照らし出された
国で最高の地位、征夷大将軍、徳川茂茂の前には
松平が頭を下げるわけでもなく、ただ突っ立っている
その光景は、普通ならばおかしなものだが
二人の関係は、将軍と警察庁長官の立場を越えた、親子の様な繋がりがあるのだ
故に、誰も松平を咎めるようなことはしない


「まぁ、そういうこった、悪いが明日は城でのんびりしててくれ」


松平の隣には膝をつき、顔を伏せている男が一人
気配を消しているのか、暗闇に紛れるその姿は、視界にいれても気が付かない程に存在感がなかった


「代わりにお前の影武者を用意する」

「…その者は」


茂茂はその男に見覚えがあった


「安心しろ、こいつァ俺が信頼している、忍のプロだ」

「面をあげよ」

「…元お庭番衆、摩利支天の服部全蔵参上つかまつり候」


上げた顔を見て
やはり、と茂茂は声を漏らした

実際に話すことは始めてだが、何度か姿は見たことがある
うっすらと重なる、全蔵の父の面影

全蔵は、かつてお庭番衆最強と言われていた男の息子だ



「たしか…」


茂茂は、この男の父が現役を引退した理由を思い出し、ハッと松平を見る


「大丈夫だ、コイツから言ってきたんだよ、影武者役は俺しかいないってな」

「しかし…」

「上様、この様な大役、私では役不足かもしれませんが、もし上様がこの服部に明日、お任せいただければ光栄でございます」

「そなたの父もまた、先代の影武者をつとめ重症を負った身、危険なことは承知の上だと思うが」


全蔵の父は、同じくお庭番衆時代に先代将軍の影武者役の命を受け、忍の命である足を負傷していた


「はい、ですがこれも何かの縁、必ずや上様を守り抜き攘夷浪士共を一網打尽にしてやる所存にございます」

「影武者とな…余は、あまり気がすすまぬ」

「しかしお前が殺られちゃあ、こっちも困る、民思いも多いに結構だが国のトップであることを忘れんなよ」

「片栗虎 …」


茂茂は沈痛な面持ちで、少し黙ってしまった











「攘夷浪士とは……幕府が作り出してしまったものである、国を想い、刀を取り、戦った彼等を狂気に染めてしまったのは我々なのだ」


全蔵は、この短い時間で
茂茂の人間としての器の大きさ、そして将軍としての誇りを感じていた
この男ならば国を正しい道に導けるのではないか、と思う
噂に聞いていた、お飾りの将軍など、とんでもない

茂茂は、心苦しそうに話を続けた



「かといって復讐が良いわけではない、仕返しや張り合いなど…本当の強さではないのだ、 くじけない、愛する人達を護り通すというのが、真の強さなのだと余は考えている」






「余はこの国が好きだ、笑えるか?片栗虎」


自嘲の笑みを浮かべ、茂茂は視線を松平に向けた
茂茂自身も、天道衆に支配されている今の政権が、良いものだとは思ってはいない
そして自身がお飾りの将軍であるということも、充分理解していた
しかし、それでもこの国が好きなのだ
常に国を想い、これから先の未来、どうすれば国が良くなっていくのかを考えている


茂茂の問いに「いいや」と軽く首を横に振り、静かに瞳を閉じる松平


「国民を愛し、この国を護り抜く、それが余のつとめ……そなたとて例外ではないのだぞ全蔵」











「必ずや生きて戻れ」

「ありがたき御言葉」


全蔵は頭を深々と下げ、退室の命が下ると音もなく、闇に紛れるように姿消した









 
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