壊れた世界、希望の国

□序章(H27.8.5修正)
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かぶき町。
ネオン輝く町も、太陽が真上にある間は色を変え、人の流れも異なる昼の刻。
「なぁなぁ、高杉」
そう口にした白髪の持ち主が、高杉と呼んだ男の後をのそり、とついていく。
その髪は耳まで掛かる程の長さがあり、重力に逆らうように、あちらこちらに自己主張した毛先は特徴的であった。太陽の光を浴び、キラキラと輝いた白の髪は人間のそれは異なる美しさを持っている。
彼の纏っていた白地の着物は、裾に渦のような瑠璃色の模様が施してあり、髪色と着物に溶け込むことなく浮き出て見えていた。

その為か、彼は何をする訳でもないのに人目を引いていた。
通りをすれ違う人々は、その男の美しさに一様に振り返り、目を見開いているのだ。
だが男はそれを特に気にすることなく道を往く、このことに慣れているのだろう。
「高杉ぃ」
彼がまた同じ名を呼ぶ。
先程から何回も同じ名を口にしていているのは、その男から一向に返事がないからだ。
苛立ってきたのか、語気が強くなり声も大きくなる。
しかし呼ばれた男、高杉はそんなことはお構いなしに振り返りもせず前を歩いていた。
網笠を目深に被り表情は見えないが、呼ばれても振り返らないあたり、少々機嫌が良くないようだ。
「いつまで無視して、」
「黙ってろ」
白い男の言葉が言い終わるのを待たずて、高杉がぴしゃり、と言葉を放った。それには間違いなく怒りが含まれていただろうが、白髪にとってそんなことはどうでも良いこと。
ようやく歩みを止め、意識をこちらへと向けてくれたのだ。余程嬉しかったのか、白髪の男は目をキラキラと輝かせていた。

「下らねぇことで騒ぐんじゃねェ。どうせ、腹が減ったなんて言うんだろう」
「お。当たり」
正解を告げる様に、白髪の男からはこれでもかと言う程に大きく鳴り響く腹の音がする。
呆れた、と首を横に振る高杉。青褪めた顔で腹を擦る男。
「俺、今日何も食べてねぇし……」
うぅ…と唸り、男が腹を抱え座り込んだ姿を見て、高杉は露骨に嫌な顔をした。
大の大人が道の真ん中で座り込んでいるのだ。益々、二人に好奇の目が向けられる。
「テメェがさっさと起きずに転がってるからだろうが。餓鬼じゃねーんだ、テメェの世話まで押し付けるんじゃねぇよ」
「腹減った…駄目だ。俺はもう動けない」
「じゃあそこから動くな。野垂れ死ね」
「そんなこと言うなよ!三百円でいいから!!」
「テメェの母ちゃんじゃねェぞ、俺は」
「……甘いもんが食べたいんだよなァ。最近食べれてねぇじゃん?糖分が足りてないんだよ」
すっかり動かなくなってしまった男に、高杉は舌打ちをした。
普段ならそのまま置き去りにするが、放っといて面倒なことになるのを恐れたのだろう。懐から銭の入った小袋を放り投げる。

白髪は子供の様に顔を顰め、歯をいの字に作り見せた。
「サンキュー!!すぐに帰るからさ」
受け取った袋の紐を解き、すぐに中身を確認する。目当ての物を手に入れ、満足そうに男がにんまりと笑った。
「目立ったことはするんじゃねェぞ」と高杉が再び歩き始め、低く唸るような声を出す。
それは常人では恐怖を覚えるだろう声色だったが、白髪の男には通用しないらしい。彼は軽くあしらっていた。
「大丈夫だって、飯食うだけだから」
「…テメェは只でさえ目立つんだ。終わったら真っ直ぐに帰って来い。例の準備をしなくちゃならねェ」
「分かってるよ」
高杉のその声にも動じず、男は生返事をすると手をブラブラと振った。
くるくると小袋を回しながら先程までと違って足取り軽い彼。その背中は昼の雑踏に埋もれ、すぐに消えていった。



*******



今は昔。
後に天人と呼ばれる生命体が地球に降り立ち、新たな文明が流れ込もうとする時代の節目。
この天人を排除しようと、侍達は刀を取り合い数々の戦を起こしていた。
後に攘夷戦争と呼ばれるこの戦は数十年にも及び、戦争が終盤に差し掛かっても尚、小さな火種は消えることなく各地でくすぶり続ける。

だが開国をしてからというもの、幕府により廃刀令が発令され、刀を奪われた侍達は戦う気力と居場所を失っていってしまった。
白夜叉と恐れられ、抜きん出た活躍を見せた男も姿を消し、彼は伝説の攘夷志士と成りて、その名だけを後の時代へ残す。

だが、もし。あの時。
白夜叉が違った道を選択したならば。
この世界を最も憎んでいる『はず』の彼が、復讐の道を選択したのならば。
これはそんな、もうひとつの鬼の話。




 
 

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