何れ、壊れる

□わかる
1ページ/3ページ





それぞれの夜が明けた。
それでも僕達の目の前は真っ暗だ。

きっと彼も同じだろう。
全てを自覚し堕ちていく彼も。




*******





開けられた襖から、青い空が見える。
その日は、ゆらゆらと浮かぶ白雲と青の対比が美しく、時間を忘れて白の流れを見惚れてしまいそうな、絵になる空が広がっていた。
その時は、驚く程に平穏だった。
たまに吹く風がまた心地好く、雑念や思考が全て持っていかれるような。穏やかな時でもあった。

それでも山崎は、酷く浮かない顔をして座っていたのだ。
彼の前にあるのは、簡単に纏められた報告書と、静かに座る上司の姿である。穏やかでありながらも殺伐とした日に、変わらず山崎の前に居る男はやはり真選組の太陽のような存在だと思った。

山崎は、ぐっと拳を握り締める。
人生で何度あるか分からない、こんな穏やかな日を和やかに過ごせないのは、始めて隊服に袖を通したあの日から決まっていた事だ。
決まっていた事だけれど。

「…気が重いですね」
「あぁ」

そのまんまを口にして、山崎は唇をむずと噛み締める。
前に鎮座する近藤は、いつになく顔を強張らせて言葉を低く放った。

「たが、これも任務だ。それに本当に奴が下手人ならば、俺達の手で止めてやるのが筋ってもんだろう」
「そう…ですよね」
「頼んでいた件、御苦労だったな」
「あぁ…はい。しっかり調べてきました」

乗り気でないのか、顔を上げた山崎の視線が泳ぐ。
こんな事は珍しいので、つられて近藤も憂い顔になってしまった。

「吉田松陽について、ですよね」

そう言って、山崎は報告書を近藤へと渡す。
急いで作られたものだろう。箇条書きにされた、紙一枚の簡単なものだ。

銀時が何故、今更攘夷活動を始めたのか。新八と神楽が松陽の存在へと辿り着いたように、真選組も同じく松陽に目を付けていた。
本来ならば浪士達の理由など御構い無しに、お縄に掛けてしまうところだが、銀時は特別だったのだ。
それは近藤の最後の抵抗であり、最後の希望だった。


辻斬りの容疑者として銀時に逮捕状が出されたのは早い段階であった。それでも近藤は直ぐに万事屋へと出向く事はしなかった。
『アイツは、むやみに人を殺める事はしない』と。

これは完全に私情を持ち込んだ行為であったが、隊士等は誰も近藤に逆らう事はしなかった。
安易に坂田銀時を鬼だと決め付ける事は出来ない。真選組は彼と関わり過ぎていたのだ。


「吉田松陽。萩にて松下村塾を開塾。そこで高杉、桂と共に万事屋の旦那も彼の下で文学や剣術、生活していく為に必要な生きていくための学問を学んでいたようです」
「その後、寛政の大獄で捕らえられ…」
「処刑されています」

沈黙が二人を包み込む。
幕府の人間として、これは既に得ていた情報であった。しかし攘夷思想の持ち主に、僅かにでも情けをかけてしまう出来事だったので、二人は何とも複雑な心境になる。
彼等を捕らえなければならない身でありながら、情を移してしまうなど言語道断だ。

だが、山崎はそういった感情を振り払い、瞳に強く光を宿した。救いはあると、近藤に訴えかけるように。信じる道には、まだ光が残っていると言うように。

「ですが、吉田松陽の処刑は偽られたものであるという可能性があるんです」

山崎の言葉に、近藤は静かに目を見開く。

「町中で彼に似た人物を見たとの目撃情報もありますし、死体の偽造、捏造、隠蔽が考えられます」

松陽の写真などは残されていないものの、寛政の大獄当時を知る人物は多く残されているので、そこからの証言を元に、ある程度の容姿を想像する事は容易だ。
そして、その容姿によく似た人物が最近になって目撃されるようになったという。

「…吉田松陽は生きているのか」

近藤はいよいよ確信に迫る言葉を口にした。
山崎は力強く「はい」と短く答える。

「幕府上層部が騒がしくなったこと、旦那が万事屋を出て行き辻斬りを始めたこと、吉田松陽の目撃情報の全ての時期が一致します。これは偶然ではないんです」
「つまり…?」
「つまり、旦那と吉田松陽が接触していた目撃情報により、旦那の犯行動機は吉田松陽が関係していると思われます。そして吉田松陽が生きていたという事実を隠蔽していた天導衆は、幕府に対し嘘の情報を提示していたことになります。寛政の大獄自体、偽っていたとなれば国を揺るがす大事態ですよ」

むう、と唸り、近藤は腕を組むと瞳を閉じた。
山崎は静かに続きを待っていたが、なかなか言葉が放たれないので、急に居心地が悪くなってしまった。耳鳴りがする程だ。



「だが、それは可笑しな話だな。吉田松陽は尊皇攘夷思想の人間だろうに、何故天導衆は彼を処刑せずに生かしておいたのか」

やっと耳鳴りがおさまったかと思えば、次に山崎を襲ったのは激しい目眩である。
近藤が答えを待つ間、山崎は「それは……」と言葉を探しているようだった。

山崎の腕を信用し任を与えた近藤であったが、今回ばかりは時間が足りなかったらしく充分な情報を得る事は出来なかった。
松陽が生きているという説も可能性の一つにしか過ぎず、確かな根拠は無いのだ。

「やはり万事屋を捕まえ、全てを吐き出してもらうしかないようだな」
「……出来るでしょうか」
「一筋縄でいかないのは承知さ」
「旦那の剣の腕はかなりのものですからね」
「まぁ、取っ捕まえたところで、そもそも真実を語るかも分からないがな」

単独行動なのか、あるいは何かに強要されての行動なのか。高杉や桂と関係はあるのか。
幾度となく銀時と駆け引きをしてきた真選組であるが、次こそは彼を逃がすわけにはいかなかった。今までのように生温いものでもない。

銀時を拷問に掛けてでも真実を語らせる必要があるのだ。
彼がそれほど簡単に口を割るとは思えないのは百も承知。拷問の術に長けている鬼の副長でさえ、彼相手では鬼になれるか分からない。
それでも白夜叉を野放しにはしておけないし、何が起こっているのかを知らなければならないのである。

「旦那…いつものらりくらりと人の話をかわしますよね」
「奴は口から先に生まれてきたような男だよ」
「副長とも顔を合わせては言い合いをしてばかりですし」
「俺達も振り回される事が幾度とあった」
「それで助けられた事も、何度もありますけどね」

気が付けば、二人は何の感情もない平坦な声になっていた。

「あの人は……変わってしまったんでしょうか」

近藤は拳を握り、山崎は唇を噛み締める。それは二人に僅かな痛みを伝えていた。
しかし、歪み渦巻く絶大な痛みに比べれば、そんなもの大したものではなかった。




 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ