何れ、壊れる

□きづく
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先生。
先生、先生。

もう二度とその手を離さない。
アンタの為なら俺はなんだって出来る、何にでもなれるんだ。
傍にいられることが俺の幸せ。
だから。これから先の事を考えると愉しくて仕方がねぇんだよ。


ね、一緒に鮮血に染まろう。





*******





冷えた夜の空気を身体に受けながらも、新八は熱さを感じていた。
静まり返った町を走り、万事屋についた頃には、じわりと汗が滲んでいたくらいだ。
息切れをしながらも頭の中はフル回転で、ここ数日間の出来事を考察していた。思考が絡まり、足取りが重くなる。
自分は何かを見落としている気がする。そう思った。

スナックお登勢から漏れる暖かい明かりを見てホッとする。
その二階、万事屋への階段を上がると、こちらは室内の電気が付いていないことに気がついた。神楽は何処かへ出払っているのだろうか。
念の為、軽く戸を叩いてみる。やはり返事がない。
戸に手をかけると不用心にも鍵は開いており、中を覗くと暗闇が詰まっていた。
それでも可笑しな事に、神楽の靴は玄関にそのまま置かれている。普段よりも綺麗に揃えられている気がした。
新八は恐る恐る部屋に上がる。自然と息を殺してしまった。

居間の電気をつけると、酢昆布の空き箱が床に転がっていた。それを手に取った後で、小さな神楽の影を見つける。

「神楽…ちゃん?」

新八の小さな声に、銀時用の椅子で猫のように丸くなっていた神楽がゆっくりと顔を上げた。目の前には、いちご牛乳と真新しいジャンプが置かれている。

「なんだ、お前かヨ」
「ごめんね…銀さんじゃなくて」

神楽は銀時の帰りを待っていたのだろう。もしかしたら、冷蔵庫にもアイスとかプリンとか彼の好きな甘味が入っているんじゃないだろうか、との考えがよぎる。
神楽は精も根も尽き果てたような顔をしていた。電気すらついていないあたり、新八が神楽と別れた夕方から動いていないのかもしれない。

「神楽ちゃん、夕飯食べた?……食べてないなら僕が作るよ」
「……」
「神楽ちゃん…?」
「銀ちゃんの……昨日の姿が目に焼き付いて離れないアル」

神楽のソレは涙を殺したような声だった。ただ一点を見つめ、見開かれた瞳に絶望の色が漂っている。

「なんでアル。なんで…あんなこと…あんなの銀ちゃんじゃないネ」
「うん……そうだね」
「鼻に指を突っ込んで、ふんぞり返ってジャンプ読んでるのが銀ちゃんアル。あんな…あんな風に人を斬るなんて…」

新八も昨晩の事は、つい先程の記憶のように覚えていた。
耳を擘く断末魔。刀が風を切る音。鼻を突く悪臭。そして、彼の嗤った顔。交差する四つの視線。
悪夢のような出来事だった。

思えば、銀時は今までも自分達に酷い仕打ちをしたこと幾度とあった。
それでも何かしら真実を隠し、自らが悪役に身を置いていただけであり、事が終わればいつもの万事屋がそこにあったというのに。
今回もそうであると思いたいが、昨晩の銀時の姿を見てしまっては、その可能性は低いと思われた。

それと、躊躇いもなく桂に斬りかかった事にも驚いた。いくら普段から言い合いをしている二人でも、刀を交えるなんてことはないと思っていたのに。銀時は間違いなく、本気で桂の息の根を止めるつもりだった。
自分達に銀時が斬りかかるなんて考えたくもないが、桂がいなければ狂気の矛先は変わっていたかもしれない。
それでも。

「銀さんは…訳もなくあんなこと、する人じゃない。きっと何かある筈だよ」
「何かってなんだヨ」
「それは分からないけど……」
「…なんだヨ、それ」

「だから、ここで銀さんの帰りを待ってても駄目なんだよ。銀さんを止められるのは、僕等しかいないから…しっかり動いて真実をこの目で確かめよう。……このまま座ってるだけじゃ絶対に後悔する、と思う」
「後悔…?」
「それに、この世界に残されたのは僕達二人だけじゃないだろ?こんな時だからこそ、皆で力を合わせるべきだよ」
「新八……」
「きっと皆、協力してくれるよ」

銀時が紡いでくれた、皆との絆。全てはこの時の為に用意されたかのようである。
新八は台所へ行くとグラスを二つ持ってきた。
神楽の前に一つを置き、いちご牛乳を注ぐ。残りは自分のグラスに注いだ。

「景気付けに、ね。これを飲んだら聞き込み開始だよ」

グラスが合わさり、音が鳴った。





*******





「いらっしゃい。……ってなんだい、アンタ達かい」
「こんばんは」

戸を開け暖簾を潜ると、お登勢と目が合った。皿を整理していた、たまの手が止まり軽くお辞儀をされる。
「餓鬼ハモウ寝ル時間ダヨ!!」と声を張り上げたキャサリンを、お登勢が宥めた。
新八が店に足を踏み入れ、その後に神楽が続く。
いつもなら顔を合わせるなり、キャサリンと言い合いを始める少女が大人しく俯いている姿に、お登勢が大きく息を吐いた。

「……しょーがないねェ。菓子を摘むくらいなら用意してやってもいいよ」







店内は静かだった。
暇そうにテーブルに突っ伏しているキャサリンと、こんな時もお登勢の隣で手を休めることがないたま。その三人しか居なかったのだ。
酒を楽しむ大人の休息時間真っ只中だというのに常連客の姿もない。

「珍しい…今日はお客さんいないんですね」
「今朝のニュースのお陰だよ。殺人鬼の住処には近付きたくないってんで、朝からずっとこんな感じさ。常連客も来やしない。銀時も余計な事をしてくれたもんだね」
「そうなんですね…」
「奴を匿っているんじゃないかって、警察にまで在らぬ疑いを掛けられちまってねぇ。誰があんな家賃滞納常習犯を匿うってんだい」
「じゃあ……お登勢さんも銀さんを疑っているんですか?」

新八の問いに、お登勢は直ぐには答えずに二人の前に菓子を盛った皿を置いた。「今日だけだよ」と同時に添えられた声は温かさに満ちている。

「銀時が犯す罪なんて、食い逃げかそこらだろうよ。アレは見境なく人を斬るようなタマじゃないよ」





色とりどりの菓子。出された皿に視線を落としながら、新八は黙ってしまった。
そして、何かを決意するかのように一つを手に取ると、口を大きく広げて菓子をムシャムシャと食べる。まぁ殆ど丸呑みである。

「でも私達昨日見ちゃったアル。銀ちゃんが…人を斬ってるとこ」
「銀時が?そりゃ本当かい」

眉を寄せたお登勢に、神楽が小さく頷いた。そのまま俯いてしまった神楽の大きな瞳が震え始める。
その姿を見て、お登勢は何も言わずに煙草に火をつけた。ふぅと一息ついて、紫煙が最後まで空気に溶け込むまでを見送り「アンタ達が、怪我なく帰って来て良かったよ」と神楽の頭にポンと手を置いた。

目に涙を溜めていた神楽の顔がくしゃりと歪むと、次には大粒の雫がカウンターテーブルを濡らしていた。
感情の糸が切れたらしい神楽は、大声を出して泣き出した。その隣で、新八は声をかけることもなく、ただ座っていることしか出来なかった。
信じたいけれど、拒絶される。優しさから差し出した手を、思い切り叩かれたような気分。
皆は銀時を信じているのだから、自分達も気持ちを揺らしている場合ではない、ということは分かっていた。
けれど、

「何がなんだか…分からないアル。もう…銀ちゃんは戻ってこないアルか…」

神楽が声にならない声で、なんとか言葉を口にしていく。
彼の大きな背中に飛びつきたい。そしてもう一度、温かい手で頭を撫でて欲しかった。記憶の中、よぎる優しさに、再び涙が零れる。





「銀時様は、意味なくそのようなことをする方ではございません」

神楽の様子を眉を落として見ていたたまが、普段通りの声でそう言った。 彼女はカラクリであるから、こういった場面でも凜とした声は変わらないのであるが、それが子供達を救うことになった。
物事を冷静に分析解析し、可能性を見つけていく。たとえ嵐の中でさえ、客観的視点に立てるたまは、ある意味で強かった。

「神楽様自身、なにか心当たりはございませんか」
「心当たり……?」
「そうです。銀時様と最後に会った時、もしくは違和感を感じ始めた境に」
「……あ、そういえば。銀ちゃんがおかしくなったのは…誰かと町で会った後アル」
「…そういえばそうだ!銀さんは、散歩から帰って来てから様子がおかしくなってた!」

たまの冷静な声色に、新八と神楽も平穏に引きずり込まれる。
お妙を始め皆によって温められていく心が、徐々に昔を取り戻していった。
二人がハッとした顔を見合わせると、お登勢がそれだ、と鼻を鳴らす。

「その人物ってのは?」
「あ…えっと、分かりません…」
「はぁ?」
「姿は見ていないので…」
「なんだい、振り出しに戻っちまったじゃないかい」

新八が「そうですよね……」と溜め息と共に悄気る隣で、神楽が申し訳無さそうに声を漏らした。

「私…見たアル」
「え…えぇ!?本当!?」
「後ろ姿だけだけどナ。たしか…ヅラみたいに髪の長い人…だったネ」
「何でもっと早く言わないのさ」
「だって……あの時は、こんなことになると思ってなかったネ、それに他の事で頭がいっぱいだったアル。新八だって、銀ちゃんが誰かに会ったの忘れてたじゃないかヨ」
「……まぁ、そうなんだけどさ」

「顔は見てないから…分からないけど。髪の色は薄めで…体は華奢な感じだったヨ」

何か少しでも分かれば。この人物が大きな鍵になっている可能性が高いのだ。
銀時を変えてしまった原因は何なのか。二人はこの人物に会う必要があると考えた。






 
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