何れ、壊れる

□おもう
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桂が高杉と接触をした頃。
新八等三人が、四件目の辻斬りを目の当たりにした日の翌日。

「おかえりなさい。新ちゃん」

その日。新八はいつもと変わらず家路についていた。違うところがあるとすれば、浮かない顔で戸を開けたくらい。
銀時が万事屋に帰らなくなってからというもの、時間があれば神楽の傍にいた新八であったが、今夜は自宅へと帰宅していた。
姉に余計な心配を掛けたくない、という気持ちからである。(そうと言い張っていたい自分の存在にも気が付いているけれど)

玄関にはお妙のモノでない下駄が一つ置かれていた。新八はその隣に草履を揃えて脱ぐ。あぁ、彼女か。と少し気持ちが軽くなった。

「今日は九兵衛さんも一緒に夕食ですか?」

新八を出迎えたお妙が「ええ」と答えるより先に、奥から九兵衛が顔を覗かせた。

「邪魔している」
「こんばんは。どうぞ、ゆっくりしていって下さい」
「いや。僕はそろそろ帰るとするよ。明日、柳生家に幕府上層部からお達しがあってね。今夜は早く体を休めておきたいんだ」
「お達し…ですか?」
「そう。なんでも幕府要人の護衛だと聞いている。人手が足りないらしくてね」

心臓が一つ、激しく脈打った。
何も考えたくなくて、そうですか。とだけ力無く呟く。
護衛。誰からか。そんなもの分かっているくせに。「大変ですね」なんて、知らないフリをしてしまう。
表情を殺した筈なのに、余程顔面が蒼白だったに違いない。新八を見るお妙もつられて顔色が悪くなっていた。

「お妙ちゃん……その、あまり考えこまないように」
「ありがとう」

九兵衛は下駄に足を通すと、眉を落として申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。一度だけ振り返り、軽く頭を下げて志村家を後にした。

「姉上…何かあったんですか?」
「…?何もないわよ。今、夕飯の支度しますから。先にお風呂でも入ってきなさい」
「……はい」

台所へと消える姉の背中を最後まで見送ってから、新八は自室へと向かった。いつもと変化ない、芯のある凛とした立ち姿であった。
しかし、

「姉上は…嘘が下手ですね」

お妙の両目は、真っ赤に腫れていた。







*******







食卓に並ぶ暗黒物質に箸を伸ばして、新八は目を瞑って口へと運んだ。
ここにも変わらない日常があることに安堵し、いつもなら気が重くなる食卓も、気が紛れるからと有り難みを感じた。
焼き魚だろうか。黒々とした物質から尾鰭だけを確認出来た。どうしたらこんな異物に変えられるのか謎に思うのは毎度のこと。姉の作った食事は、あまり噛まずにとにかく飲み込む。流石、弟。慣れたものである。

「明日は、神楽ちゃんの所へ泊まってくるのかしら」
「えぇ。そうすることにします…いつもすみません」
「いいのよ。神楽ちゃんも寂しいだろうから」

姉の優しさに触れ、不意に泣き出しそうになるのを我慢する。くしゃりと歪んだ顔を見られたくないと、俯いて箸を止めた。

「新…ちゃん?」
「姉上。僕…どうしたらいいか分からないんです」

声の震えを自身で感じながらも、新八は続ける。

「昨晩の出来事。僕だって信じられなかった……ですよ」
「ええ」
「でも。この目で見てしまった……」
「そうね」

今朝から報道番組各局が、辻斬りの事件について情報を流していた。
全国指名手配犯として、銀時の顔写真と名前が公開されたのも今朝からである。テレビには、新八が見慣れた間抜け面の上司が映し出されていた。
昨晩見た上司のソレとは、別人であると思うような写真だ。
新八の口から直接、銀時が人斬りを行っていたという事実をお妙に話すことはなく、彼女が真相を知ったのはテレビの鬱陶しいくらいに誇張された情報からである。
その事を新八は悪く思っていたが、簡単には気持ちの整理がつかなかった為に話すことが出来なかったのだ。

一夜明けて。見たところ姉は落ち着いているようだが、銀時が辻斬りの下手人であると受け止められたのだろうか。

「もう…どうしたらいいか分からないんです。真実が何なのか、調べる勇気もない。過去の出来事も笑顔も、全てが壊されてしまったら……どうしようって思うんです」
「そう」
「あの人との記憶が隔たれてしまったら。何も僕らには残らないんじゃないかって……」
「ならアナタは、このまま黙って動かないつもりなの?」

お妙は、顔を上げて。と新八に声をかける。

「新ちゃん。アナタはまだ、全てを失ったわけではないでしょう?」

そして、お妙は優しく微笑んだ。何処か寂しげで、哀しげに。




 
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