何れ、壊れる

□こわす
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傘を深く被り夜の町を歩く。
目立つ長髪を束ねて、気配を殺した。

辻斬り現場に遭遇してから、丸一日。桂はある場所へと向かっていた。
どうしても会いたい人物が居た為に、ここで追われてしまってはそれも叶わないと用心深く歩みを進める。面倒事は避けたかった。
いくつもの赤提灯が、暗闇に浮かんでいる。手入れされた松が立派な門構えに華やかさを添えていた。

桂はそこで歩みを止める。
中からは人の気配はするのに、音がなかった。まるで異世界への狭間に立っているようだ。
戸を静かに開けると、店の者が足音もなくやってきて申し訳なさそうに頭を下げてきた。しっかりと整えられた仕草で、女は「今夜は貸切の御予約がありまして」なんて言ってきたが、桂はそんなことは百も承知であったので、中の人物に会いに来たとだけ告げる。

それでも戸惑う女に、中の者に自分の名を伝えてくれと名乗ると、女は戸惑いながらも奥へと消えた。
ややあって、女が戻り「どうぞ」と声がかかる。桂は頭を軽く下げてから、草履を脱いだ。



「久し振りだな、ヅラァ」
「ヅラじゃない、桂だ」

通された部屋では、高杉が上機嫌で晩酌中であった。
目の前に並べられた数々の豪勢な料理には手が付けられてはいないが、酒は進んでいるようである。
高杉の隣で酒を酌していたまた子は、桂の声を聞くなり立ち上がり席を外した。
部屋を出る際に、睨み付けられたような気がするが、桂はそれを無視して部屋に上がる。

「来ると思っていたぜ?」
「ふん。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「前は毎日と顔を合わせていたっつーのに」
「昔の話だろう。そもそも俺達から距離をとったのは貴様の方だぞ」
「いいや、てめーらの方だろうよ」

高杉が笑って、桂に酒を侑める。しかし桂は、出された杯を受け取らずに腰を下ろした。その様子に、更に高杉の笑みが増す。







「なァ。白夜叉が暴れてる」
「知っている」

高杉は手に持った杯をそのまま自分の口に運び、喉を潤していた。
まさかこの男から話題を切り出してくるとは思ってもいなかったので、桂は僅かに驚く。
しかも高杉の声は、欲が満たされた普段より高いものであった。

「嬉しいのか」
「さァな。だが、奴が幕府の連中を斬ってくれりゃあ。俺も楽できるってもんだ」
「……」
「何が気に食わない?てめーも攘夷志士の『端くれ』だろう。放っておけばいいじゃねェか」

何よりも日常を愛した彼が。何故、自らの手でそれを壊すのか。
金はない、食べる物も贅沢は出来ない。それでも毎日笑い合って彼は幸せを感じてた筈だった。それ以上の何かが、銀時を動かしたというのか。
大きな存在が銀時の背後にチラついている。桂の中で、一つの可能性が真実味を帯び始めた。

「銀時は…あのようなことをする奴ではない。何か理由があると思わないのか」
「すっかり毒を抜かれちまって。狂乱の貴公子は何処にいっちまったんだ?」

高杉の気配が言葉と共に険しくなる。
先程からの挑発を受け流して、桂は遠くを見るように瞳を細めた。

「死んだ」
「あ?」
「死んだ、と言われたよ。銀時にな」
「……はっ。心底面白ェ奴だな」

何が面白いものか、と奪い取るように自ら杯に手を伸ばし、酒を注いでいく桂。
それを物珍しそうに眺めていた高杉は、しっかりと震える桂の手を見ていた。

「面白いなど、本当にそう言えるか?」
「……」
「全てを知った後でも。貴様は奴をそう思えるのか」

桂は一度、言葉を切った。
耳の奥、遠くで懐かしい声が聞こえた気がしたが、桂にはそれが誰のものかはわからなかった。

「銀時が天導衆の人形だとしても?」




 
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