何れ、壊れる

□はせる
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桂はその人に早く会いたくて、いつも駆け足で村塾へと向かっていた。
揃った二つの瞳に、今朝も同じ光景が視界に飛び込んでくる。出迎えるように立っていたその人に、桂は敬意を表すように綺麗な礼をした。

「先生、おはようございます」

皆の手本となるような筋の通った礼だった。これは桂の年に合わぬ子供らしからぬ言動であったが、その人はいつも優しい笑顔で頷き、受け入れていた。

「おはようございます。小太郎」

桂はその人が大好きだった。
傍にいるだけで、じんわりと安心感が胸を満たし癒される。愛しい人。
暖かい声、流れるような仕草。全てが自分の目標であった。
村塾に行けば、高杉だの久坂だの憎らしい奴等と顔を合わせなければならないが、その人に会えるのならば苦でなかった。僅かな時間も惜しんで村塾へと通い詰めた。

毎日、変化のない生活をしている中で、いつからか一人の少年が村塾に現れるようになった
彼の容姿は一言でいえば変わっていて。初めは驚いたものだが、馴染むことに時間はかからなかった。自分以外の者も同じだったようだ。

どうやら白髪の少年は、愛しいその人が何処かで『拾って』きたらしい。詳しい事は分からなかったが、ソイツがいつもその人の傍にいたもんだから。子供心に嫉妬や妬みといった感情があったのは自覚していた。
少年は今日も澄んだ赤い瞳をこちらへ向けて、その人の足元に縋り付いている。その人はその人で、大きな手を少年に預けているから、見ていてあまり良い気はしなかった。





「小太郎。気分でも悪いのですか」
「え…」
「今日の貴方の剣は感情的ですよ」

剣の稽古をつけてもらっている時だった。自分では普段通りに振り下ろした竹刀であったというのに、その人は僅かな異変に気付いたようであった。
珍しいですねぇ。と柔らかく笑われたので、ならば吐き出してしまおうと戸惑いながらも口を開く。

「あの……」
「はい?」
「先生は、やっぱり銀時が一番大切なんでしょうか」

言って、後悔と羞恥からか桂は視線を逸らした。
松陽は「あぁ、なるほど」と子供心を読み取って、安心させるように桂の頭を撫でる。

「そんなことはないですよ」
「…すみません。変な事を聞いてしまいました」
「いえ」

松陽がゆっくりと首を横に振る。そして、

「どんなに頑張ったところで、貴方は銀時にはなれないのですよ」と冷たく言い放った。
背筋が凍るような声に、桂は耳を疑った。
今まで、そんな声は聞いたことがなかったので、桂は蒼白な顔で松陽を見上げる。

「当たり前じゃないですか、貴方は桂小太郎でしょう。一人一人が違うのです。その一人一人を私は分け隔てなく愛しています」

しかし次には、松陽の周りを優しい気配が纏っていた。
いつもと変わらない、なんら可笑しなところなど見当たらない。大好きな先生。
自分の気のせいだったようだ、と桂は安堵した。自分に向けられた確かな愛を感じ、深く安堵した。
だが、この時の桂は松陽の言葉の本来の意味など知らなかったのだ。



人は簡単には狂えない。故に、
桂は銀時になれない。







*******







「ヅラ!!」
「ん…?あぁ、すまない。少し考え事をしていた」

神楽に裾を掴まれて、意識を現実へと戻した桂。
お決まりの台詞が出てこないことに、神楽と新八の調子も狂ったようだった。

「こんな時に何ボーッとしてるアルか!」
「ちょっとな。昔の事を思い出していたんだ」
「これだから年寄りは嫌アル。すぐに過去の栄光やら、昔のことを考え出すネ」

なるほど、ついに俺も年寄りの部類に入ってしまったのか。と新たな考え事に頭を悩まし始める桂に、新八が「行きましょう」と歩みを急かした。



三人は、何とか辻斬り犯をこの手で捕らえようと、夜の町を彷徨っていた。
合流してからというもの、かなりの時間が経っていたが、既に辻斬りが起こったという情報も入ってこないので歩みを止めることはなかった。
不安と焦りの中で、桂が過去に想いを馳せていたことに、新八と神楽の腹が熱くなったのは間違いないだろう。




 
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