何れ、壊れる

□ゆれる
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締め切った部屋。聞こえるのはニュースキャスターの声。
ドンドンと戸を叩く音が大きくなる。意識の外で、戸が壊れたら嫌だな、と思った。

「おい!いるんだろ!!」

いよいよ玄関の戸が外されそうになって、新八はハッとする。
相変わらず声の主は、手を戸に叩きつけていた。随分と乱暴な振る舞いであるが、いつかこんな日が来ることを新八は分かっていたので、驚く事はない。来るべき日が来たのだ。

「中に居るんだろ!?…上がらせてもらうぞ!!」

ガタン、と戸が外されて男が二人上がり込んできた。それも土足である。

「ちょっ……ちょっと!!困ります!」
「万事屋いるか」
「銀さんはいないです、用事があるならまた今度に……」

新八は居間から駆け寄ると二人を制した。しかしそれは無駄な行動であったようで、二人の動きを止めるどころか目の前に一枚の紙切れが突き付けられた事により、体を固めたのは新八の方であった。

紙には『家宅捜索令状』と書かれている。
どこかで聞いたことのある言葉だった。そうだ、たしか刑事ドラマで見たことがある。
家宅捜索という言葉が、ぐるぐると頭の中を泳いでいたが、意味を理解した頃には「へ?」と間抜けな声が出た。

「心当たり、あるだろう」

紙を突き付けて来た男。土方は、心を読むように新八の両眼を捉えて離さない。息が出来ない。

テレビからは『辻斬り事件がこれで三件目であり。既に警察は犯人に目星を付けているものと思われます』と都合良く音が流れてきたもんだから、新八の瞳が泳いだのは仕方がなかった。

「この事件の下手人。そいつに心当たりがあんじゃねーのか?と聞いている」

土方はテレビを顎で指して、声を低くした。

「え…?いや、僕には何を言っているのか、」
「分からないなんて言わせねーですぜィ」

新八の言葉尻を素早く掴んだ沖田が、誰からの許可もなく乱暴にソファに座る。向かい合う形で、先に腰を下ろしていた神楽の表情が歪んだ。
少し声を荒げようとして、見計らったように再び沖田が口を開く。

「アンタ等、最近かぶき町内である人物を探しているらしいじゃねーですかィ」
「……なんでそれを」
「警察を舐めてもらっちゃ困るなァ」

足を組んでふんぞり返る。
その姿からは、彼がその警察であるということが嘘のように思えた。完全に場の空気を支配されてしまった新八と神楽は、押し黙ってしまう。
もう一人。白髪の男が居たのなら対等に話が出来たかもしれない、と叶わない夢を見た。







「坂田銀時」
「…!?」
「アイツを探してるらしいじゃねーか。あの野郎、いつから居なくなったんだ?」
「……教える必要はないでしょう」
「奴には逮捕状が出ている。もし、嘘でもついてみろ。テメェ等も只じゃすまねェぞ。もちろん隠し通すなんて事も出来やしねェからな」
「……」

逮捕状という言葉に、新八の顔が曇る。
しかし、何故銀時に対しそんなものが?と困惑していないところから、やはり何か事情を隠しているようだった。

沖田の隣に土方も腰を下ろし、テレビへと視線を向ける。
画面には被害者の顔写真と身元が公開されていた。土方が嫌と言うほど、睨めっこした資料にも同じ内容が書かれていたことを思い出す。

「お前等、銀ちゃん疑ってるアルか!?」
「あー。うるせぇ、うるせぇ。テメェは黙ってろ」

神楽がテーブルに手をついて吠えた。沖田はいつになく勝ち誇った顔で、それをシッシッと払い除ける。

「銀ちゃんがあんな事するわけないアル!!」
「こっちはしっかりとした目撃証言も出て来てんだ。それも何件もな」
「見間違いかもしれないネ!」
「白髪で天然パーマ。赤目で着流しの特徴もまんまなんだよ、旦那しか考えられねェくらいな」
「それだけじゃ分からないアル!」
「あのなァ……」
「あ、そうだ!!もしかしたら誰かが銀ちゃんに罪を擦り付けようとしてるのかもしれないネ!!」

青い瞳が必死に訴えていた。
沖田は、彼女の顔色に焦りが混じっている事が窺えたので、心の底から銀時を信用していないのかもしれないと思っていた。
疑っていなければ、焦りなどしない。










「神楽ちゃん」

新八が顔を伏せたままで、言葉を絞り出す。声は震えていた。

「もう、いいよ」
「え…」
「土方さん。沖田さん。全て……お話します」
「そんな!?新八、駄目アル!!銀ちゃんがあんな事するわけないネ!!まさか新八まで疑ってるアルか!?」
「神楽ちゃん!!」

突然の大声に、神楽は目を見開いて言葉を呑み込んだ。
言葉が喉を通過する音が聞こえた気がした。

「もう、やめよう。神楽ちゃんだって心の何処かでは思っているんだろう?もしかしたら、銀さんが犯人なんじゃないかって」
「……」
「僕だって信じたくないけどさ……最近の銀さん。様子がおかしかったじゃないか」
「そう…だけど…」
「それに神楽ちゃんは僕より違和感を感じていた筈だよ」

新八も苦しそうであった。
どうにも良い方向へと進むわけがないと理解した上で、土方と沖田に助けを求めていたのかもしれない。
一人でも多くの人間が、犯人は銀時でないと否定してくれたら良かった。
(彼が犯人であると言ってくれた方が、救われたかもしれないなんて口が裂けても言えない)

「前に、銀さんから血の匂いがする、って言ってたじゃないか」
「…それは」

神楽は後悔していたに違いない。
そんな事を新八に言わなければ。自分の胸にしまって一人で抱え込んでおけば、と。
恐らく新八が気付かないであろう血の匂い、狂気の痕跡は、銀時への疑惑を深める材料である。今更の後悔だ。

「詳しく話を聞かせて貰おうか」

土方は姿勢を前のめりにし、新八を眼光鋭く睨み付けた。




 
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