夢の日と、影の煩ひ

□優しい断罪(下)
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職場兼、生活拠点半ば自宅へ帰宅して直ぐに、新八は時刻を確認した。
思っていたより遅くなってしまったことに、眉を寄せてから。明日は仕事もあることだし、今日は泊まっていこうと考える。
では早速と、お妙に連絡を入れる為に黒電話に伸ばした手が、神楽の一言で止まった。

「銀ちゃん。今日は一緒にお風呂入るアル」
「……は?」

新八は何度もその言葉を噛み砕いた後で、固まってしまう。
普段は絶対にそんなことを言わない神楽が?否、そもそも神楽は幼い子供ではないし、父親(代わりである)銀時と風呂に一緒に入ることは拒んでいるというのに。

「神楽ちゃん、ちょっとその絵面はマズいって!少年誌的に……ってコレは違うけども!!」
「何一人で騒いでるアルか。これだから童貞は嫌アル。私は、ちっちゃい銀ちゃんをお風呂に誘ったネ」
「…あ、あぁ!そうか!!ははは………いやぁ、神楽ちゃん突然何を言い出すかと思ったよ」

じゃあ、お風呂行こうネ。と、少年の手を引っ張る神楽の姿を見て、新八はいやいや何か違うぞと首を傾げた。

「……ストップ!ストップ!!やっぱり、それも駄目!」

いくら幼くとも、この少年は銀時なのだし。幼いといっても、そこまで小さいわけではないし。
決して変な事を考えているわけではないけれど、自然と口から出たのは禁止する言葉だった。
神楽からの、「何考えてるの変態、近付かないで」の視線にも屈せずに、少年を居間に連れ戻す。

「ちぇー」と口を尖らせた神楽は、着替えを持って一人風呂場へ消えた。
不機嫌になったかと思ったが、すぐに鼻歌が聞こえてきたので安堵しつつ。ソファで横になっている銀時へ軽く毛布を掛けてやる。

相当な量の酒を飲んだのか、銀時は一度も目を覚ましていない。神楽と二人ががりでソファへ運び、息つく暇もなく時間を確認した新八は、家へ連絡をしようとしたのだ。







*******







ううん、と銀時が身体を揺する。ソファから落ちそうになりながも、なんとか寝心地の良い場所を探し、気持ちよさそうに再び寝息を立て始める。
これを何度も繰り返しながら、いよいよ深い眠りについたのか銀時は動かなくなった。
その姿をジッと見つめる少年は、向かいに腰を下ろしている。

「新八、今日は泊まっていくアルか?」
「うん。今日はもう遅いし…さっき姉上に連絡をしておいたから」

湯上がりである神楽は、タオルで髪を乾かしつつ冷蔵庫を開けて牛乳を取り出した。神楽の後を心地良い香りがついていき、冷蔵庫内の冷気に消える。
注いだ白がコップの半分を占めたところで、一気にそれを口に流し込むと、ゴクリと喉が鳴った。定春がそれを見て尾を振っていたので、餌皿に牛乳を注いでやると、こちらも喉から同じ音がした。





動が部屋に溢れている中で、少年が石のように動かなかったので、新八が心配そうに顔を覗き込む。

「どうしたの?お腹すいた?」
「…へ?」
「元気がないなって思って」
「いや……ちょっと考え事してただけ」
「そう?………あ、何か作ってあげようか?えっと…待ってね。たしか…」

冷蔵庫の扉を開けたままにし、冷気を全身に浴びている神楽を叱咤してから中を漁り始める新八。
手に卵やら、調味料を抱えていく姿に、少年は今までにない声で「止めてくれ」と言った。

「え?」

思わず、新八と神楽が少年を見る。

「お前ら。何でそんなに俺に優しくすんだよ?まだ出会ったばかりで得体の知れない奴なんかにさ」

それは問いであったのに、少年からは答えを待たずして言葉が続いた。

「俺が坂田銀時だからか!?……そこらへんの餓鬼だったら。どうせ俺に近寄りもしないんだろう!!そんなに、コイツは………『俺』はテメェ等にとって都合の良い奴なのかよ!」

言葉には勢いがあった。早く早く外に出たいと言うように吐き出された問いに対して、二人は驚いた様子で顔を見合わせた後、ゆったりと言う。「関係ないよ」と。

「関係ないよ。目の前で困ってる人がいたら、誰であろうと助けるさ」
「そうネ。私等は万事屋だしナ」

この少年が突然何を言い出したのか、よく意味を理解しないままの二人だったが、問いにだけはしっかりと答えた。嘘はなかった。

別に少年の正体が何であれ、関係はない。今までもこの万事屋銀ちゃんと関わりを持った以上は、誰であろうと問題を解決して来たのである。
故に、厄介事に巻き込まれることもしばしば。というより、慣れたものだった。

「何だよ、それ……簡単に人を信じて損するタイプだな、テメェ等」
「ははは……なんでだろうね?不思議とそうなったんだよ。ここにいると」

新八の目は、自然とソファに横になる男に向いている。

「だからさ、大丈夫だよ。君も……僕達の事を信じてよ」
「………」
「だから……どうか。そんなに怯えないで」





───怯えないで。
この言葉に、びくりと反応を示した少年。図星だったのかもしれない。

二人は気付いていた。小さな体が僅かに震えていたことを。
会った時から子供らしからぬ雰囲気を纏っていた少年から、距離を置かれているのは分かっていたのだが、始めは警戒心からかと思っていた。
だが、どうやらそうではないらしい。これは、怯えであったのだ。
核心をつかれた少年の目が大きく見開かれ、怒りともとれる表情に変わったので、思わず二人の動きが止まった。

「……うざい、お前ら」

少年はそれだけ言って、そのまま風呂場へ向かった。
どこか見慣れたその背中を見送ってから、二人はもう一度顔を見合わた。






  
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