夢の日と、影の煩ひ

□優しい断罪(中)
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過去の自分を許せたら、今の自分も許せる筈。筈だった。



「うぃ〜……」

銀時は、ゆっくりと酒をついだ。皿の上には食べかけのおでん。その隣には、酒の空き瓶が数本。
クイッと酒で喉を潤す度に、銀時の口からは「あぁ」とか「うぅ」とか情けない声が漏れている。
見かねた店主は手を休めることなく、銀時に声を掛けた。

「旦那。ちょっと飲み過ぎだよ。酔い潰れなきゃならない理由でもあるのかい?」
「別にィ…何もねーよ」
「その割には酒が進んでるじゃないか」
「飲みたい気分だっただけですぅ」

虚ろな目に店主を映し、赤く染まった頬を伏せる。
この男、そこまで酒が強いようには見えないが、まだ理性は残っているように思われた。
それでも、大分体に酒が入っていることは確かなので、目は充血し、今日ばかりは赤い瞳が血色の良い肌に馴染んでいる。

「そうかい」

店主の柔らかい笑みが赤提灯の明かりに照らされた。
裸電球の下、穏やかな時間が流れた。静かな夜だった。
銀時が屋台で一人、酒を浴び始めてから、かなりの時間が経っていた。席は代わる代わる客で埋められ、賑やかな時間もあったというのに、そんな中でも銀時は酒と睨めっこをしていたのである。
今はすっかり夜も更け、カウンターに一人になってしまった銀時に「俺からだよ」と店主が牛すじの煮込みを置いたのは少し前の話。



───荒れている。
そんなことは分かっていた。
だが、この時期は仕方ないのだ。確か昨年の今頃も飲み歩いていた気がする。
明日は松陽の命日である。
何度も繰り返して来たこの日。未だに酒に頼らなければ感情の波に溺れてしまうなど、他言出来たもんじゃない。さっさと酔い潰れて明日になってくれれば、そしていつも通りの日々になればどんなに楽だろう。
こんな時に限って頭がしっかりとしているもんだから、人間というのは良いも悪いも良くできてるな、と銀時は思った。

「いやァ……俺だって過去を振り返りたい時くらいあるのよ」
「今が幸せでも、かい」
「幸せェ?毎日生きるのに必死で、ガキの世話もしなきゃならねーのに?」
「こうして酒が飲めりゃ幸せさ」
「はっ…言うね」

失ったものばかりが、チラついて。瞼の裏から離れようとしない。
手に残ったモノ。手に残されたモノに光を当てよう。でないと、これ以上前に進むことが出来ない。足が踏み出せない。

こんな荒れた気持ちは、ただの命日反応である、と流すことが出来ない自分はあの頃のまま。子供であると思った。
こんな姿をアイツ等が見たらどう思うだろうと考えた。浮かぶ顔は厭らしく笑う二人の男。
長髪の男は、情けない。お前らしくない。と罵ってくるだろうか。隻眼の男は、お前にもそんな感情が残っていたのか。と白夜叉の存在を喜ぶだろうか。
結局、どれもウザったいことに変わりないので、銀時は思考を中断した。

「ガキがよォ……家で待ってんだよ」
「なら早く帰ってやった方がいいんじゃないかい」
「それが出来たらしてるっつーの……」

口煩い子供を家に置いてきたので、そろそろ帰らなければならないと思い、しかしいつまでも動くことが出来ない自分自身に吐き気がした。
すっかり冷えてしまったおでんを箸で崩して、口に含む。また一つ溜め息が出た。






 
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