夢の日と、影の煩ひ

□はじまり
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『夢の日と影の煩ひ』







「おい」

紫煙混じりの息が、声と共に漏れる。
ネオン街に相応しくない子供が一人。大通りを歩いていたのだから、声を掛けたのは当たり前だった。

土方が一人で市中見回りをしていたのは、珍しいことでない。
その最中。相変わらず治安が悪いかぶき町で、しかもネオンが輝きを増す時刻に、土方の目の前を少年が横切ったのだ。
土方は火を落とすことなく、咥え煙草のままで少年を呼び止めた。
もちろん、夜の町を歩いているわけだから補導対象であるには違いない。しかし真選組は本来、対テロ用特殊部隊であり、子供の相手をしている程に暇でもない。副長となれば、尚更だ。

それでも少年に声を掛けてしまったのは、その容姿があまりにも目を引くものだったから、である。
土方の呼び掛けに振り返った少年は、大きな瞳に一瞬影を走らせ土方を睨み付けた。
大の大人でも、瞬間怯んでしまうような眼光だった。

「なに?おじさん」
「お、おじ……さん!?」
「あー…ちょうどいいや。アンタここら辺の人?ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ちょっ……お前な!!俺が聞きたいことがあるから、呼び止めたんだろうが!」

その少年。年の頃は六、七くらいだろう。
しかし、このクソガキ。生意気な雰囲気まであの男に似ている。と、土方は脳内に浮かんだ一人の男の影を、頭を振って払拭した。

「この御時世に餓鬼が何を持ってやがる。銃刀法違反だぞ」
「…じゅうとうほう?え、ナニソレ。おじさんだって、刀持ってるじゃん」

そう。土方が声を掛けたというのは、少年が刀を所持していたからである。
体格からして腰に差すと歩きづらいのか、大事そうに腕に抱えた刀は紛れもなく本物であった。
業物かは分からないが、立派な品であるとは近付かなくとも窺える。

「おじさんって言うのやめろ!……それと!こんな時間にフラフラ出歩いてるんじゃねェ!家は何処だ?親は!?」

捲し立てるように、次々言葉が飛び出してくる。
不思議とこの少年を見ていると、腹が立ってくるのだ。
あぁ、やはり。アイツに似ている。

「ここ、何処?」
「…は?」
「そのまんまだけど。日本語通じる?……あ、もしかしてオジサン。そっち系の人?ニホンゴワカリマ…」
「分かるわ!先にこっちの質問に答えろ餓鬼!」
「ふーん。人には『おじさん』って言うなって言っといて、アンタは俺のこと餓鬼って言うわけ?」
「……」

どこまでも小憎たらしい子供である。
だが言ってることが一理あるので、土方は黙ってしまった。とりあえず、煙草を消して体裁を保つ。

「此処は江戸、かぶき町だ。どっから来たか知らねーが、さっさと家に帰れ。今日のところは、未成年者っつーことでテメェを捕まえることはしねーが。親にはしっかりと事情を聴かせてもらうからな」

声色は落ち着いたものの。それでも苛ついた様子は隠しきれない土方。
腕組みした片方の指をトントンと上下させている。





「親は……いねぇよ」

そう呟いた少年は先程までと打って変わり、年相応に見えた。ビー玉のように赤い瞳が揺らいでいる。
その姿に、思わず土方は「親がいないのか…?」と声を落とした。
少年はコクン、と癖っ毛を揺らして頷く。
土方は少しだけ、息を飲んだ。申し訳ないことを聞いてしまったようだ。

「なら、何処から来たんだよ」

ならば、親が居なくとも変わりの保護者がいるだろう。施設に入っているのかもしれないし。と、土方は質問を変えた。

「…萩」
「は、萩?」
「そうだ。嘘は言ってねーからな」

萩ってお前…と言いかけた所で、ハッとする。
待て待て。確かあの男も、故郷が萩とか言っていなかっただろうか。
喉から手が出るほどに欲しい攘夷志士の首、二つ。その二人と確か同郷であり、幼い頃は同じ師の元で学んでいた、と。
つまり、この少年とあの男は同郷か。いや、それにしては偶然にも程がある。思考が加速する。胸騒ぎがした。



土方がそう思ったのも、この少年の容姿に原因があったのだ。思わず声を掛けた理由は刀を所持しているから、だけではなかった。
人を馬鹿にしたような生意気な態度に、どこかで見たことのある癖っ毛。赤く光る眼。
そして──

土方の中で幾つかの可能性が浮かんで来たので、恐る恐るだが確信に迫ってみることにする。厄介事に巻き込まれたくないから、予想を裏切って欲しい。切実に。

「お前……名前は?」

その『白髪の少年』は、ふわふわの癖っ毛を揺らして、訝しげに顔をしかめた。
それでも、その赤い瞳に土方を映したままで、真っ直ぐと視線を向けている。

「俺?俺の名前は────」












ドッペルゲンガー。

ドッペルゲンガーと言う名称は「二重に歩む者」を意味するドイツ語Doppelgangerに由来する。医学の世界ではAutoscopy(自己像幻視)と呼称する。
江戸時代の日本では同様の現象を「影の病」「影患い」と呼んだ。
精神の病とされているが、過去には本人以外とも会話をしているという事例が何件かあり、詳細は不明。

また、「自分のドッペルゲンガーに出会うと死ぬ」ともされているのは有名な話。






 
 

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