夢の日と、影の煩ひ

□優しい断罪(上)
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足取りは重い。
何故こんなことになった?やはり声を掛けぬ方が良かったのだろうか。
鬼の副長とも言われ恐れられている自分が、こんな非現実的なことを信じてやるものか。
土方はそんな事をぶつぶつと呟きながらも、顔色悪く階段を上がっていく。足音は二つ。後ろには小さな子供同伴である。

「ねェ。ここ、なに?」
「……すまん。俺にも何でお前を此処に連れてきたのか…分からねェ」
「なんだよソレ」
「でも行く宛がねーんだろ」

当たって欲しくない予想が見事的中し。少年は、やはりあの名前を口にした。なるほど、世の中には不思議なことがあるもんだ。と、落ち着いていられる筈もなく。かと言って、その場に置いてくることも出来ないので、土方は少年を『此処』へと連れてきたのだ。

「此処は万事屋。何でも屋だ。きっとテメェの役に立ってくれるだろうよ」

とか言いつつ、結局は問題丸投げである。
警察として、それはどうだろう。保護するべきでは?なんて考えは土方には毛頭なかった。関わりたくないのだ。ここの住人達とだけは。
さっさと少年を託して任務に戻る。それが得策だと思った。

戸の前に立ったところで、ふと隣に立つ少年と目が合った。
黙っていれば、やはり子供だ。可愛らしくも見えてくる。これが、あの男と同一人物とは思えないが、誰しも幼少期は可愛いものだ。それが大人になるにつれ汚れていくのは仕方がないこと。
彼の場合、汚れ過ぎてしまった感が否めないが。



少年は、相変わらず刀を抱きかかえたままであり、土方が危ないからと押収しようとしても断固拒否であった。
しかし、子供が真剣を持ち歩くというのも見逃せないので、此処に辿り着くまでに長い押し問答が続いたわけだ。
警察として、大人として。このまま子供の言いなりになるわけにもいかず、そもそも引くつもりもなかった土方は、我慢の限界に達したところで「いい加減にしろ!」と声を荒げた。

すると少年は怖じ気づくどころか、素早く抜刀したのである。
土方が構えるより先に、空間を支配したのは少年だった。土方の首には鋭い刃が宛てがわれていた。
「どうしても、この刀を奪うなら。斬るよ」と低く告げた鬼は、恐ろしく無表情だった。
反応が出来なかったことを情けなく思い、腰に差した刀に手を伸ばそうとして、更に冷ややかな塊を押し当てられる。
もし。ここで少年が刃を横にスッと引いていれば、全てが終わっていた筈だ。
くだらないやり取りも、土方の人生も。

少年は戸惑いを微塵も感じさせず、本気で命を奪おうとしていた。おそらく、この年で過去に人を斬った経験があるのだろう。冷ややかに細められた瞳が、土方の動きを尚も封じた。
これは末恐ろしい餓鬼だと思ったが、行き着く末があの男なのだから、と土方は妙に納得もした。
間違いなく、この子供はアイツだ。

「わかった、刀はもういい。だから少し落ち着け」と声を掛けると、少年は何事もなかったかのように、刀を鞘に納めた。
そこから万事屋に辿り着くまで、会話はなかった。





土方がチャイムを押すと、中からバタバタと音がした。
辺りはすっかり暗くなっていたが、灯りがついていたので容赦なくお邪魔することする。
戸が開き、顔を出したのは白髪の男…ではなく、チャイナ服を着た少女だった。

「なんだお前かヨ。こんな時間になんの用アル」
「…万事屋いるか」
「居ないネ。たぶん飲み歩いてるんじゃないアルか」

神楽は、これでもかという程に嫌な顔を作った後で、隣に立つ少年に視線を落とした。
みるみると顔中に疑問符を貼り付けていく神楽に対し、少年は神楽の橙の髪をじっと見つめている。

「どうしたの?神楽ちゃん。……あ、土方さん。こんばんわ」
「おう。ちょっと上がっていいか」
「銀さんなら……居ないですけど」
「構わねェ。すぐに帰る。勤務中だからな」

奥から顔を出した新八の返事を待たずして、土方は戸をグイと開け広げ中に入り込んだ。
じゃあ上がるなヨ。という神楽の言葉を無視して、靴を整える。
少年も真似をして土方の隣に草履を脱いだ。

「ちょ……ちょっと待って下さいね!」

コソコソと話し声がした気がする。他に誰かいるのだろうか。
と思い、居間に通されてみれば、中にいたのは大きな犬と、人間を掛けたメガネと、大食いのニセチャイナだけ。
しかし確かに室内にもう一つの気配があった。
土方は、どうせ野郎を付きまとっているストーカー女だろう。との考えに至ったので、とくに言及することもせずソファに腰を下ろした。

「その餓鬼。どうしたんだヨ」

土方の隣に座った少年と向かい合う形で、神楽も座った
早速の突っ込みである。

「餓鬼言うな、クソガキ」
「…!?なっ…コイツ!!」

思い掛けない言葉が少年から返ってきたもんで、神楽の顔がみるみると赤味を増していった。出されたお茶をズズズと啜る少年を見た後で、遅れて不快感がやってくる。

「神楽ちゃん落ち着いて!あ、あの……何の用でしょうか」

神楽の顔色の変化を読み取り、新八が制す。付けっぱなしだったテレビを消して、自身も神楽の隣へ座った。

「ちょっと俺にも状況が飲み込めてねーんだが。コイツ行く宛がないらしくてな。暫く、ここで預かってやってくれねェか」
「は?お前何言ってるんだヨ。ここは託児所じゃないアル」
「でも万事屋だろ。依頼だと思ってくれ」
「なら、ちゃんと金払うヨロシ。タダで私らが動くと思ったら大間違いネ」

指を一本、鼻の穴に突っ込んでふんぞり返る姿は、彼等の上司そのもの。
この娘。何処までもあの男に似てきたな。と土方は呆れてしまった。
嘆息をお茶で濁した後で、これ以上金の話が絡んでも面倒なので、それとなく話の矛先を転じる。

「お前ら、コイツの容姿に心当たりないか」

容姿という言葉に、少年はびくりと身体を震わせ反応を示した。怯えているようにも見えた。
更に前のめりになって顔を覗き込んでくる二人に、少年は目を合わせないように顔を背ける。

「…銀ちゃんネ」
「…銀さんですね」

新八が「マダオじゃない」と付け加え、土方を見やる。

「…そうだ。そうなんだよなァ。やっぱり」

『自分を含め』綺麗に意見が揃ったところで、たまらず頭を抱え俯く土方。その姿に、何事かと神楽と新八の二人は顔を見合わせた。

「…テメェ等、何で俺の名前知ってんだ」

そして、少年のこの素朴な疑問に、二人は更に訳が分からなくなったようである。揃って眉を寄せていた。
今、この少年は何と言ったのか。そう理解するより先に、容赦なく二発目の大きな爆弾が投下される。

「俺、坂田銀時っていうんだけど」

その場の空気が固まった。






 
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