突発的血液不足

□C『逃亡』
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人目も憚らず、男女が抱き合っていた。
そこだけが別世界のようで、時の流れが異なる空間だった。



銀時が熱い息を吹き掛けて、お妙の耳朶を噛む。
首筋とは違い、優しく甘く、大切に扱うような弱い刺激に、お妙の表情が途端に色っぽい女のものになった。
銀時の手が鎖骨から下へ、僅かに膨らんだ胸を撫で回すと、お妙が声を出す。

「やめっ……」

日頃、小さい胸だのとからかっているくせに、銀時に女として扱われる事に違和感があったし、そもそも慣れていない。
その事が更にお妙を忸怩たる思いに漬け込ませるのだ。
町中で、なんて事を。
他人に見られているかもしれない、と考えると身体の芯が熱くなった。
銀時はといえば、それすらも楽しんでいるようで、やぁやぁ、と嬌声を上げるお妙を宥め優しく耳語した。

「イヤなの?身体はそうは言ってねーみたいだけど」

低く甘美な声色に、脳が痺れる。思考が溶ける。もうどうでも良くなってしまって、このまま堕ちても良いと思った。
最後の抵抗を見せて、お妙が身じろぐが、銀時は構わず下腹部へと手を這わしていく。

「どうなってんのか、確かめてやろうか」

更に下へ下へと熱っぽい手が降りていく。
もう片方は身体を強く抱き寄せ、二人が密着すると銀時の胸板がお妙の息を潰した。

着物の上から太腿を撫で回され、お妙の腰が震える。ついには立っていられなくなり、銀時に体重を預けてしまった。
お妙からの抵抗がなくなると、銀時は艶っぽい笑みを浮かべて「そうそう。素直になりゃいいだよ」と囁く。
銀時の手が布を掻き分け、白い脚が外気に晒された。

「……それ以上、お妙ちゃんに触るな!!」

下着に触れるか否か、意思を無くした身体が九兵衛の声で覚めていった。
視線だけを後ろへ向けて、九兵衛の顔を見れば、今まで見たこともない表情の彼女が居た。
絶望か、不安か、恐怖か。
お妙はぼんやりとする頭で、何故そんな顔をするのか、と考える。

すると、下から電気が流れるような刺激が来たので、お妙が次に両目を向けたのは自身の下半身だった。
銀時が与える快感は、九兵衛の事は気にするな、と言っているようである。

頭の中で、天秤がゆらゆらと揺れていた。
九兵衛の居る場所へ戻るか、このまま堕ちるか。

「…お妙ちゃん!」

九兵衛の叫びに揺れていた天秤が傾き、動きが止まる。







パシン。
と音がした。
お妙が銀時の頬を叩いたのだ。
銀時はお妙から手を離し、思わず一歩後退する。

「……ってーな」

舌打ちをして、お妙を睨み付けた。

肩で息をしながらも、お妙も負けじと視線を返す。まだ身体の火照りは治まらなかったが、思考はしっかりとしてきていた。

「…あなた、最低だわ」

急いで乱れた着物を直し、大きく息を吐いて呼吸を整える。
突然の事に驚いていた九兵衛だったが、お妙が普段と変わらない空気に戻ったので、駆け寄って無事を確かめるように抱き締めた。

「銀時、貴様!!」
「最低だって?へぇ…こんな状態になってるのに?」

自分の右手を眺め、わざとらしく驚いて見せる。
その指先は僅かに濡れていた。

「……やっぱり神楽ちゃんにも手を出したのね」
「別にいいじゃねーか。お互い気持ち良くなれんだし」
「…アナタがそんな人だとは思いませんでした」

首の傷口を押さえ、これでもかと敵意を宿した視線を突き刺す。銀時がそんなことで動じないのは知っていた。それでもそうせずにはいられなかった。

そこでお妙は一つの異変に気が付く。
銀時の瞳の色に違和感を感じたのだ。この男は確か、このような金の瞳ではなかったはず。
光を放っている瞳は、さながら獣の如く。普段の死んだ魚の様な目とはかけ離れていた。

「男なんて、所詮は皆ソンナ人なんだよ。女は幻想を抱き過ぎなの。………なァ、あんた達もそう思うだろ?」

銀時がそう言って顔を向けた先には、男が二人。







「あら、バレてやしたか」
「んなピリピリした気を垂れ流してりゃ、嫌でも気付くわ」
「俺達の存在を分かっていながらも、イチャつき見せつけるなんて、旦那は随分と下劣な野郎なんですねィ」

そう言ってパンパンと気のない拍手をしたのは、沖田である。隣には、眉間にシワを寄せ煙草を咥えた土方が立っていた。
景色に同化していた彼等は、いつからそこに居たのか分からない。
女として、あられもない姿を見られた、と気付き、お妙を急に羞恥心が襲った。

「旦那ァ。アンタがどの女に手を出そうが別に構いやせんが、近藤さんの女に手を出されちゃあ、流石に困りやすぜィ」
「…わ、私はゴリラの女じゃありません!」

いつもなら強気なお妙も、事の一部始終を二人に見られていたんだと知ってか、語勢が弱かった。
沖田は呆れた様子でお妙に視線を投げ掛けて、溜息をつく。

「それと。嫌がってる女を無理矢理に、なんて婦女暴行の容疑もありまさァ」
「は?嫌がってなんかいねーよ。コイツだってよがってたぜ?」

銀時の言葉に、直ぐ様「よ、よがってなんか!!」とお妙が反論したものの、嘲笑っているような視線を向けられて口篭ってしまった。
完全にこの男にもて遊ばれている。そう思うと悔しかった。

「まぁ、女っつー生き物は強引に手懐けるのが醍醐味だと、俺も思いやすけどねィ」
「だろ?流石、総一郎君。気が合うねぇ」
「総悟でさァ、旦那。どS同士、分かり合えるとは思うんですがね……今回ばかりはちょっと聞きたい事があるんでさァ。屯所まで来てもらえますかィ」
「…嫌だと言ったら?」
「無理矢理にでも連れて行きやすぜ」
「ふーん、本気で連れて行けると思ってんの?」

沖田が「えぇ」と冷たく笑うのと結合して、空気が張り詰めた。
そして銀時がゆっくりと木刀に手を添えた事により、更に緊張感が加速する。
土方の二人共やめろ、と言う制止を無視して、沖田も愛刀に手を掛けた。

「大人しくお縄につきな。人の皮被った、狼さんよォ」

沖田が抜刀した瞬間。
銀時は木刀を抜くことなく、踵を返し反対方向へと駆け出していた。
臨戦態勢だった沖田は意表を突かれ、足を踏み出すのが遅れてしまった。どうやら銀時は初めから逃げるつもりだったらしい。
待て、と叫んでも銀時が待ってくれるわけもなく。戸惑う女達を尻目に、沖田は銀時を追って路地裏へと消えていく。





置いて行かれた被害者等は、暫く立っているだけしか出来なかった。が、力が抜けフラつき倒れそうになったところで、土方が体を貸し支える。

「あ、ありがとうございます……」
「軽い貧血もあるだろう。俺の体を使え」
「すみません…助かります」
「体調が優れないところ悪ぃが。アンタも屯所まで来て貰うからな」
「……え?」
「野郎に噛み付かれただろ」

土方に顎で指されたのは、首の傷だった。傷が深いのか、血は止まっていない。
屯所よりも先に病院へ行くべきでは。と考え、訳がわからないままでいると、土方がお妙をパトカーが止めてある方向へと案内し始めた。

「ったく……これで終わればいいが」

土方は二人が消えた先を見つめ、そう言った。
沖田と共に銀時を追いたいのは山々だが、土方にはやらなければならないことがあったのだ。
被害を拡大させないためにも、お妙は連れて帰らなければならなかった。




 
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