空を仰ぐ

□第十一章『何かを得るたび、何かを失う』
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「…いってぇ」

銀時は眩しそうに目を開け、土方の緊張をよそに腹の傷を押さえるとキョロキョロと辺りを見渡した。
次にやっと睨まれていることに気付いた銀時は、少し申し訳なさそうに声を潜めて「ここ何処?病院じゃ…ねぇよな」と、土方を見る。

「…屯所だ」
「そっか。俺、自分で腹斬って…運ばれたのか」

そう言って、そのままジィッと土方の顔を見つめる銀時。
普段から半目がちで怠そうな赤い瞳は、この時見開いていて。
あまりに顔を見つめてくるもんだから、土方は煙草の煙を吐き出して眉を顰めた。

「んだよ。俺の顔に何かついてっか?」
「…いーや。別に」

間延びした声に、正体を確認をしなくともコレが銀時であると分かった。
そのことに土方は安堵し、同時に体の力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。

「あの後、応援を呼んでな…屯所に運んで来たんだ。とりあえず、こっちで出来る処置はしておいてやった」
「……」
「怪我人を置いておくわけにはいかねーよ。テメェの頼みなんざ却下だ、却下」
「そっか…」



銀時はゆっくりと身を起こして布団の上に座った。そして、枕元に置いてあった綺麗に畳まれた着物に袖を通す。
所々、赤い染みが付いていて。自分の出血はこんなもんじゃなかった筈と首を捻りながらも帯を締めた。
真選組隊士等が生活している屯所には、もちろん洗濯場もあって。恐らく軽く血液を洗い流してくれたのかもしれない、と結論付けて。

「おい…怪我してんだ。あんま無理すんじゃねーぞ」

眉間にしわを寄せたままの土方に、銀時は大丈夫だ、と言うように手をヒラヒラとさせる。
土方はその行為に、強がってんのか?とも思ったが、見たところ嘘をついている様子もないので好きにさせてやることにした。




しかし、この男のやること成すことには驚かされることばかりである。
銀時の行動は突拍子なことが多く、周囲の人間が巻き込まれることも少なくない。
無謀と言うか、無茶と言うか。後先を考えて行動をしていないように思えるが。時に銀時のその行動が、道を切り開いていることもあり、なんだかんだ理に適っているのかもしれない。



「万事屋、今日が三日目だ。このまま何事もなく乗り越えられたらいいんだけどな。お前がしっかりしておかねェと、またあいつが出てきやがる。今日は下手に動くんじゃねーぞ」
「いやぁ……大丈夫じゃね?」
「大丈夫じゃねェ」
「んだよー。あ、トイレくらい行かせろよな」

当たり前だ、と返せば、銀時はあははと笑っていた。
あれだけ周りを心配させてといて、随分と呑気なものだ。





土方は仕事の合間に、二重人格について自分で調べていたのだが。
只でさえ激務の毎日。睡眠もろくに取れない日々に、時間が作れるわけもなく、
調べ上げた内容は、ペラッペラの薄さにしかならない程のものだった。
要点だけを追い求めた結果。あまり吸収出来るものはなかったが、未だに人格を統一する有効な方法は見つかっていないという、なんとも残念な結論には辿り着いた。

白夜叉は、あたかも独立した人間のように見えるが、あくまで銀時の『一部』だ。
銀時が生き延びる為に必要があって生まれてきたのであり、何らかの役割を引き受けている。
その存在を消してしまえば、本人に影響が出るかもしれない。
逆に、存在を消すためには、銀時がしっかりとしていなくてならないのだが。

「土方ぁ。お前、今すげー顔してんぞ」
「うっせェ、考え事してんだよ。それより、怪我は大丈夫なのか?」
「そりゃあ…まだ痛むけど」

と、腹を押さつつ銀時は続けた。

「自分で斬ったとは言え、今考えると俺も馬鹿だよな。土方と山崎には迷惑かけたわ」
「……」
「本当ごめんな、いつもすまねェ」
「…いや」

土方はそれ以上、言葉が出てこなかった。
なんだ、この違和感は。
それが何かは分からなかったけれど、目の前に座っている銀時が何か別のモノのように思えて。




「…お前、まさか――」

そこまで言葉にして、
バタバタバタバタ…と騒がしい廊下を駆け抜ける足音に、無意識にピクリと二人の耳が反応した。
足音は複数。徐々に大きくなる音はついに部屋の前で止まって。
何か話し声が聞こえたかと思えば、次の瞬間、部屋の襖が勢いよく開いた。







 
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