空を仰ぐ

□第十章『想い出は美化される』
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「うーん…」

涎を垂らして、だらしなく寝転がっている銀時。
足は開ききっていて、服に手を突っ込んではボリボリと腹をかいている。

「新八ぃ…あと5分。5分だけ寝かせて…」

寝坊助のお決まりの台詞を言ったところで、布団にしてはヒンヤリと冷たい肌の感触に違和感を感じ、重い瞼を開ければ。
そこは我が家の和室ではなく、やけに静かな場所で。

「あれ?そういや俺…」

そこまで考えて、銀時は勢いよく飛び起きた。
確か自分は、腹を刺して倒れた筈。
急いで腹を見れば、傷は綺麗さっぱりなくなっていて。代わりに自分が腹を掻きむしった痕が、ミミズが這った様に赤く残っているだけだった。

辺りを見渡すと、どこまで続いているのかわからない闇が視覚を埋め尽くす。
これは夢なのか、むしろ今までのが夢なのだろうか。
しかし見覚えがあるこの場所に、答えは前者だな、と銀時は大きく溜め息をして、ゆっくりと立ち上がった。

「……おい」

自分で思ったよりも、低い声が出てビックリする。
銀時はこの場所を知っていた。だから、慌てることもないし。取り乱すこともない。
ここはもう一つの自分の世界。自分が造り出してしまった世界だから。

「おい……いんのか?」

何度、闇に話かけても返事がなかった。
この世界の主は不在なのだろうか?そんな己が出した問いに、いや、そんなわけないと歩き出そうと足を出せば。








『大丈夫か…?』

突然、幼い声が聞こえて足が止まる。
ふと視線を落とせば。すぐ横に気配なく座っている二人の子供。

視界に子供を映し出した瞬間。
ドクン、と自分の心臓が飛び跳ねたのがわかった。
自分はこの子供達を知っているのだ。
双子の様にそっくりな子供達は、ふわふわの銀髪をしていて。無意識に自分の髪に伸ばした手が、二人と同じ銀髪を捉えた。

「なるほど、な。…俺に昔を思い出せって言いたいのか」

刃物で身を斬りつけれるように、痛み出した心が
過去の記憶を呼び覚ます。










クリクリとしたビー玉のような赤い瞳を、細めて。
怯えるように体を震わせている子供に優しく声をかける、もう一人。

『…虐められたのか?』
『俺は何も悪くない…んだ』
『知ってるよ』

これは、昔の自分の記憶。
体を震わせて泣いているのが、自分
それに寄り添っているのが、いずれ白夜叉と呼ばれる『奴』だ。

『じゃあ、なんで…みんなは俺を苦しめるんだよ!』
『…さぁな』
『俺なんて、居なければいいんだ。生まれてこなければ良かったんだ』
『そんなことないよ』
『……』
『大丈夫。銀時には…俺がいるじゃないか』

『奴』は、子供の隣に座り「ね?」と優しく笑いかける。
その笑顔からは一切の邪心は感じられず、心の底から男の子を励まそうとしているのが伝わってきた。

『俺はお前の味方だからな。いつまでも』
『いつまでも……一緒?』
『そうだよ』

そう言うと、遠い昔の自分達はえへへ。と笑い合って姿を消した。















「…俺達、長い付き合いなんだよな」

そういえば、この頃からだ、と思い出した。
自分が壊れないように防衛手段が働いたのか。唯一の理解者である『奴』が心の中でだけ現れるようになったのだ。

松陽に出会う前、屍の上が自分の居場所だった頃、苦しみから逃げようとした自分が生み出したモノ。
『奴』はいつも自分を助けてくれた。

誰だって悲しみ苦しみから逃げ出したくなる。それが人間だ。
その負の感情に立ち向かえるのは強い信念であり、逃げるか。立ち向かうか。その選択で人生は変わる。
逃げることは簡単で楽だが、己しか見えなくなってしまう。
今の自分を作り出した機縁。その縁に会うまでの幼少期の銀時は、間違いなく逃げまわっていた。

今の銀時には、それが悔しい。
無理だと分かっていても、昔に戻ることが出来たなら、「お前の悩みは馬鹿馬鹿しいぞ」と笑ってやれるのに。
そう言って、一緒に笑い合えたのに。
そんな思いに蓋をするように、銀時は目を閉じた。













「――また、逃げるのか?」

『奴』の声が聞こえ、ようやく此処の主が現れたのか、と目を開かなくともでも理解出来た。
過去の記憶を見せ付けて、満足したのか姿を現したらしい。
『奴』の問いに、俺はもう逃げねえよ、と目を閉じたまま答える銀時。

「へぇ。…それはアイツ等に出逢ったからか」
「そうだ。奴等はこんな俺に色々と教えてくれたんだよ」
「ハッ…分かってねェな。お前の目は節穴か?今まで何を見てきたってんだよ。いずれ、アイツ等はお前の元を去っていくに決まってんぜ?」
「……」
「お前はその時、また哀しみを一人で背負い込むんだろ?」

銀時がゆっくり目を開ければ、予想に反して
向かいに立っていた自分と同じ赤い瞳が哀しみを映し出していた。
『奴』はその赤い瞳を僅かに細めて。
その瞬間、確かに交差した筈の想いはすぐに逸らされてしまった。

「なぁ。銀時――」

『奴』は子供を宥めるように、銀時の頭の上に手をおいて。
柔らかな銀の糸を掬い上げるかの如く、優しく髪を撫でていく。
触れ合うと、不思議と『奴』の考えていることが頭の中に流れ込んできて
銀時は、その手を払い除けることが出来なかった。














なぁ、銀時。
俺ならお前をずっと捨てることはない。
いつまでも、一緒にいてやれるのに。
俺は今までお前を捨ててきた奴等とは違う。哀しい思いなんてさせやしないのに。
何故分かってくれないんだ。

誰の為に自分は存在しているのか、誰の為に生まれ、誰の為に生きているのか。
全て『誰か』に捧げてきた筈なのに、いつからか俺は必要なくなった。

じゃあ、俺の存在理由はなんだよ。
理由を奪わないでくれよ。
俺はどうすればいいんだよ。

お前だけが俺を解ってくれれば、
俺の味方でいてくれれば、
それだけで良かったのに。

お前は、





「お前は、俺を捨てるっていうのか」






 
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