空を仰ぐ
□第三章『虐められっ子、世にはばかる』
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銀時の予想に反して、何もなく穏やかな日々が続いていた。
始めは緊張して毎日を過ごしていた神楽と新八も、日に日にいつも通りの生活を取り戻していたのだが。
銀時は、あれから頻繁に過去の夢を見るようになってしまっていた。
おそらく自分の中に閉じ込めていた闇の部分が、自己主張を始めたのだと考え、銀時は気を引き締め毎日を過ごす。
銀時にとって過去は悪夢だ。
もちろん楽しいことも沢山あったが、少なくとも戦争時代は良い思い出があまりない。
仲間を護るため、師を救うため。
そう思って戦っていたのだが。
救えなかった命は数知れず、戦争で失った大切なものは、もう戻ってこない。
自分は何の為に戦ったのか、得たものはあったのか。
当時も感じていたそんな疑問が、悪夢によってもう一度ムクリと顔を上げ始めていた。
あの時。
恩師の首を見たとき。何かが自分の中で壊れた。
だが時は流れ、そんな壊れた自分をもう出してはいけないと思える存在が出来たのだ。
強い心を持っていられるのも、その存在があってこそ。
――次こそ、絶対に護ってみせる
自分に隙があってはいけないと、銀時は決意を新たにする。
「…てなわけで新八くん。銀さん寝不足なんだわ」
「…は?どんなわけで??やっと起きたと思ったら突然何言い出すの、この天パ」
「天パぁ?誰が天パだよ、テメェの心がすさんでるからそう見えるんじゃねーの?」
「誰が見ても、銀さんの髪の毛は跳ね回ってますよ。現実逃避も甚だしいな、この人!!」
銀時は「よっこらせ」と起き上がり、部屋を見回す。
どうも静かだと思えば、神楽の姿が見当たらないではないか。
「ぱっつぁん。神楽は?」
「あぁ定春の散歩に行ってますよ。そろそろ帰ってくるんじゃないですか?」
「ほら」と新八が玄関に顔を向けると、外の階段をかけ上がってくる足音が聞こえた。
お妙に破壊された戸は、とりあえずベニヤ板で修復しており、ある程度の寒さは凌げるのだが、やはり薄い木の板では音は筒抜けだ。
「銀ちゃん大変アル!!」
そのお手製の戸をガラガラっと開けるなり、居間に駆け込んでくる神楽。
靴はポイッと脱ぎ捨てられ、銀時のブーツと新八の草履は、同じく駆け込んできた定春によって踏みつけられる。
「おい、定春テメェ!!靴を散らかすんじゃねぇ!!」
「わん!!」
「…いだっ!!」
定春に向かっていった銀時は、頭からガブリと丸飲みにされた。
ワタワタと動き、頭を引き抜こうとする銀時の体を、新八も手伝う様に引っ張りながら、神楽に話し掛ける。
「どうしたの?神楽ちゃん」
「…それが!!」
泣きそうな、それでいて強い意思を持った青い瞳が、その時確かに揺れた。
「かぶき町の近くに春雨の船がとまっていたらしいアル!!」
「!?…なんだって!!」
「間違いないヨ…アイツの姿も見たって奴もいたし…」
「アイツって、まさか…」
新八は少し神楽を落ち着かせ、話を詳しく聞き出した。
どうやら神楽は定春の散歩中に出会った、世間話をしている町民の話を盗み聞きしたようだ。
そして、居ても立ってもいられずその会話に参加したとか。
「そこで、お兄さんの話も聞いたんだね?」
「…うん」
「え?これ、俺のこと無視されてる?いい加減に助けて欲しいんだけど。死ぬよ?このままだと俺、死んじゃうよ?」
銀時は未だに定春にかぶり付かれたままで、口元を押さえては頭を引き抜こうとしていたが、定春は一向に口を開かない。
「あの馬鹿兄貴…」
そう言うと神楽は俯き、ギュッと拳を握る。
「私、先に行くアル!!」
「神楽ちゃん!?待って!!」
「神楽!落ち着け!とりあえず、俺を助けてくれ!!」
新八は急いで立ち上がると、神楽の腕を掴んだ。
振り返った顔は、少女の顔とは思えないほど冷たいもので。
新八は思わず言葉を飲み込んだ。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」
静かになった部屋に伝わる、声。
それはとても穏やかなのに、僅かに殺気を乗せているものであった。
「…お前は!!神楽ちゃんの…!!」
その男はいつから居たのか、気配もなく笑顔でそこに立っていた。
手には小さな瓶を持ち、ポーンと遊ぶように投げては取り、投げては取りを繰り返す。
「…神威」
そう呟いた神楽の顔色が変わった。