空を仰ぐ

□第一章『自分の寝言で起きた時の恥ずかしさは尋常じゃない』
1ページ/4ページ




荒れる大地、攘夷戦争真っ只中。
白い男が分厚い雲に覆われた空を仰いでいた。

その男は暗い戦場では目立つ銀色の髪をもち、眼は血のように綺麗な朱色をしていた。
その眼は何処か虚ろで、曇天ばかりを瞳に映し出す。

男の足元には沢山の死体があり、酷いものは原型を留めていない程に無惨なモノになっていた。
その場には、天人も人間も動くものは何一つなく、この屍の山はおそらく男が作ったものなのだろうと推測出来る。
男が身に纏っている白装束は、返り血を浴びて赤く染まり、荒れた戦場を吹く暖かい、何処か優しい風になびいていた。




いつまでたっても戦は終わる気配を見せない。
斬っても斬っても、争いは終わらないのだ。

何の為に刀を取り、仲間を沢山失ったのか。
結局はこんなことを続けたところで、何も護れやしないのではないか。
繰り返す自問自答に、男は奥歯を噛み締める。

「おい、銀時…?」
「…ん」

銀時と呼ばれたその男が振り向くと、そこにはいつの間にか、長髪を一つに束ねた男が立っていた。
腰に差した刀に手を添えて、なにやら警戒しているような素振りであったが、振り返った銀時の顔を見て、その手を下ろした。

「戻った…みたいだな。今日はもう引き上げよう、明日また移動するからな、今のうちに体を休めておかねばならん」
「ん、わかった…」
「…もう平気なんだな?」
「おぅ、大丈夫だ、毎回すまねェな」
「そうか」

銀時の申し訳なさそうな小さな笑みに、男もつられて声を曇らせる。

「よしっ、ほんじゃ!!ヅラかりますか!!」
「ヅラじゃない!!桂だ!! 」
「は?何言ってんだテメェ、ほらさっさと行くぞヅラ」
「だからヅラじゃない…!!桂だっ!!」

先に歩き出していた銀時を追うように、桂は「待て!」と小走りで駆け寄った。
先程までの殺伐とした空気が、一気に和やかなものに変わっていく。

――こうやって、これからも馬鹿やってられたらいいよな

銀時は自分の口元が無意識に緩むのを感じた。
毎日が戦の連続。そんな生活は体力はもちろんのこと、精神的にも参ってしまう。
血を血で洗うような日々の中、戦友との他愛もない会話が、唯一自分を支える安らぎの時間だった。

「銀時、貴様何をニヤニヤしているんだ」
「うっせェ、なんでもねーよ」

表情を隠すかの如く、銀時は腕を広げて大きく伸びをする。
すると自然と欠伸が出た。

「あー…なんか腹減ったな。そういや高杉と辰馬は?」
「もう先に戻って、仲間の手当てをしている。お前も少し怪我しているだろう、帰ったらみてもらうといい」
「唾つけときゃ、治るんじゃね?」
「治るわけないだろう!!」

ヘラヘラ笑う銀時の隣では、桂が一生懸命に「それだからお前は」とか、「小さな傷も破傷風になったら大変だ」とか力説している。
銀時は「はいはい」と軽く聞き流して、再び大きく伸びをした。
















『へぇー、お前随分と楽しそうじゃねーか』

「…!!」

気持ちの良い伸びを邪魔するかのように、頭に響く声。
それは自分であって自分でない、よく知る人物の声であった。
こんなことには慣れているはずなのに、不意をつかれ思わず体が反応してしまう。
伸びた腕をそのままに、ピタリと歩みを止めた銀時に桂は不思議そうに眉をひそめた。

「どうした銀時」
「いや…なんでもねェ」

銀時は小さく舌打ちをすると、桂に心配をかけまいとヘラっと笑ってみせる。
そして「甘いもんが食いてーな」なんて、それとなく会話を続けた。
なるべく、気付かれないように明るく振る舞ってみせるが、意識は自然と頭に響く声に向けられる。













『なんだよ、今日はもう終わりか?』

――やめろ、話し掛けるな

『誰のおかげで今があると思ってんだ。ちったぁありがたく思えよな。』

――黙れ

『銀時、お前もこっちの世界に来いよ?俺と一緒に遊ぼうぜ』

声かする度に、頭が痛くなってくる。
抱えこみたいくらいに、ズキズキと。
それはまるで、もう一人の自分が主張を始めたかのようで。

『もっと俺を必要としろよ。俺なら、そっちをお前が望むような世界にしてやれるんだぜ?』

――…うるせぇ

『俺とお前だけの誰も居ない世界。あ、それとも…お前が好きな、真っ赤な血だらけの世界がいいか?』

―!!










その時、頭の中のソイツが笑った気がした。
それも邪気を含んだ、狂ったような笑顔で。





「…うるせェェェェェ!!」








 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ